赤い糸




 ふ、と私は視線を宙に泳がせた。
 すると、突如私の注意を引くためか赤い線が目の前に現れた。――精神世界面アストラル・サイドで。
 それはまるで細い糸のようで。
 私は何故かそれを追わなければならないと強く確信していた。
 なので、まだ訝しげに私を見ていたゼロスに視線を向けると、ふっと口元を緩ませ述べた。

「――ゼロス、どうやら行かなくてはいけない場所が出来たようなので失礼致します」

 その糸を辿るため、私は精神世界面に身を浸しすうっと泳ぐように糸を目印に進んだ。
 あの状態では追いかけてこないだろうと考えたとおり、ゼロスが追いかけてくる気配はなかった。
 そのうちに赤い糸が途切れる場所に到達し精神世界面から身を上げると、そこは森の中で静かな湖の傍に人が居り私は叫びそうになる喉を懸命に抑えた。
 その人が、私の目の前に現れるとは思っていなかった。
 まるで静脈を流れる血液のような暗い赤をした鋭い目、それとは違い炎のようなオレンジを含んだ明るい短髪。顔に刻まれた微々たる皺がその人の重ねた月日をにわかに見せる。
 赤い神官服を身につけたその男性は、若い竜巫女であった私などお目にかかったこともない崇高なる存在――火竜王フレア・ロードヴラバザード様だった。
 その姿を知らなくとも、私を構成する細胞一つ一つが目の前に居る存在がどのような人なのか如実に述べていた。
 私は、驚きから思考を開放すると咄嗟に膝を突いて頭を垂れた。

「顔を上げよ、フィリア=ウル=コプト」

 私はぴくんっと体を小さく震わせた。
 本来この時代に存在しない私の名が呼ばれたこと――赤い糸で呼び寄せられ、彼の姿を見た瞬間予測していたが、それでも驚くものだった。
 膝を突いたまま顔を上げると、火竜王様はまるで見下したように鋭い目で私を見ていた。

「私は、汝に聞きたいことがある」

「――私も、恐れながら火竜王様にお尋ねしたいことがございます」

 言葉を重ねた私を不愉快に思ったのか、眉間に皺を寄せていたが想定内の言葉だったのだろう火竜王様は先を促した。

「なんだ、申してみよ」

「私を過去へ呼び寄せたのは、火竜王様ですね?」

 確信を持ちながら火竜王様に問うと、驚いたのかぴくんと眉を動かした。

「どうしてそのように思う?」

 私に問う声音は心を抉るような低く響き渡り威厳があるもので、私のような若輩者は怯えて言葉も発せられなくなるような振動をたてていたが、それでも私は拳を握り締め臆する心を奮い立たせ火竜王様を見た。

「私の名を知っていたことはもちろんですが、一介の竜でしかない私が過去へ時間移動するなどという荒業など出来るわけがありませんから、誰かが――それこそ世界の命運を左右するような力を有する方がこの時代へ私を引き寄せたと考えるのが自然でしょう」

 それこそ、赤の竜神フレア・ドラゴン様の腹心である火竜王様レベルの力の持ち主でなければ。

「もちろん、偶発的な自然現象に巻き込まれたとも考えられるでしょうが、私はこの時代に来る前声を聞きました。その声が私をこの時代へ呼び寄せたと考えるのが、一番単純ではないでしょうか」

 その言葉に、火竜王様はふむと自らの顎を撫でた。

「やはり単純すぎたな。偶然時空の割れ目を見つけて私とあろうものが焦っていたのかも知れぬ」

「では、やはり……」

 火竜王様は表情を変えることなく、鋭い目で肯定の返事を返した。
 私の、予想通りの。

「私が汝を呼び寄せた。……可能性をかけてな」

「可能性?」

 何の可能性があるというのだろうか。
 ただの竜でしかない私が。
 同胞から見れば道を踏み外したとしか見えない私が。
 理解できず首を傾げる私を、火竜王様は表情を変えることもなく静かに言葉を放った。

「汝は未知なる存在だ。神族とは相反する魔族の力を受け入れ反発することなく、飽和させている」

 それは何一つ私の力ではなかった。
 神族の中で、愚かにも魔族を受け入れるものがいるはずもないだろうし(いたとしても私のようにひっそりと暮らしているだろう)、受けれることが出来たのも偶然が重なっただけだ。本来であれば胎内から魔の力が私の体を食い破っていただろう。
 火竜王様はそれを理解しているのかしていないのか、表情を変えることなく尚淡々と言葉を並べる。

「普通の黄金竜では、あのゼロスになど敵わぬだろう。たかだか一匹の竜など視線を合わせるまでもなく殺すことが出来る」

 それは事実だった。
 何故なら、彼はこの直後から一匹で竜達を壊滅に追い込んだ魔族として恐れられるようになるのだから。

「それでは私達に未来はない。神族の中でも戦闘能力に関しては一、二を争う黄金竜が圧倒的な力量差で獣神官プリーストに勝てぬのなら、純粋なる力の差で見るのならば私達が負けるのは必至だ」

 そう危惧するのは当たり前のことだ。
 好戦的でない古代竜は今回の戦争に直接関与しなかった。その非好戦的な様は火竜王様が見ても不安なのだろう。
 それにこの後、私達よりも更に力のあった古代竜はただ一体を残して滅びる。黄金竜が愚かだったせいで。
 そうすれば、単純に考えてゼロスに勝てるのは赤の竜神様率いる腹心様方だけ。赤の竜神様も腹心様方もまるで天秤のように差のない力量から赤眼の魔王以下腹心達の腹を探りあい隙をうかがっていたというのに、ゼロスという力がかすかでも加われば、天秤はバランスを取れなくなる。
 ――そうなれば、負けるのは神側。

「けれど、汝は黄金竜の魔を持ちそして魔族の魔を持つ、未知なる存在。二つの魔を操る汝ならば、もしかしたら巨大な戦力になるやもしれん。――汝が含んでいる負の魔を魔族が取り込むかも知れぬことを考慮に入れてみても、この拮抗した状況をどうにか崩せるのならば、危ない賭けに乗っても良いだろうと咄嗟に判断し、私は汝をこの時代へ引き寄せた」

 火竜王様は小さく笑った。
 それはなにか含みを感じるような笑いだった。自分のした選択に満足しているような嘲笑しているような――なんともいえないものだった。

「私は賭けに勝ったと思った」

 その言葉に、私はぴくりと体を震わせた。

「負の魔は汝のものになっており、魔族へ絡み付いても吸収されることも喪失することもなく拘束していた。――あのように力を誇っていた獣神官は自分たちと似たような魔力に捕らえられ、もがき、攻撃を受け倒れていった。それを見た瞬間、ふつふつと喜び鳥肌を立てるほど嬉しいものだった。動けない私の代わりに、部下が奴を倒してくれたのだと。……だが」

 私は、ゼロスに止めを刺さなかった。
 刺せるはずもなかった。

「汝が負の魔力を受け入れる原因になったのは――獣神官ゼロスなのだな?」

 私を睨みつけ恐ろしく迫力のある声で問いただす火竜王様を、何の迷いも嘘もない真っ直ぐな気持ちで見た。

「はい」

 そうして、私ははっきりと肯定の返事を返した。



      >>20070525 ある意味オリキャラ火竜王様。



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