枷




「どうやら疑問は解決したようですね、竜のお嬢さん?」

 彼はいつも通りの何を考えているか分からない笑顔を私に向けた。
 刹那、私は多大なる重圧を感じてぶわっと汗を噴出させていた。べちゃり、と服が肌に張り付く。
 逃げ出したくなる足を押さえながら、ゼロスが放つ重圧に耐える。……つまり、彼は私を殺すつもりなのだろう。もう、質問には答えたのだから。
 彼の戯れは終わったのだ。
 それにゼロスは上司から竜の壊滅を命じられていたら、それが面白くなくとも最低限こなす性格である。あくまで竜の一派である私を殺しにかかるのは至極当然、であった。
 私は彼の重圧を何も感じていないように溜息を吐き、ゼロスを見た。

「……ええ。疑問は解決したのだから、この状況を打破するしかないでしょうね。まぁ、貴方がやすやすと私を取り逃がすとは思えませんが」

 彼の視線から顔を逸らしたくてたまらなかったが、それを意志の力で押さえつけると無理やり睨みつける。
 そんな私の姿をどう思ったのだろうか、変わらぬ笑顔では感情の一端すら見えない。

「記憶喪失なのによーく分かっているようで」

「記憶喪失なんかじゃありません! 状況下が違いすぎたために混乱していただけですっ、勘違いしないでください!」

 どんなに劣勢であっても、ゼロスの言葉にはいちいち反応してしまう。
 即座に否定の言葉を入れた私を面白くでも思ったのか、ゼロスはくすくす笑った。それは、強者だからこその余裕の笑みであっただろう。

「気の強い竜のお嬢さんですね。……では戯れもここまでにして、そろそろ死んでいただきましょうか」

 にこり、と笑みを浮かべながらゼロスは杖を翳した。
 瞬時に精神世界面アストラル・サイドにあるゼロスの純粋なる力の源が私に襲い掛かる。
 しかし、私は瞬時に手を翳し自身の胎内で澱んでいたあるはずもない負の魔力を起動させると、まるで防御壁のように体中へ纏わせた。
 私に襲い掛かる力は、同じ属性の結界に阻まれ交じり合い私の周りで静かに喪失していった。
 その様を見て、ゼロスは驚いたのかめったに見せない目を開いた。

「――貴方は、何者なのですか?」

 それは単純な疑問で、純粋に不思議だったのかまるで作為が見受けられなかった。
 そんな問いかけに、私はなんて事のないように答えた。

「貴方の言うとおり、ただの竜です。竜という――神族という枷をつけられた者以外の何者でもありません」

 言い終えると、一筋の風を感じ私は頭上を見た。
 そこに居たのは、太陽の下において輝く黄金の竜体。

「お嬢さん、乗って!」

 叫ぶ女性の声を聞き、咄嗟に浮遊レビテーションを唱えると声を発したであろう黄金竜の背に飛び乗った。
 すると、途端に羽をはためかせまるで死体置き場のようなそこを離れていく。
 黄金竜が二人もいるのだから、当然なんらかしらのアクションを仕掛けてくるかと思ったのだが、何をしてくるわけでもなく元いた場所は木々に覆い隠され見えなくなった。

「……とりあえずは、大丈夫なようね」

 緊張で強張らせていた体を解きほぐし、ほっと息を吐いた。
 それにしても、もう同族に助けてもらうことすら叶わない私が、特殊な状況下とはいえまさか同族に助けてもらえるとは思っていなかった。――なにか、騙しているようで少し心苦しかったけれど。
 そう考えながら、緊張を解きほぐした私は助け出してくれた同族に礼を述べた。

「助けてくださって有難うございました。本当に、助かりました」

「いいのよ。同族を助けるのは当然のことだわ。……あの獣神官プリーストゼロスを目の前にして無傷で逃げ切れるとは思わなかったけれど。貴方、運がいいのね」

「……そうかもしれませんね」

 何か釈然としないものを感じながら、私は同意した。

「もう少しで私の家に着くの。良かったら、ゆっくりしていって」

「え? ですが、ご迷惑では……」

「そんなことないわ、同族のよしみだもの」

 空を飛びながらそんな他愛も会話をすると、急に高度を下降させていった。
 恐らく、彼女の家が近いためだろう。
 そこは森の中心で、かなり大きい竜体で降りれるのだろうか、とも思ったが彼女は上手く隙間を見つけ着地した。
 背中から飛び降りると、彼女は竜体を収縮させ人型へ変化させた。
 竜の姿を現すような黄金の流れるような長髪が揺れ、小さな顔の中で特に印象的な青緑の大きな瞳が柔らかく弧を描く。巫女服に身を包むその女性は、私の眠っていた記憶を揺り起こした。

 ――お母様。

 小さく息を呑み、何故気がつかなかったのだろうと不思議に思った。

「どうかしたの?」

「あ……い、いいえ、なんでもありません」

 不思議そうに首を傾げ聞いてきた彼女に対して、私はぶるぶると首をふり否定の言葉を発した。
 驚きが表情に出ていてもおかしくはない。だって、お母様に会えるとは思っていなかったのだから。――幼い頃死別したお母様とは。
 ここが過去である限り、今はもう居ない人物と会ったっておかしくないのに可能性すら考えていなかった。もっとも、考える暇もなかったが。

