混乱を避けるため、なによりもう用がなかったためアメリアたちより先にセイルーン城へ戻ってきた俺は、生活がどう変わるかまだ予測の出来ない中とりあえず与えられていた(予算編成という)宿題を終わらせようと自室で資料を見ながらペンを走らせていたのだが、もう少し別な資料が欲しくなり廊下を歩いていた。
 と、声が聞こえる。
 本来なら話しているところに割って入るような面倒なことはしたくないので別なルートを選ぶのだが、その話し声は聞いたことのあるものだったので、姿を見せないようにと角からちらりと覗き込んでみた。
 そこに居たのはアメリアとクティオリレス、そして彼の従者である。

「……それでいいのですか、アメリアさんっ! あの男の本性を知ってもっ」

「わたしは」

 焦り、声を荒げるクティオリレスに対しアメリアは凛と背筋を伸ばして、彼を見ていた。
 静かに拳を震わせながら。

「貴方の知っている過去を経たゼルガディスさんを受け入れていますから、今更クティオリレス様に忠告されるようなことなどありません」

 切り捨てるような言葉に、今までクティオリレスが取ってきた紳士のような雰囲気が一気に変化し怒りに顔が鬼のように変化する。
 刹那、俺は考えるよりも先に駆け出していた。
 苦労をしたことのないような傷一つない拳が握り締められ、アメリアに向かって振り下ろされる。
 彼女とクティオリレスの間に入った俺は、クティオリレスの拳が振り下ろされるよりも先に彼の顔にストレートパンチを決めていた。

「ゼルガディスさんっ」

 慌てたようにアメリアが俺の名を呼んだ。
 しかし、彼女のほうを振り向かず警戒のためクティオリレスを見ていた。彼は俺の拳をまともに受けてよろめいたが、従者の剣士に支えられ倒れることは避けたようである。
 クティオリレスは体制を整えなおすと、殴られた頬に手を添え敵を睨みつけるような憎々しげな視線で俺を見た。
 その視線を、ふんっと鼻で笑う。

「アンタの身勝手な怒りをアメリアにぶつけるなんぞ、最悪だな」

 それが、更にクティオリレスの怒りをあおったのかぎりっと歯をかんで頬を押さえていないほうの指で俺を指した。

「い、一国の王子に手を出していいと思っているのか、犯罪者風情が!」

「権力など俺は痛くもかゆくもないし、アンタがアメリアに手を出そうとしたのを止めたわけだからセイルーン王家にとっても損失はないだろうさ。……その顔を変形させられたくなかったら、さっさとアメリアの前から姿を消すんだな」

「くっ」

 どうやら、一国の王子というのがこの男の力のようで、それが効かないと感じると殴ろうとしていたアメリアを見た。

「アメリアさん!」

「わたしがなにもわかっていないぼんくらな姫だとでも思っているのですか? ゼルガディスさんはわたしをかばって手を汚してくださいましたが、本来はわたしが貴方を殴りたいぐらいなんです。……さっさと国へ帰ってください」

 殴られそうになったのにそれでも怒りを抑えた口調で述べたアメリアは、しかし前よりも辛辣な言葉を述べた。
 それでクティオリレスは完全に形勢が不利だと認識したようで、後ろに居た従者を見、俺に指を差し命令する。

「せめて! この男を叩きのめせっ」

 その言葉に、従者は腰に差していた剣を抜く。
 殺気や気配の消し方から、この従者はクティオリレスには勿体のないほど強い剣士だと分かるので、警戒を解かぬまま腰に差していた剣の柄に手を掛けた。
 緑の目がギラリと殺気を俺に向けてくる。
 ……が。

「あら、貴方が何でこんなところにいるの?」

 空気を崩すかのように声が割り込んできて、そちらを見るとセイルーン城にはまったく似合わない悪の魔道士ルックを着込んだ白蛇が、さも不思議そうに緑目の剣士を見ていた。アズリエルを横に従えて。
 その瞬間、緑目の男から殺気がすうっと消えうせた。

「白蛇のナーガ。……ここはアンタのテリトリーなのか?」

 男は簡潔に問うた。
 白蛇はにやりと聖王国の第一王女とは思えない笑みを浮かべ、答える。

「一応、ね」

 その言葉に、侍従はクティオリレスを見た。

「な、なんだ? さっさと命令を実行しろっ」

「……この仕事、降りさせてもらう。白蛇のナーガを敵に回すほど俺も愚かではないのでな。金は前金だけで結構だ」

 緑目の男は何の未練もないようにクティオリレスを見捨てた。
 どうやら、彼は国に使えている従者ではなく雇われている傭兵のようなものだったらしい。

「で? 結局、この男は何なのよ」

 閉じこもっていたばかりに事態をまったく理解していない白蛇は、クティオリレスに指を差して俺達に問う。
 男は何度も平民(なのは実は俺だけなのだが)に馬鹿にされたことに腹を立て、差された指をばんと音を立て振り払った。

