本能
精神世界面
(
アストラル・サイド
)
に残るゼロスの魔力の残骸(足跡のようなものだ)をひたすら追いながら、次元の違う波を泳ぐ。
魔力の残骸が途絶え実世界への干渉がなされている場所へ到着すると、私は精神世界面の波から離脱した。
実世界に構築された目を開き見えた光景は――息を呑むものだった。
杖の先から光が漏れる。光は天を舞い雨のように降り注ぐ。逃げ惑う黄金竜たちへ。重なる悲鳴。光弾に貫かれ舞い散る赤。
同族の大量虐殺が、私の目の前で繰り広げられていたのだ。
ゼロスはその様子を感情を見せない笑顔で眺めていた。
そうして、私のほうを見ると言葉を放った。
「いいのですか? 助けなくても」
私は言葉を無くしたように、笑っているゼロスを見るだけだった。
ゼロスを止めることなど出来るわけがない。
彼にとってそれは当たり前の行動なのだ。それは食事であり、種としての義務であり……逃げられない本能だったのだから。
彼の本能を、ゼロスを認めている私が止めるべきなのか?
種の枷ゆえに滅しなければいけない彼が存在することを望む、私が。
同族を裏切ってまで、彼を受け入れ受け止め胎内で交じり合った私が。
「……」
何が正しいかなどわからない。
同族を裏切ったのに、今更仲間面して助けることが本当に正しいのか。
私には、分からない。
一生かかっても、正しいのか正しくないのか分からないのだと思う。
それでも……。
「!」
目に入り込んでしまっては駄目だった。
お父様とお母様が、光弾から逃げている姿を見てしまっては。
そして、光弾はまるで狙い済ましたかのように二人に降り注ぐ。
刹那、私の体はまるで反射的に動いていた。
二人の目の前へ瞬間移動すると、両手を翳す。
包まれた、胎内から溢れ出た黒い魔力が私たちを、お父様とお母様を覆い隠して光弾を中和して喪失させていく。
「……っ、お嬢さん!」
彼女は驚いたように名も知らない私を呼んだ。
私は二人の顔を見ないように宙で光弾を放っているゼロスを見ながら、叫んだ。
「逃げてください! 私の、所為ですからっ!」
彼女は小さく息を呑んだようだった。
「また、紅茶を飲んで頂戴。……今度は急がない時に」
彼女から発せられた言葉に、私は体を震わせた。
同族を裏切った私に――きっと、この黒い魔力を見て裏切ったことを分かっただろう彼女が、温かい言葉をかけてくれることに。
遠い記憶の海に埋もれてしまったお母様の記憶そのままに、優しかったから。
「――はい」
一つだけ返事をすると、刹那空気が微妙に歪み二人はその場からいなくなったようだった。
恐らく、焦れたお父様が精神世界面へお母様を連れ出してくれたのだろう。
既に響き渡る悲鳴は消えうせ、黄金竜の死体で埋め尽くされたその場所から私はゼロスを睨みつけた。
ゼロスは、笑顔を浮かべながらくすんだ黄金と燃えさかる赤に彩られた私と同じ地面へ降りた。まるで、この次元に来て初めて会ったときのような風景の中へ。
彼は、不気味なぐらいに笑顔を貼り付けたままだった。作られた笑顔を。
それがあまりにも、ゼロスらしくて。魔族である彼らしくて。
疼くのだ。
私の血肉が、遺伝子に刻まれた宿命が叫び出す。
ゼロスを、殺せと。
そんな自分の体が恐ろしくてたまらない。
けれど、血族を殺されたことを割り切ることなど出来なかった。どれだけ、私が同族に襲われても殺されそうになったとしても、体に流れる血の繋がりを――ゼロスに出会うまで築き上げてきた信頼と親近感と安堵を崩すことなど出来ないのだから。
だから、私はゼロスを睨むしかなかった。
心が揺れ動く。
血肉が叫ぶ宿命と目の前で行なわれた大量虐殺。それらと、ゼロスへ向かう愛情の狭間で。
そして、それはゼロスを受け入れた私にとって望んでいなかった方向へと傾倒していくのを感じていた。
なぜなら、まだ彼は私の知っているゼロスではないから。
私から見れば記憶が抜けている状態で、ゼロスから見ればまだ体験していないことであったけれどその差は大して変わらない。
多くの要因が、私の持っている愛情を押しつぶす。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、ゼロスは深く笑みを作り上げた。
「さぁ竜のお嬢さん、僕に教えてくださいませんか? ……これでも駄目だと仰るのならば、先ほどの方々を殺しても良いのですよ?」
頭が真っ白になる。
そうして、私を占拠し動かしたのは、血肉に刻み込まれた竜としての宿命だった。
>>20070502
これからはこれくらいの話の重さになる予定。
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