愛欲




 ぴくりとゼロスの体が動いた。
 死ぬほどのダメージではなかったので少しは回復してきているのだろう。本当は、攻撃し追い詰めた私が彼を回復させたかったのだが、魔族であるゼロスは生きとしいける者達とは根本的に構成が異なっている故に、私達が使っている回復魔法がダメージとなってしまうため、私にはどうすることも出来なかった。
 不甲斐ないばかりの自分に対し、苛立ちを押さえるため歯をぎりっと噛み締める。
 そうして感情をどうにか押さえつけると、辛うじて緩やかに回復し始めているゼロスを私はその腕の中からそっと離した。
 その身を地面に横たえ、精神世界面アストラル・サイドで彼をがんじがらめにした網をするりと解く。
 するとゼロスはぎこちない動きで上半身を起こして、私に問うた。

「何故……、止めを刺さないのですか?」

 その言葉に、私はぎこちなく頬をひきつらせた。
 そんな私の表情を不思議に思ったのだろう、苦しいはずなのに変わらず浮かべている能面のような笑みのまま眉間に皺を寄せていた。

「貴方にだけは自ら手を下さないと決めていますし、竜の枷が貴方を殺すようにけしかけても止めを刺すことだけはしないでしょう。――それが私の選んだ道ですから」

 私がゼロスへの恋慕を自ら認めた時に彼を心身ともに受け入れた時に、そう選んだのだから。
 選ばない道だってあったのに。
 否定することだって出来ただろうに。
 私が選んだのだから。
 遺伝子の宿命よりも、どんなに報われないと知っていてもゼロスを選んだのだから。

「それに、私は帰らなくてはいけません」

 帰らなくてはいけないのだ、千と数十年過ぎた私の場所へ。
 すぐ家に帰る予定だったし、帰れると思っていたので安易な約束をしてしまった。
 ヴァルは私が作ると約束したハンバーグを楽しみにしていたのに、もしかしたら夕方までに帰れないかもしれない。それに、もう一人の子――ゼフィのことだって心配だ。もしかしたら、私がいなくなったことで獣神官プリーストだって少しは心配しているかもしれない。
 私はあそこに全てを置いてきているのだ。
 執着する全てを。

「貴方の言葉を聞いても、まったく理解できないのですが」

「当たり前です。だって、貴方には関係のないことですもの」

 即答すると、ゼロスは珍しく訳が分からないと言わんばかりに眉を顰め口を引き締めていた。

「なら、何故僕にかけた網を解いたのです? 一度仕掛けられた策略に再度引っかかるような間抜けでもありませんし、弱っている振りをして貴方に止めを刺そうとしたっておかしくはないのに」

 その、試すような口調に私はくすりと笑った。
 そんなこと、何よりもゼロスが分かっているだろうに。

「……貴方は自分が勝てる状態でなければ、攻撃を仕掛けない人でしょう? もし、私自身を殺すことが貴方の上司から下された命令であったのなら恐らく攻撃を仕掛けたでしょうけど」

 ゼロスは驚いたのか、目を見開きぽかーんと私を見ていた。

「けれど、貴方の下された命令はあくまでも黒竜や黄金竜を全滅まで……もしくは全滅寸前まで殺し続けること。だったのなら、貴方は命令を遂行できないかもしれない危険を冒してまで私を殺すことに執着しないでしょう?」

 呆然としているゼロスに、私はそうだろうと確認の意を込めてにこりと笑う。
 すると、彼は(にこ目だというのに!)忌々しげに顔を歪め、呟いた。

「貴方は、どこまで僕のことを知っているんですか」

 その言葉があまりにも見当違いだったものだから、私は口に手を当て苦笑した。
 私がゼロスのことを知っているだなんて、過大評価もいいところだ。

「ゼロス、貴方のことは知らな過ぎるほどに知らないわ。……私が抱えて込んでいる正反対の魔力と同じぐらいには」

 彼は判らないと言いたげに顔を歪めた。

「貴方は」

「私は」

 そうして、疑問を投げかけようとするゼロスの言葉を遮り私は酷く落ち着いた気持ちで言葉を発した。

「愛欲ゆえに同族なかまを裏切った愚かで間抜けな黄金竜でしかないのです」

 裏切った原因は、訝しげに私を見ていた。



      >>20070517 会話文に終始したシーン。



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