食物連鎖




 焦げ付くような匂いが鼻について、目をばっと開けると青空が広がっていた。
 それは、神殿の中ではありえないような雲ひとつない空。
 私は確かに神殿の中にいたのに、と思いながら起き上がる。
 そこで、ようやく焦げ付くような匂いがなんなのか分かった。
 燃えていたのだ。
 建物が、木々が、全てが。
 刹那、私は精神世界面アストラル・サイドに身を浸して、燃えさかる炎が立ちこめる中心地に移動した。
 炎が燃えさかる場所へと来た私はその光景を見て目を見開き、絶句した。
 なぜならば、まるで火竜王フレア・ロードに仕える私たち一族が滅びたあの日を再現したような光景が広がっていたから。
 黄金の屍がまるで隙間を許さぬように埋め尽くされ、少しでも土の色が見える場所には血が染み込んで、茶が色濃くなっている。
 私は、それを見ながらあの日の感情を思い出していた。
 悪かったのは私たちだったけれど。
 それでも、何も知らない者まで死んだのだ。
 無論知らなかったで許されるわけがないことを、今の私は知っているけれど。

「一体、何が……?」

 無理やりあの日の記憶から自分を引き離すと、今の状況を理解しようしたが理解できない感情が端的に言葉となって発せられた。
 私がいたところは火竜王の神殿。
 以前は黄金竜たちが、彼に祈りを捧げ生きとしいけるものの平和と勝利を祈っていたが、今では黄金竜たちが死に絶えただの廃墟と化した場所。
 これほどの黄金竜の死体が出てくるわけがない。
 無論、黄金竜は滅びていない。あくまで滅びたのは火竜王の一派だけで、他の……赤の竜神フレア・ドラゴンスィーフィードの腹心に使える黄金竜の群れは未だ居るのだ。
 それでも、火竜王の神殿から大量の死体が出てこないと言い切れるのは、単純に私があの地で他の黄金竜が未だ来ていないことを確認しているからだった。
 私は何も理解できないまま、けれどただ立っていても何一つ出てこないだろうと、炎が未だ木々から建物から黄金竜の死体から出ている中、ゆっくりと歩き始めた。
 炎に焼かれ黒ずんでいく黄金竜たちの死体は様々な色に彩られて鮮やかだった。あまりにも強すぎて毒々しいほどに。
 思わず、眉を顰めこみ上げる吐き気を押さえつけながら、周りを見渡し歩いていると。
 不意に、じゅくりと体が唸った。
 詳しく言えば、私の中に存在している相反する属性の魔力が。
 それは、胎内で中和されようやく自由自在とまではいかないものの、そこそこ使いこなせるようになった後天的に付属された魔力がざわめき、私の中で強く動き回る。
 その感覚に下腹部を押さえ、正面を見ると。
 異端の色が存在した。
 炎の中で悠然とたたずみ、黄金竜の死体などなんとも思わず踏みつけ。
 その紺色は鮮やか過ぎる色たちの中で、一際異彩を放つ。
 叫び蠢く黄金竜たちを冷めた目で見る、その細い紫の目は何の感情も映さず。
 ただ、食事をしているだけなのだろう。
 例えば、シマウマを食べるライオンのように罪悪感を覚えることもなく、ただ当然のこととして。
 生み出される負の感情を喰らっているのだ。
 食物連鎖のままに。

「ゼロ……ス」

 自分で声を出しているはずなのに、まるで他人の言葉を聞くように声が発せられるのを聞いていた。
 その放つつもりもなかった呼びかけに対し反応するように、ゼロスは私のほうを見た。
 それもまた、演技なのだろう。
 腹心の次に名を連ねる魔族が私ごときの(しかも隠すつもりもなかった)気配に気付かないわけがないのだから。それこそ、彼が追い詰められない限りは。
 そうして、ゼロスはいつもと同じ笑顔という仮面を被って口を開いた。

「おや? 竜のお嬢さん、僕の姿を見ても逃げないのですか?」

 発せられたものは、いかにも私のことなど知らないと言いたげなもので。
 私は戸惑った。
 言葉が発端になったのだが、それだけではなく何故だか彼は私の知っているゼロスではないように思えた。
 恐らく、彼を構成しているものは私の知っているゼロスと一緒だろう。それは、私の体内にある魔力がざわめくことから分かる。
 けれど、魔族であるゼロスに言うべきものではないのだろうが、心のありようが私の知っているものと違う気がした。
 私を見る彼の目はただ冷ややかで、まるで初めて会ったときのよう。
 いや、きっとそれよりもたちが悪い。
 だって、彼は私に何の面白みも感じていないのだから。
 ゼロスにとって私は面白くもなんともないただの竜の娘でしかない。
 そう考察すると、私は口角を引きつらせて笑顔を見せた。私の知らないゼロスに。