「そう。――あの、獣神官ゼロスと対面していたのですものね。今になって緊張が解けたっておかしいことではないわ」

 どうやら、私の態度の変化をゼロスと対面していたことによるものだと誤解した彼女は、安心させるよう私に微笑んだ。もっとも、貴方の娘ですなんてどう転んだって名乗り出れないのだからそう誤解してくれたほうが都合はいいが。

「さぁ、行きましょう」

 そう言って、私の手を掴んだ彼女は瞬間移動するため、私を精神世界面へと引きずり込む。
 精神世界面で泳いだのはほんの瞬きをする間で、引きずり上げられ実界に戻った私の目の前にあったのはこじんまりとした小さな家だった。
 それは記憶の海に埋没していたそのままの風景で。
 彼女が扉を開け、私を家の中に促すと懐かしい匂いを感じて何故だか涙が出そうになった。それは遠い遠い昔に無くして、一生感じることの出来ないものだと思っていたから。
 そうして、彼女が玄関すぐの扉を開けると男性がダイニングテーブルの椅子に座っていた。

「ただいま、あなた。今日はお客様を連れてきたのよ」

 彼女がそういうと、背中越しに見える男性の深い青色をした目が困ったように揺らいだ。

「お帰り。……いいのかい? 僕達はお義父様に言われてここに居るのに、その……」

 ちらり、と私のほうを見て彼は言葉を濁した。
 まぁ、確かにこの戦況下でどこのものとも知れぬ人物を中に引き入れることによって、敵側に自分たちの居場所を知られるのを恐れるのは当たり前のことだ。
 特に私たち一家の中で一番影響力があったのはお爺様だ。お爺様に何か言われているのであれば、立場としても戸惑うのは入り婿になったお父様――彼だろう。
 しかし、彼の忠告に彼女は微笑むだけだった。

「だけれど、命の危機に晒されていた人を見捨てることなんて出来ないわ。同族ならば尚更よ。――あなただってそうでしょ?」

「まぁ、そりゃあそうだけれど」

 彼は金色のつんつん髪をがしがしと掻いた。

「だったら、いいじゃない。……ああ、立たせっぱなしにしておいてごめんなさいね。どうぞ、座って?」

 話は終わり、とばかりに私のほうを振り向き促した彼女に、私は微笑んだ。
 そうして、彼の斜め向かい側の席に座ると女性は三人分の紅茶を出してくれた。
 彼女が男性の隣の席に座ったのを確認すると、紅茶を一口飲んだ。

「――おいしいですね」

 それは懐かしい味。
 遠い記憶を思い起こさせるような、味。
 私には到底真似できない――彼女しか入れることの出来ない、味だった。

「有難う」

 彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 私もそれにつられて嬉しそうに微笑む。いつかあったような風景のままに。
 と、その時。
 柔らかい雰囲気を覆すような気配を感じ、私は咄嗟に体内に潜む魔を発動させ、私たちを覆い囲んだ。
 それと同時に大きな爆発音が響き渡り、私たちの視界を遮るものはなくなった。あんなにも青々と茂っていた木々は一本たりともなくなり、まるで荒野のように地面が露出されている。
 そうして、頭上を見るとぷかぷかと獣神官が浮かんでいた。

「逃げてください! 私が足止めしますっ」

 負の魔力を発動させた私に驚いていたのだろうか、驚きを隠せない表情で私を見ていた二人に叫ぶと、はっと我を取り戻したかのようにぴくんと体を動かし、困ったように眉尻を下げた彼女は言った。

「でも、貴方は……っ」

「大丈夫です。私は、お二人が感じたとおりですから。――どうにか、足止めだけはしてみせます」

 滅することはどうしても出来ないけれど。
 そう言外に含め、彼女らを説得すると宙に浮いたゼロスがくすくすと笑い声を発していた。

「僕も随分甘く見られたものですね」

 そのつもりはまったくないのだが。必要上の言葉だと認識して欲しいところだ。
 肩を抱きしめ、彼女を促す彼の姿を見ながら宙に浮くゼロスを見ると、後方で瞬間移動したのを感じた。
 ゼロスはとりあえず、私に用があったのか彼らを追いかけるそぶりを見せない。

「ところで一つ教えてくれませんか、竜のお嬢さん。――何故、貴方は自身の魔力と真逆のものを包含しているのですか? しかも、僕を構成する魔力とまったく同一のものを」

 ゼロスの問いかけに私は急に笑いたくなって、その衝動に従い声を出して笑っていた。
 そんな反応にゼロスが訝しげな表情をしながら私を見下ろしている。
 種も仕掛けもない単純なことだというのにそれを当の本人が知らないことは、例え彼にとってこれから起きる未来のことであったとしてもなかなか笑える事象なのだと初めて知った。
 もっとも、何も知らぬ彼にとっては迷惑この上ないだろうけれど。

「……それは秘密です」

 唇に人差し指を当てて、ゼロスが誤魔化す時にやる仕草を真似てみた。
 すると、彼の笑みをかたどっている口角がひくひくと引きつっているのが見えた。

「ならば、無理やりにでも口を割らせるしかないようですね」

 そう述べ、精神世界面に潜り込んだ彼に嫌な予感を覚え、追いかけるように精神世界面へ身を浸した。



      >>20070425 そういえばここもオリキャラ居るじゃん! と気がついた昨日。



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