運命




「何故、神族である汝が魔族を愛したのだ」

 火竜王フレア・ロード様は眉間に皺を寄せ、理解できないと言わんばかりの口調で私に問うた。
 疑問はもっともだ、と思う。
 私だって、まさか黄金竜にとっては天敵の――いいや、生きとし生けるもの全てにとって天敵である獣神官プリーストに愛欲の感情を抱くなどとまるで考えていなかった。
 神族と魔族が対立するのはそれこそこの地が出来るよりも前から決定付けられていたもので、全てを生み出し全てを受け入れる母が各々の細胞に魔力に血潮に刻みつけたものであり、私如きが覆せるものではなかったのだから。
 それでも、私の中で一応の結論は出ている。
 それが例え全てを裏切り、全ての母すらも裏切る所業であったとしても。

「私は黄金竜として、神族として真っ直ぐに生きてきたつもりです。螺旋に刻まれた本能の通り、そう宿命の通りに」

 人の目から見れば気の遠くなるような長い時を生きる間、私はきっと何度もこの選択を悔やむだろう。
 けれど、それでもいいと思っているから。

「黄金竜として生まれ、刻まれた宿命の通りに流されているのならば、きっと私がゼロスと出会い愛したのは必然だったのです」

 私は、微笑んだ。
 そんな私を見て、火竜王様は驚いたのだろう目を見開いた。
 そうして、次の瞬間には渋い表情を見せた。

「必然、とは大きく出たな、フィリア=ウル=コプトよ」

 ええ、と私は同意した。
 けれど私が獣神官へ向けた愛欲は、まさに正の感情そのものだった。私が黄金竜として生きる限り所有し誰かに向けたであろう、感情。
 それがたまたま敵対すべき魔族へ向けてしまっただけであり、感情の発露だけを見れば私は黄金竜としての宿命そのままに動いていた。

「正の感情を所有すべき黄金竜として生きていくのが宿命だったとすれば、愛という感情を向ける相手を見つけたことは必然だったのでしょう。それがゼロスであったことに私は何度も悔やみましたし、悔やんでいくのでしょうが――」

 私は火竜王様の鋭く攻撃的に睨んでいる目を見た。
 何をも恐れぬように。
 選んだ道を後悔することのないように。

「それでも、私は神族ゆえに愛することをやめようと思いませんし、それ自体を後悔することはありません。それこそが神族という種族を含めた私が私である必然だったのですから。だったら、ゼロスを愛したこともまた必然だったのでしょう」

 私が黄金竜として生まれ魔族と敵対することが宿命だったとするのならば、きっと獣神官を愛したのは私が私のままでいるための必然で、出会ったのは運命だったのだ。
 言い切った私へ、火竜王様は鋭くそして膨大なる殺気と魔力を私へ向けた。
 比較する必要もないくらい膨大な魔力は、私の体を震わせ止まらなくさせることなどたやすいことだった。
 それでも、私は震える体を叱咤し懸命に構えた。

「ならば、私は汝を殺さねばならぬ」

 発せられた言葉は、予想するまでもなく当たり前のものだった。

「汝が魔族と共にあるのならば、そのうち私達を裏切るやも知れぬ」

 私は頭を振り、火竜王様を見た。
 からからに渇いていく口内を舌で舐めることでどうにか音を発する。

「裏切らない、と誓うとしてもですか?」

「誓うとしてもだ。――心はいつ変わるともわからない。そんな、移ろいやすいものを信じろと?」

 何も言えなかった。
 神族としての性を裏切るつもりはないし、今でさえ信仰を同胞を捨てるつもりはなかった。
 しかし、私はあれほど忌み嫌っていた魔族と(しかも黄金竜が忌み嫌う最たる存在と!)情を通じた。それは、私に心の変化が起こったからだ。
 そんな風に、今純粋に思う心が変化しないとはどうしても言い切れなかった。
 どんな可能性だって、捨てきれることなどないはずなのだから。

「私は、悪しき芽を摘まなくてはならない」

 私は、小さく息を吐いた。
 ぐっと拳を握り締め、震える体を無理やり押さえつけ私は火竜王様を真っ直ぐに見た。
 尊敬し敬愛すべき存在を、今でも敬愛しているその存在を。

「言霊を信じていただけないのであれば――、私は生きるために抗います」

「……そうか」

 火竜王様は、私の言葉へ一言返事を述べた。
 そうして、表情を一つも変えることなく手のひらから音もなく火の玉を数個作り出し私へ向かって投げつけた。
 とんとんとん、と横に避けていくと後方からいくつもの爆発音が聞こえる。
 それを聞きながら私は咄嗟に口を開きレーザーブレスを放つ音を出そうとし――。

『かあさま、てを!』

 愛しい私の娘の声が聞こえて、宙を見上げると晴れ渡る空ばかりが広がっている。
 しかし、少し目を狂わせると精神世界面アストラル・サイドではまるで切り裂かれたような割れ目が存在していた。
 そこへ手を伸ばすよりも先に火竜王様へ視線を向けると、彼の人は眉毛を吊り上げ不愉快そうな表情をした。

「行かせるわけにはいかない」

 そう呟き、割れ目へ向け手を伸ばすが何かに弾かれたのかばぢんっと音が響き、火竜王様は咄嗟に手を引っ込めた。
 そして、何かに気がついたのか目を見開き、私を見た。

「汝は……一体」

 私はにこりと微笑み、手を伸ばした。
 その割れ目が罠ではないという保障もないのに、何故だかその先にあるのは愛しい者達が待つ私の居場所だと思った。
 だから、割れ目へ伸ばした手が引っ張り上げられ引きずられる前に、火竜王様へ一言答えを。

「私は私。ただのしがない竜の娘です」

 割れ目へ吸い込まれると同時に、私は意識を喪失させた。



      >>20070530 キング・オブ・ご都合主義。



back top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送