腕の中




 ゆっくりと網を張り巡らせる。
 私は体内に潜む二つの魔力を意識しながら、力ある言葉を唱えた。
 私の胎内に澱み存在する本来の属性とは正反対の魔力は他者から与えられたものであり、分け与えられたものだからこそ有限だった。
 もっとも、この戦闘でなくなるほどの量ではなかったが。
 それでもいつまでこの時代に居なければいけないのか分からない。
 子供を出産したとき、私の体は多少組み替えられ真逆の魔力を包みほんのわずかだが生み出すことの出来る機能を有したが、それでも全てを乗り切るためには今回の戦闘でこの黒い魔力を底が見えるほどまでに消費するわけにはいかなかった。
 ……もっとも、目の前の獣神官プリーストに打ち勝つためには、そのような保身を考えていてはいけないのだけれど。
 ともかく、私は力ある言葉を唱えているというのに微動だにしない獣神官ゼロスを妙に冷めた目で見て、胎内から溢れ出る黒い魔力を身に纏わせながら、引き金の言葉を吐いた。

「ヴラバザード・フレア」

 直線に赤い光を残しながら着火点に向かって放たれたエネルギー弾は、しかしさらりと避けられ目標とせずところで爆発した。
 そうしながらもゼロスは杖を振るい、ぼんぼんぼんと少数の塊にした光弾を放つ。
 だがしかし、それは身に纏っていた黒い魔力の結界を前にして緩やかに飽和された。
 が、それが目隠しの役割をしていたのだろう。
 目の前ににこにこと微笑んでいるゼロスが居た。
 腹部に向かって杖が振り下ろされる。
 私は、咄嗟に腹部を守るため両手を腹に当てた。
 鈍い音がして、直で受け止めた右手が痛みに痺れる。どうやら骨が折れているわけではなさそうだったが、内出血で青痰がぶわっと強く出るだろう。
 痛みに顔を歪ませながらも、バックステップを踏み獣神官と距離を測る。
 そうしながらも、次の呪文を放った。

炎の祝福フレイムブレス

 ゼロスが居た場所に炎が現れ、彼を包み込む。
 そうしながら、私は太ももに装着したままだったモーニングスターを取り出した。
 モーニングスターを持ったところで物理攻撃が効かない魔族相手にまったく意味はないのだが、気休め程度のものだ。先ほどのような攻撃を仕掛けてくるのであれば、上手く使えれば多少はダメージを軽減することが出来る。
 そんな仕草を済ませようとした時にゼロスが現れ、再度杖を振るった。
 そして、また腹部を狙う。……狙いやすいのはわかるが、何かと大切な器官が詰まっている場所なので止めて欲しい。魔族には縁のない話かもしれないが。
 杖の攻撃をモーニングスターで受け止めると、そこを基点として今度は顔に向けて杖を振るう。
 そちらは腕で受け止めると、ゼロスは足を振り上げた。
 咄嗟に杖を押し返すと、振るい上げられた足に向けてモーニングスターを振るった。
 そうしながら、正確にしかし緻密に網を張り巡らせる。
 獣神官を捕らえるために、彼を司る魔力とまったく同じ属性の魔力の網を。
 そうして、網は完成した。
 静かにしかし、着実に獣神官の周りを取り囲むように。

「!」

 そこでようやく獣神官は自分が網の中に包囲されていることに気がついたのか、目を見開いたが時は既に遅し。
 網目を引くと、彼と同じ魔力の網は見事精神世界面アストラル・サイドに存在する彼を絡め包みこみ、縛り付けた。
 そうしながら、私は自身の構成の源である白い魔力の元、言葉を放つ。

封魔崩滅カオティックディスティングレイト

 刹那、ゼロスの表情は慌てたような私の見たことがないものへと変化した。
 青白いエネルギー体がゼロスの体を包み込み、精神世界面に存在する彼の体を焼き上げる。
 それを目の当たりにした瞬間、私の体を構成する細胞一つ一つが悲鳴をあげた。――自身らの宿命の敵を滅ぼせる喜びに。
 その衝動のまま、人間では発音できない音で手に魔力を纏わせながら自身の手を獣神官へ向けて突き刺した。
 ざしゅっと小気味良い音と共に、肉を抉り貫通する感触が私の手に伝わってきた。実態の持たない獣神官の体を貫いたからといってそんな感触を覚えるとは思わなかったが、恐らく魔力が集結したその場所を貫いたことにより手に纏わせた魔力と彼の魔力が共鳴し、そのような感触を覚えたのだろう。
 だからこそ、私は我に返ることが出来た。

 あの、ゼロスが倒れていく。

 夢の通りだ。
 私が獣神官の体を貫いたのだ。そうして、彼は倒れていって。

「ゼロス!」

 私はしゃがみこみ彼の体を抱き上げた。
 静かに脈打つ魔力を感じる。……彼は滅びてなどいない。
 しかし、その脈打つものは弱々しい。恐らく、死ぬ一歩手前で我に返ることが出来たのだ。最後の止めを刺す前に。
 けれど、ここまでしたのは私。
 竜の遺伝子に抗えず、彼を滅ぼそうとしたのはこの私なのだ。
 例え、彼は私の知っているゼロスではなくとも、ゼロスであることには変わらなかったのに。
 私は彼を滅しようとしたのだ。

「ごめ……、ごめんなさい」

 彼を愛しているのに。
 私は、私の宿命に負けてしまった。
 ゼロスは自らを縛る宿命から逃れられることなど出来なかったのに。生命維持に関わることなのだから、不可能だと分かっていたのに。
 だからこそ、私は……私だけは竜の宿命に負けてはいけなかったのに。
 負けてしまったのだ。
 ゼロスを愛しているという感情よりも、宿命が上回ってしまったのだ。

「私は」

 なんて愚かなんだろう。

 黄金竜の死体が溢れる中、宿敵であるはずのゼロスをその腕の中に抱きしめ歯を食いしばった。



      >>20070510 途中操作ミスでこの話全消しして焦りました。……こまめに保存しておいて正解だったわ。



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