義務




 その焼け野が原では私の同士達の死骸で地面が黄金の色になっておりました。
 赤と金色が交じり合うこの世で最も醜い風景の中、私は同士の死体に縋るわけではなくただ立ち尽くし目の前にいるその人を凝視しておりました。
 そうして、私の血肉がまるで炎のように湧き立つのを感じていたのです。
 目の前の人を殺してしまえ、と沸き立つのを。
 私はその人を殺したくなどなかったのです。
 それでも、私を構成する血肉は殺してしまえ、と沸き立つのです。
 動かず目の前の人を見続ける私に、血肉は叫び促しました。

 殺してしまえ殺してしまえ殺してしまえ殺してしまえ殺してしまえ!

 自然と、腕が動いていました。
 ざしゅっと小気味良い音と共に私の腕はその人を貫きました。刹那、私の血肉は沸き立ちました。鳥肌が立つほどの喜びは、私"達"の敵を倒すことへの純粋たる喜びだったのです。
 目の前の人はゆっくり倒れました。まるで、スローモーションで見ているかのように。
 私は倒れたその人の生死を確認するために、彼へ近づきました。
 深い紫色の、男性にしては長く切りそろえられた髪は頬にかかり、目的の前に滅びを迎えることになってしまった恐怖にいつも微笑み閉じられていた目は大きく開かれて。
 身体を傷つけられ生きとしいけるものならば流れ出る血液は流れず、私が貫いた箇所は中身が何もないように空洞だけが広がっておりました。
 刹那、血が沸き立ち何も考えられず沸騰していた脳がすぅっと冷めていき。

「――っ!」

 私は声にもならぬ叫び声を上げ、彼が身に纏っていたどこの物とも知れぬ神官服に触れようとしたときにはもう。
 最初から何もなかったように消えてなくなりました。

「……」

 愛していたのに。
 私が人々に向ける愛情のうちの、特殊な感情を彼にあげてしまうほどには。
 ――私は何故、私を司り本質である血肉の命令に逆らわなかったのでしょう。従ったのでしょうか。
 あの人が私"達"の敵であることは、どのような状況に陥ったって敵であることは――分かっていました、それなのに。

「ごめんなさい」

 私は搾り出すように、彼がいたその場所に向かって謝っていました。
 彼は私に謝られることなど望んでいないでしょう。
 だって、彼は彼のままに生きていました。
 それに私に殺されることは――私を司りそして属する種族に滅せられることは敵対すべき相手だったのですから、当たり前のことであの人にとっては悔しいことでしょうけれど、許容できることでしょう。
 それでも。

「ごめんなさい」

 謝らずにいられないのは私のエゴなのです。


 目の前には暗闇に浮かび上がる薄暗い天井があって、さらりと肌に触れたのはシーツなのだと私は目覚めた脳味噌で唐突に理解した。
 現実に目覚めれば、先ほど見たのは全てリアルな夢だと理解するにはさほど時間はかからず。
 私は上半身を反射的に起こしていた。
 夢身が悪かった所為だろうか、びっちょりと吹き出した汗でパジャマが肌に付着して気持ち悪かった。

「――どうして、あんな夢を見たのかしら」

 思わず、呟かずにはいられなかった。
 今が余りにも幸せだから、その反動なのだろうか。
 可愛い子供達は育ち盛りで、あまりにもやんちゃだから体力的には大変だけれどそれでも優しく素直で元気な彼らを見ているのはとても幸せで、ジラスさんとグラボスさんは共に暮らしてはいないけれど骨董屋の店番をしてくれるし、頻繁に子供たちと遊んでくれる。そして……ゼロスもたまに顔を出してくれる。
 ……そんな心の底から望んでいた幸せが、今目の前にあって。
 でも、私が償わなくてはいけない罪を、何一つ償っていなくて。
 もしかしたら、深層心理で罰せられたい、責任から逃れたいと願う気持ちがあんな夢を見せたのかもしれない。
 それとも、単純に神からの警告だろうか。
 私は元巫女だけれども昔から神託を受けることがあり、今もなお時折神託を受けることがあった。もっとも、それがいつ必要なのかどれぐらい重要なのかまったくわからないのだけれど。
 けれど、もしそうなのだと考えたらぎゅうっと胸が締め付けられた。
 私が手をかけるだなんて。
 私が彼を滅ぼすことなど、例えこの身が神族のものであり生きとしいけるものの天敵を滅ぼすよう細胞に刻み込まれていたとしてもこの心のありようが拒否するだろうし、なにより単純な彼との力の差があることを考えれば――ありえないのに。
 ――それでも、私は身体の震えを止めることができなかった。



      >>20070316 騒音さんは夢ネタが好きなようです。



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