「――ええ、逃げる必要などまだありませんから。無論、それは無謀にも貴方に勝てるなどと思っているからではありません。ただ、ゼロス――貴方に聞きたいことがあります」

 同族が生きていれば、彼らに聞くのだがここに居るのは私の知らないゼロスだけで。
 だからこそ、私は力の差がどれほどあろうとも彼に状況を聞く必要があった。――もちろん、そこに至る考察には逃げて他の人に聞こうとしたところで、足を踏む出すよりも早く私の命がなくなっているだろう、という現実論も含んでいたのだが。
 そんな私に、何を思ったのかゼロスは少し驚いたように目を見開くと、面白いものを見つけたと言わんばかりに口角を上げ深く微笑みを作っていた。
 それは、同じ笑みのはずなのにどうして心持一つで印象が変わるのだろうか。
 今の笑みは、邪悪さしか含まないものだ。
 私が知っているゼロスの笑みは、邪悪さのほかに無邪気さが見て取れたので。

「いいですよ、竜のお嬢さん。貴方は無謀でとても浅はかですが、愚鈍ではないようですね。どうぞ僕に答えられることであれば聞いてください。――もっとも、聞いたその後は保障しませんが」

「ええ、保障していただかなくて結構です」

 彼の息がつくよりも先に私が答えると、ゼロスは面白そうに笑った。
 自分との力の差が歴然であることを知っているのに、助けを請わない私がよほど可笑しく見えたのだろう。
 ゼロスを喜ばせる気はさらさらないのだが。
 ともかく、私は今の状況をきちんと整理するために質問した。

「ここはどこですか? そして、貴方は何をしているのですか?」

「まるで、記憶喪失でもしているような質問ですね。その割に僕のことは良くご存知のようですが」

「貴方のことを知っていても、状況を知らなければ意味がありません。ここが私の居た場所だとすると、どうしてもこのような惨状になるわけがないのです。……貴方は答えるといったのですから、戯言を述べるよりも先にさっさと質問に答えてください」

 私も、自身の言っていることがまるで記憶喪失のようだという自覚はあるのだ。
 しかし、言葉を選んで理解してもらほどの余裕などなかった。
 あの子達の元へ戻らなければいけないのだ、私は。ヴァルにハンバーグを作ってあげると約束しているのだし、なによりあの子達が帰った時に私がいなければ、寂しがるだろうから。

「そうですね、ではお答えしましょう。ここは火竜王を信仰する黄金竜たちの住処。僕は、簡潔に述べますと獣王グレータービースト様の命令により邪魔な竜どもを滅ぼしているのです」

 彼の言葉が理解できず、考えのまとまらないまま言葉を発した。

「何故? そのような大掛かりなことをするということは赤眼の魔王ルビー・アイが復活したとでも? 北の魔王が? それとも、新たな魔王が現れたとでもいうの?」

 ゼロスは眉を顰めた。

「何を言っているのですか? 赤眼の魔王様は封印などされておりません。ああ、無論あの忌々しい赤の竜神にかけられた呪縛のせいで人の身に封じられていますが……、北の魔王とはなんのことですか?」

 ゼロスの答えに私は首をかしげた。
 話の流れがあっていないの? まるでかみ合わない。
 北の魔王を認識していない? 確かにそれは呼称であったものの、"北の魔王"と言えば誰もがカタート山脈に封印されている赤眼の魔王の欠片を連想するだろうに。
 だとしたら。
 北の魔王という呼称が出来る前だったらそれは違う?

「もしかして、今魔族と生きとし生けるものは全面戦争を行なっていますか?」

「ええ。冥王ヘルマスター様の指揮の元に」

 名を出すことも憚れるあの方によって滅ぼされたその名前。
 それが、全ての点を一つに繋げた。

「降魔戦争時、なの?」

 ゼロスは私の絶望を食べたように微笑んだ。



      >>20070412 冥王が獣王に話を持ちかけて、獣王がゼロスに指示したってな感じ?



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