偽装する愚者




 今日は骨董屋の定休日。
 ジラスさんとグラボスさんは各々用事があるとのことで出かけている。休日ぐらいはプライベートが優先されてしかるべきだ。……もっとも、こうして外に出て行けるのはこの村に住む人達の大多数が、獣人に対し偏見を持っていないからだろう。やはり、私はこの村を選んでよかったと思っている。
 さて、私はといえば定休日であるものの愛すべき骨董品たちの手入れを怠るわけにはいかず、ひどく穏やかな気持ちで骨董品を磨いていた。傍に、ヴァルが眠る卵の入ったバスケットを置いて。
 そうしていると空間がぐにゃりと歪んだ気がして、一気に穏やかな気持ちからささくれ立った気持ちに変化した。
 明らかに、あいつしかいないから。

「何のようですか、生ゴミ魔族!」

「いつもいつもひどいいいようですねぇ、フィリアさん」

 ふざけた口調で言う、ラーメンどんぶりのふちのような模様の神官服を着たごくごく平凡なおかっぱ頭は、以前私が黄金竜ゴールド・ドラゴンの巫女として世界の滅亡を防ぐため旅をしていたとき、たまたま理由は違うものの目的が合致したため旅をしたことのある、魔族であった。
 見た目は笑顔を絶やさぬ、ひょろい体形の人畜無害そうな男であるのだが、実際は赤眼の魔王ルビーアイの腹心である獣王グレーター・ビーストの直属の部下であり、降魔戦争時私たち竜を絶滅寸前まで追い込んだ――竜を滅せし者ドラゴン・スレイヤーの異名を持つ、憎き存在である。
 ゆえに、私は彼の姿を見ると反射的に心を尖らせ、声を荒げてヒステリックに罵倒するのだ。
 今回も、何の目的もなく(実際は彼の目的を知っているのだけれど)来た彼に対し、声を荒げる。

「貴方に何の目的があるというのですか!? 私にはなんの力もありませんし、ヴァルもまだ卵から孵っていないのですから放っておいてもよいでしょうっ?」

 声を荒げる私に対し、彼は変わらぬ笑みを深めた。

「ヴァルさんが卵から孵っていなくとも経過観察は僕の定期任務ですし、――それに僕は貴方を気に入っているんですよ」

 その言葉に、私は目を見開き目の前の獣神官プリーストを見た。
 言っている意味が分からない。
 私達は相容れない存在なのだ。
 私は――私達黄金竜は、赤の竜神フレア・ドラゴン様に仕える身でありこの世界を守る存在だ。
 そうして、彼は赤眼の魔王に仕える身であり、世界を滅ぼそうとしている存在であるのに。
 ――ヴァルを観察する理由は分かる。
 彼は古代竜エンシェント・ドラゴンという存在でありながら、赤眼の魔王の腹心であった魔竜王カオス・ドラゴンを敬愛し魔族となり、そして魔竜王が滅せられたあとその憎しみに身を任せ世界を滅ぼすために異界の王を呼び寄せ、なおかつ異界の魔王と神の力を吸収したのだから。彼がどのような形で生まれるかによっては、脅威ともまた取り込むべき戦力ともなるだろう。片手間に様子見をするには十分な理由だ。
 しかし、彼が私を気に入る理由などどこにあったのだろうか。あの旅の中で。

「神魔融合魔法って不思議に思いませんでしたか?」

 神魔融合魔法――、異界の武器を媒体に赤の竜神と赤眼の魔王の力を融合させ、制御できるキャパシティを持つ人間が放つ、爆発的な力を生む魔法。
 それのどこがおかしいというのだろう。

「相反する存在の力を媒体を介すとはいえ融合させる魔法――、それは本来存在するべきものではありません。赤眼の魔王様の力を導く魔族と、赤の竜神の力を導く神族が協力することなど、ありえないはずなのですから」

 けれど、その原型は封印された形で残っていた――そう述べ、彼は柔らかく微笑んだ。

「だとすれば、神族に溺れた魔族がいたか魔族に溺れた神族がいたか――、いいえ両方なのかもしれませんね、彼らがなんらかしらの理由で神魔融合魔法を作り出した――そうは思えませんか?」

「何を言っているのですか、ゼロス!」

 叫ぶように声を発した。

「私達は相容れぬと決まっているんですっ」

 神族と魔族は――私とゼロスはそういう立ち位置でいなければいけないのだ。
 相反する宿命を背負う二つの種族は交わることなどない。……そうでなければ、いけないのだ。
 そんな私の葛藤をあざ笑うかのように、ゼロスは深く笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「しょせん、僕達は中途半端なのですよ。魔族はこの世界を滅ぼすことが宿命であるはずなのに、負の感情を食べ満足を得ることにより、目的が滅びから食事へとすり替わる。黄金竜の巫女だった貴方もそうでしょう?」