「お前のようないかれた服装をしたものに名乗るような名前はない!」

「……いかれた?」

 白蛇は、ぱちんと指を鳴らした。

爆炎舞バースト・ロンド

 アクションも詠唱も必要なく発動されたその呪文は、城を軽く破壊しつつクティオリレスを吹き飛ばしていた。
 ぱらぱらと粉塵が舞い散る中、白蛇は腰に手を当てた。

「このファッションセンスを理解できない男なんてこの白蛇のナーガ様に指差す資格なんてないのよっ、おーほっほっほっほっほっ!」

 響き渡るような高笑いをする白蛇を、俺はジト目で見ていた。
 やっぱり、白蛇は王になるべきではない。

 一通り高笑いが済んだ後、白蛇はそういえばと話を持ち出した。

「アズリエルの治癒呪文、完成したからさっさと治しておいたわよ」

「本当なのっ、姉さん?」

 アメリアは嬉しそうに腰に手を当てたままの白蛇へ確認した。
 白蛇は、それはもうでかい胸を強調し頷く。さも自慢げに。

「一応、王族の主治医とアズリエルにも呪文を教えておいたから後で聞いておいて。私は、もうそろそろお暇するから」

「えっ? 姉さん、行かないでよ! また、前みたいに一緒に暮らしましょうよ」

 強く要望したアメリアはほんの少し寂しそうであった。
 セイルーンにとって白蛇が王位をつくことは好ましいことではなかったが、アメリアにとっては大切な家族である。以前彼女本人から聞いたところによると、白蛇が居なくなったことにより寂しさを感じる要因を与えたようであったので、やっぱり一緒に居て欲しいものなのかもしれない。
 白蛇も思うところがあったのだろうかそれを見て、彼女は寂しげに笑いアメリアの頭にぽんと手を置いた。

「もう、寂しくないでしょう? 貴方には魔剣士もアズリエルもいるのだから」

「姉さん……」

 アメリアが白蛇の顔を見ると、白蛇は姉らしい優しく力強い笑顔を見せた。

「それに、白蛇のナーガ様にはこのセイルーン聖王国は小さすぎるのよ!」

 おーほっほっほっほっほっ、と再度高笑いする白蛇にそうですねっ、とアメリアはにこやかな笑みを見せた。
 それで二人の中で何かが解決したらしい。姉妹というものが居たためしのない俺にとってみれば、姉妹というものはそういうものなのだろうかと不思議に思う。

「じゃあ、また気が向いたらくるわね。それまでに魔剣士っ! セイルーンを盛りたてておきなさいよっ」

 何でそれを俺に言う、とつっこみをいれる前に白蛇は浮遊レビテーションで飛んでいってしまった。

「ナーガさんは、なんというか騒がしい人ですね」

 アズリエルはぽつりとそう呟く。
 騒がしいというか、もう有害の域まで達していると思う。まぁ、むしろ敵とかから見ている分には愉快なのかもしれないが。

「ところで母さん。これから会議があるんじゃないでしたっけ?」

 あ、とアメリアは思い出したように声を発した。

「そうだったわ! ゼルガディスさん、貴方の立場をどうしようか会議で話すことになったんです。一緒に来てくださいっ」

 壁の修復は後で言わなくっちゃと呟きながらもアメリアは促したが、しかしとアズリエルを見た。
 俺はまだ宿題の答えをアズリエルに提出していない。白蛇の呪文が完成したということは、もうタイムアップしたということである。
 期日間近にごたごたが凝縮しすぎて何も考えられず、俺がアメリアを恋愛感情を含めた目で見れるのかどうかなんてまるで分からないのに、逃れられない立場を決める会議に出てもいいのだろうか。
 それを問うためアズリエルを見ると、彼は俺の視線の意図がわかったのか肩を竦めて言った。

「行きましょう、お兄さん。答えは態度で貰いましたから。……もっとも、お兄さんはわかっていないようですけど」

 俺の行動で何が分かったのかがてんで理解できなかったがともかくセイルーン城に、アメリアの傍に居てもいいと許可が出たようだったので、俺は急がせるアメリアの後を追った。
 今の俺には何かが変わったかなんてまるで分からず時間に急かされていくが、きっとにこやかに笑うアメリアが無邪気に笑うアズリエルが隣に居てくれれば、開けた視界は色とりどりに変化していくに違いない。



      >>20091030 二人が正式にふっつくまでにはまだまだ時間が必要なのです。



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