落ちる夢
「ゼっルガディスさーん♪」
結局一睡も出来なかったゼルガディスは、この家のあった『悪夢』という名の本を隣において香茶を飲んでいた。其処へ元気な声を発しながらアメリアが来た。
しかし、いつもなら朝早くから元気良く大きな声で叫びながらくるアメリアに対して、低血圧なゼルガディスはいささかうんざりしたような感情を少なからず持つのだが、今日に限ってそれは違った。
元気な声は夢を夢だと否定させ。
アメリアが生きている事こそ現実なのだとゼルガディスに強く強調させることが出来るから。
だからこそ、ゼルガディスは朝からの大きな声に対して半ば安心したような感情を抱いていた。
ゼルガディスの姿を発見したアメリアはとととととっとちょこまかと動く小動物を連想させるような軽やかな動きで、楽しげな表情を浮かべてゼルガディスの隣に立った。
そうして、ゼルガディスの顔を眺め――停止した。
楽しげな表情は心配そうな悲しげなものに変化していって。
「…ゼルガディスさん?疲れた顔、してますよ?…本当に、呪い…あったんですか?」
弱々しく、心配するような声音で聞いてきたアメリアに、ゼルガディスは少しばかり眉をハの字にして困ったような表情を作り出していた。
既に本を解読したゼルガディスは一つの解決策を導き出していたのだから。
だからこそ、心配をかけたくなかったし心配するような事でもなかった。
しかし、言おうか悩んでいるゼルガディスにアメリアはびしっと指を突き立てた。
「ゼルガディスさんっ、何も言わないなんて正義じゃないですよ!」
少し怒ったような声音で言うアメリアに、ゼルガディスはぽかんと考えていたことを放棄するような表情をした。
忘れていた。
この娘は何を言ってもきっと柔軟にしかし強かに受け入れられる娘なのだと。
そんな当たり前で、けれど彼女を女性として見ていたゼルガディスが忘れていたことを思い出して、思わず口に手を当て笑っていた。
突如笑い出したゼルガディスを不審そうに眺めているアメリアに、ゼルガディスは表情を元の何を考えているのかよく分からない無表情に戻すと、今まで起きたことをとりあえず話すことにした。
「悪夢を見たんだ」
アメリアはぽかんとした表情になった。
きっと、前後の関連性がわからなかったのだろう。
そんなアメリアの表情にゼルガディスは思わず苦笑したが、ともかく話を続けた。
「それがこの家の呪い、とやららしい。一日目は小さな俺が母を刺していた。二日目は俺が家に放火して父が焼き爛れていた。三日目は……っ、…」
昨日見た夢を言葉にする事が恐ろしかった。
母と父は死んでいる。ゼルガディスが殺したわけではないが、死んでいるものを再度殺す事は出来ないからさらっと口に出す事が出来た。
だがしかし――アメリアは生きているのだ。
そして、ゼルガディスはアメリアに対して感情を抱いている。大切で、でも危うい感情を。
その感情ゆえに、夢が現実に起こってしまうのではないだろうか。
愛しすぎて食べてしまうのではないだろうか、その四肢を。
ばりばりと肉を食べ血を啜り、灰になった骨を飲み込み。
全てを体内に消化させ、一つにすることを望むのではないだろうか。
それが、ゼルガディスにとって怖かった。
「……」
じぃっとゼルガディスを見ていたアメリアは、不意に身体を動かすと背中から椅子ごとゼルガディスを抱き締めた。
その温もりは、ゼルガディスにとって愛しいもので。
何故そんなことを思ったのだろうか、とゼルガディスは考えた。
何故、アメリアを食べてしまおうだなんて。
それは違うものなのだと今ならば理解できる。
食べてしまいたいほど愛していると何の装飾語もなくただ愛しいは、違うものなのだと。
言葉は似ていてもそれは全く別なものなのだと、ゼルガディスはアメリアの体温を感じながら理解する事が出来た。
「大丈夫ですよ。ゼルガディスさんは、お母さんを刺してはいませんしお父さんを焼いてもいません。お二人は天国でゼルガディスさんのこと、優しく見守ってますよ」
言葉はまるで慈母のように優しくて。
「……アメリア?」
思わず首だけ後を向けて、アメリアの顔を覗き込むと素に戻ったらしく、顔を真っ赤にさせるとだだだだっとゼルガディスから離れるように動いた。
そうしてわたわたと手を動かして混乱を収めようとしているアメリアに、ゼルガディスは思わず笑った。
そのギャップがアメリアらしくて。
『悪夢』と書かれた本を持って、ゼルガディスとアメリアは地下への階段をたんたんたん、と降りていった。
地下への道は小さな部屋の一角に存在し、一つの木の板をぐっと踏み込むように押すとがこっと板が外れる音がして床にあるその人一人分が入れるぐらいの木の板を開けると、地下へ続く道が現れるという仕組みだった。
