過去と今と未来と
出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。
幼いゼルガディスの目に牡丹の赤が入り込む。
「レゾ!」
ガキ大将にいじめられ赤法師に初めて会ったそのときから抱いた、強くなりたいという思いを剣を握ることで実現しようと訓練を始めたゼルガディスの元へ久しぶりにレゾが来たのだった。
これでレゾに会うのは二度目だったが、しかし穏やかで優しい祖父のことをゼルガディスはとても好いており、姿を確認するなり訓練のため素振りしていた手を休め、急ぎ足で祖父の元へ駆け寄った。
そんな孫の姿にレゾは顔を緩め、幼いゼルガディスを抱き上げた。
「剣の修行をしているのですか?」
「うんっ! 僕には魔力がないかもしれないけれど、それでも剣の力でレゾのように人々を助けられるかもしれないから、剣の修行を始めたんだ!」
跳ねるような言葉で自分の気持ちを伝えるゼルガディスにレゾは微笑み、抱きしめると黒鳶色の髪を緩やかに撫でた。愛しくて愛しくてたまらない、という気持ちを孫に伝えるような穏やかな動作で。
赤法師のそんな動作に、自分の行動は間違っていないのだとゼルガディスは笑顔を浮かべ、祖父に自分を下ろすように頼む。
そうして、地面に足をつけると咲き誇る牡丹色を身に纏う自身の祖父を見た。
「魔物に襲われ、恐怖に怯えている人々を助けるのも大切なことです。さぁ、剣の腕を見せて御覧」
「うん!」
穏やかに微笑む祖父の言葉に頷くと、ぎゅっと自身の体格に合わせた剣を握り締め赤法師の前で習ったとおり素振りをして見せた。
そんな孫の姿を、赤法師は見えない眼で穏やかに見ていた。
「……ディスさん、ゼルガディスさんっ!」
心配そうな少女の声に導かれ、ゼルガディスはゆっくりと意識を浮上させていった。
何故だか起こされてばかりだな、と彼は思いながら瞳を開ける。
すると心配そうに自分を覗き込んでいるアメリアの顔が、隙間なく広がっていた。
ゼルガディスの目が開いたことを確認すると、アメリアは安堵の表情を浮かべて身体を離す。
それにつられるかのごとく身体を起こし周りを見渡すと、そこは彼とアメリアが壊滅しあの赤い宝玉を見つけた盗賊団のアジト跡だった。どうやら、最後に放ったレゾの魔法によってゼルガディス達は元の場所に戻ってきたようだった。
手に持っていたはずの赤い宝玉も、もう其処にはなく。
「レゾさん、僕のこと信じてくれたっていいのに……」
ぶつぶつと呟く声が聞こえて、そちらを見るとテントの隅っこでしゃがみこみのの字を書く獣神官の姿が見えた。
それは、竜たちを壊滅寸前まで追い込んだ凶悪かつ強力な魔族ではなく、なんだかものすごく人間臭かった。する必要があるかどうかは別として。
「……レゾと、赤眼の魔王を輪廻に帰したのか?」
ゼルガディスの問いかけに反応し、のの字を書くのをやめると件の笑顔を彼に見せた。
「ええ、もちろんです。……でも、最後におじいちゃんとお話できてよかったじゃないですか、ゼルガディスさん♪」
「そういう問題かっ!」
咄嗟に出たつっこみは、ゼルガディスの立場を考えれば当たり前のことで。
アメリアもうんうん、と彼の言葉に同意していた。
がしかし、ゼロスにそんな言葉が効くわけもなく、にこにこと仮面を被ったような笑顔を二人に向けるばかりだった。
「では、中間管理職の仕事も終了したしフィリアさんのとこに行きたいと思いますので、これで失礼します♪」
しゅん、と刹那に空間は歪められ実世界からゼロスの姿は跡形も消えてなくなった。
「……あいつ、本当に魔族か?」
発言、行動ともに生の喜びを受けてしかも許容している。
思いっきり生の喜びを受けまくっている気がしてしょうがないんだが……、とゼルガディスが神官に問いたくなってもそれはしょうがないことである。
もっとも、それ以前にゼルガディスはあの獣神官に会いたくなかったが。
そう思いながら彼がアメリアのほうを見ると、彼女は掌に何かを包み込んでいた。
「蒼い石も送ってくれたんですね、レゾさんっ。有難う御座いますっ!」
どうやら、こちらはリナに張り倒されずに済んだことを喜んでいるらしかった。
ゼルガディスはその様子を見て、溜息を吐きながらも立ち上がった。出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。ならば、出来事は唐突かつ何も考えいないときに終了するものである。
もう、此処には用もない。
「……行くぞ、アメリア」
「はいっ。レゾさん、いい人でしたね。さすがゼルガディスさんのお爺さんですっ!」
なにがさすがかはあえて触れず、ゼルガディスは歩き始めた。
それに続いてアメリアも歩き始める。
思い出ばかりを回想させた赤い場所を置き去りにして。
出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。
>>20061220
レゾさんはいい人っていう話でした。
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