 問いかけられ、ぴくりと体が揺れた。
 そんな私の動揺を見透かすように、彼は浅く笑う。

「神族であるはずの貴方も今や赤の竜神に仕え世界を守ることだけが目的ではなく、こうして小さな場所でのんびり暮らすことが目的となっている」

 宿願が果たせぬ限り、目的はすり替わっていく。
 私は、自身の種族としての立ち位置を否定されていくような感覚に息を浅く吐いた。

「それに、貴方は世界を確実に守ろうとしていた長老達に反抗していたじゃないですか」

「それは……! 長老の意見が世界を救うとは思わなかったからですっ」

「けれど、貴方は他の世界をも救おうと考え、自らの世界を危機に追いやっていたではないですか」

 私は言葉に詰まった。
 確かに彼はその行動を一部始終見ている。けれど、私はリナさんの意見が正しいと思ったのだ。他の世界が救えなくて、どうして自分の世界が救えよう、と。
 それが長老の考えとは違っていたのだ。
 そうして、最終的には"闇を撒くもの"をこの世界に引き入れるかもしれないという所まで――来た。

「結果が全て、なんて言わせませんよ」

 正に思っていた事を先に言われ、私は更に黙るしかなかった。
 落ち着かない。
 自分の存在が揺らいでいる。――目の前の男によって。
 ……男によって?
 ゼロスは魔族だ。
 私とは相反する位置にいる魔族なのだ。そう、男でもなんでもない、魔族。

「感情が揺らいでいますよ、フィリアさん」

 そう述べ、彼は笑った。

「私達は中途半端なのです。人間よりは偏りがあるかもしれませんが、しょせんは中途半端なのですよ。……だから、僕はフィリアさんがお気に入りなのです」

 そうして、ゼロスは私の腕を掴み自分のほうへ引き寄せた。
 間近で見た彼は両目を開きその眼をさらしている。笑顔で感情を隠していたはずなのに、目を開いたゼロスを見てもまるで感情を読み取ることは出来なかった。
 どさり、と体を倒される。そうして、彼は私の上に乗っかった。
 骨董品の割れた音はしなかったが、息抜きにと置いていた香茶を入れたカップが落ちていくのをなぜかスローモーションで見たような気がした。

「ゼロス、なにを……っ!」

 最後まで、言葉にすることは出来なかった。
 ゼロスが私の唇を塞いだから。
 きゅっと口を結ぶと彼はぺろりと唇を舐め、キスを繰り返す。くすぐったくて唇を少しだけ開いてしまうと、彼の舌が侵入して逃げ惑う私の舌を絡み取った。

「んぁ……っ」

 手袋をつけたままの手が私の服の中に侵入して素肌に触れた。異物が触れることに震える。
 ゼロスは微笑むでもなく、ずっと目を開いたまま私を見ていた。


「どうして、こんなことをしたのですか?」

 私は初めて男を受け入れ、そのダメージで動けない体を無理やり動かし衣服をより集め、素肌を隠す。
 ゼロスは一度も神官服を脱ぐこともなく。いつも通りのスタイル、いつも通りの隠した笑顔で。

「言ったでしょう、貴方がお気に入りだって。だから、僕の知らない女としてのフィリアさんを見てみたかったのです。……まぁ、あんな馬鹿でかい竜とあんな事をやったと思うと笑えますが」

「それを言うのならば私もです。あんな黒い錐とあんなことをしただなんて思うと、笑えるどころかあほくさいです」

 負けじと言い返せば、ゼロスは楽しげに笑った。

「やっぱり貴方は面白いし、お気に入りです。そんな絶妙な感情を出してくれる人も初めてですしね。では、僕は獣王様のご命令があるのでこれにて失礼します。あ、またこんなことをしに来ますので」

「来なくていいです!」

 にこにこと笑うゼロスに怒鳴りつけるように叫べば、空間が歪み彼は消えた。
 しぃんと、部屋は静まる。

「はふぅ……」

 私は、静まりかえった部屋に溜息を吐いた。嵐が来た後のようだ。
 ちらりと見える素肌にはあの中間管理職で生ゴミ、百害あって一利なしのゼロスが残していった赤い痕が残っている。
 それを見て顔へ一気に熱が集まり、早く風呂に入らなければ、と思った。
 そうしてなかったことにしてしまえばいいのだ。あの変な魔族とのことは。

 胸がずきずき痛んだ。
 彼を受け入れざる得なかった場所より。
 胸がずきずき痛んだ。

 自分が何を思い、なぜ痛むのかも分からずに。



      >>20101116 加筆・修正。



back top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送