地下だけに真っ暗闇ともいえそうな階段は明りで点しながら、階段を降りていった。
階段にはこの家を購入した頃の屋内みたいに、大きな玉になった埃がぽこぽこと幾つもあり蜘蛛が我が物顔で巣を張っていた。
「うわー。埃だらけですねぇ…。全部終わったら、ここも掃除しちゃいましょう」
「ああ、そうだな」
なんの緊張感もなく元気良く放った、アメリアのどこかポイントのズレたコメントはゼルガディスにとってはほっとできるものだった。
気概もなく背負うものもなく唯ひたすらに明るいというものは、寝不足で思考が暗いところに落ちがちのゼルガディスにしてみれば救われるものがあった。
何も気にしなくても大丈夫なのだと。
必要以上に気を張らなくても大丈夫なのだと。
やはり、アメリアに言っておいて良かったと思いながら、アメリアの軽快で一方的な話を楽しみながら階段を降りきった。
すると一段と大きな部屋が目の前に広がり、先ほどまで歩いていた階段では明りを使わなくては何も見えなかったのに、中央で光り輝いているもののお陰であたりは薄っすらと明るく物を確認する事が出来た。
端のほうに乱雑に置いてある物は、資料関係や必要な机なのだろう。
光るそれに寄せられるように近づいたゼルガディスたちが確認したのは、大きな魔法陣だった。
魔法陣自身が光を発し、魔法を唱え続けているようだった。
「…これが全ての元凶か。しかし何故今でも効力が残っているんだ?」
書かれた本は100年以上前のもので、普通ならば長期の呪いのための魔法陣であっても100年以上残っているというのはよっぽど魔力がなければ難しい。
それに、これほどまでに埃にまみれていたのならば魔法陣の一部が欠如してもおかしくない。変形したものは発動しなかったりもしくは別な効力になるものだが、しかしゼルガディスが体験した悪夢≠ニ本に書かれた内容はほぼ同一だったのだから、それはないだろう。
だからこそ、ゼルガディスは思わず疑問を吐いたのだった。
と、その時ゼルガディスが所持していた真っ白な魔道書が懐から滑り落ちた。ゼルガディスはそれを持った記憶がないにもかかわらず。
真っ白な魔道書は、ゆっくりと魔法陣に舞い落ちて、開かれたページに漆黒のようなインクで古代文字がすらすらとまるで書いたように完成していった。
『一歩間違えれば全ては逆転し、本当に望んでいたものは全て形を成して無くす。名残は祈りとなってその場に残る。夢』
文章が完成した瞬間、魔法陣はその役目を終えたとばかりに光を発するのを止め、急速に光は消えていった。
見えなくなった部屋を明りで点してみれば、真っ白な魔道書の上に掌サイズの透明な玉が乗っていた。
ゼルガディスとアメリアは真っ白な魔道書に近づき、ゼルガディスが手を伸ばし透明な玉を拾い上げてみれば。
其処に映ったのは、年月を程よく重ねたような皺を薄く刻んだ顔で笑う男性と、その隣で楽しそうに微笑む幼い少女だった。
それはまるで幸せそうな父と子の笑顔で。
ゼルガディスは真っ白な魔道書も拾い上げながら言った。
「この魔法陣を作った者は娘を亡くし、その時の夢ばかりを見ていた。研究者だった父親は毎日見る悪夢から解放されたいと思い、その身を削ってまででも幸せな夢を見れるような魔法陣を作り上げた。だが、最後に発動したのは娘との幸せな記憶でも妄想に等しい突拍子のない夢でもなく、……父親が見たくないと望んだはずの悪夢そのままだったらしい」
それは解説した本に書かれていたことであった。
主体的な文章でなかったことを考えれば、おそらく透明な玉に映った親子を見てきた第三者が書いたのだろう。
幸せな光景から奈落へ突き落とされて、執念のように身を削りながらも幸せな夢を見るために研究を続け、遂には幸せな夢すらも与えられずに死んだ一人の男を見た人だったのだろう。
アメリアはぽつりと呟いた。
「……悲しいですね」
そうして、もうあのような夢は見ないだろう、と。
後日、ゼルガディスは公務のほうは果たして大丈夫なのだろうか?と思わせるような頻度(つまり毎日)で来るアメリアと地下室を掃除したのだが、結局何故あの魔法陣は今の今まで効力を残していたのかは分からなかった。
ただ理解できたのは、思いの深さで。
そうして、ゼルガディスはセイルーン聖王国郊外に屋敷を設けることになった。
あの主人が眠っていたと思われる2階の中央に位置する一際大きい部屋のテーブルに、幸せそうな親子が写った玉を乗せて。
>>20060125
結局は引越し話だったのです。
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