赤い月




 私は夜になり、独り夜道を歩いていた。
 そこら辺の男に絡まれてもモーニングスターでぶちのめせる自信もある。ついてくるといった二人には、ヴァルガーヴを見ていて、といい留守番をさせた。

 赤い月。

 不意に、昔旅をした、赤い目をしたとてもとても強い意志をした少女を思い出す。あのぽややんな剣士と二人で未だに旅をしているのだろうか。
 と、目の前に湖が広がっていた。
 はらりと、身に纏っていた服を脱ぐ。
 冷たい水はなれている。
 昔、赤竜神の巫女だったころ、冷たい水で己の身を清めたものだった。
 …今はその場所すらないのだけれど。
 足を湖につけると、ひんやりとした水が足を絡め取る。
 そのまま、歩を進め、肩まで浸かる位置に来ると、もう一度空を眺めた。

 赤い月。

 ゼロスに、自分は完全な正に慣れない中途半端なものだ、と言われた。
 そうなのかもしれない。
 ふと、肯定してしまいそうな自分がいる。

―貴方はこの世界を守りたいと思っているの?―

 ええ。この世界は私を生み、私を慈しみ、そして、私を育んでくださったものだもの。守りたいわ。とてもとても。

―彼の人と敵対することになっても?―

 彼の人?私は自分の心に聞いた。ふと、水面を見るとにやりと笑っている自分が映っているような…そんな気がした。
 笑っている。私じゃない表情をして。笑っている。

―貴方の愛している人と敵対することになっても?―

 愛している人?誰を指すの?私が愛し、慈しんでいる人は、私と敵対する位置になどいないわ。ううん、いさせない。貴方は誰のことを言いたいの?誰のことを指しているの?

―分かっているくせに―

 ずきん、と胸が痛んだ。
 水面には微笑んでいる自分がいる。
 私の全てを知っているように微笑んでいる自分がいる。

 認めたくない。
 みとめたくない。
 ミトメタクナイ。

 …なにを認めたくないと言うの?私にはなにかを否定するものなど無いはず。私は何を思っているの。その胸に何を隠しているというの?
 ふと、微笑んでいる自分から目をそらし空を見上げた。

 赤い月。

 ああ、ゼロスが言っていたのはこのことなのかもしれない。私は完全な正にはなれない。相反する自分がいる限り、こうして感情を世界にだけ見つめられないのだから。
 私は不完全。
 神の巫女としても不完全。竜としても今は活動していない。不完全。
 もし、この場にあの赤い月と同じ目をした少女がいたのなら言うのかもしれない。

「それでも、フィリアはフィリアだわ」

 でも、それじゃ駄目なの。
 それじゃ駄目なの。
 私は黄金竜、神に仕える巫女。…そんなものはとうに捨てたけれど。それでも神に仕えていた巫女。水浴びをして身を清めて、その身体を世界の神にささげる。
 それが本来の私だったのに。

 ふと、声がした。
 人間の声。男。

「綺麗なねーちゃん、そこでなにしてんだ?真っ裸で。…こんな時間に此処に裸でいるって事は俺たちを誘っているんだよなぁ?」

 水面が揺れる。私は引きずられる。
 どうして、私は抵抗しないの?人間の男たちに裸体を晒しているというのに。
 押し倒される。数人の男の下衆な笑みが私を取り囲む。

 私は神にこの身をささげられない。
 では、どんな奴に襲われようとも関係ないのではないか。

 既にこの身はゼロスに汚されている。
 ゼロス?そう、あのいつも笑って残酷な面を隠して、百害あって一利なしで世界の生ゴミで…そして私と正反対の位置にいる男。

 見知らぬ男に胸を撫で回される。
 何故か、左目から一筋の涙が流れる。
 何も感じない。
 見えるのは赤い月…不意に、その月に影が現れた。
 私の上に乗っていた男たちは殴られる音をたてて私の上からいなくなる。
 音と血の匂いがした。

「なに、ボーっとしているんですか?フィリアさん。貴方の力ならあんな輩一発でしょうに」

 赤い月を覆い隠したのはゼロスだった。

「僕がおいしそうな負の感情を見つけて此処に来なければ、貴方はあの男たちに蹂躙されていたんですよ?」

 負の感情?あの男たちが出したのかしら?だって、私はなんにも感じていなかったんですもの。
 私はふっと立ち上がって湖に歩を進めた。

「フィリアさん!?」

「貴方もあの男たちを倒さなくて、負の感情を食べればよかったのに。おいしそうだったんでしょう?貴方に私を助けることで得は何一つないでしょうに」

 くすりと笑って、湖に足を入れようとした刹那、地面に私の身体が縫い付けられた。
 上に乗っているのはゼロス。
 唇を重ね、抵抗しない私の口内を蹂躙する。
 あんなに冷えていたゼロスの唇は、熱かった。
 冷えていた私の身体も熱くなっている。何故?

「僕は僕が手に入れたお気に入りを他人にやるのは嫌なんですよ」

 そう呟いて、男たちに触られた部分をなぞり、消毒するかのように舌を這わせる。何も感じなかった私の身体はゼロスに触られるたびに化学反応を起こすように熱くなっていく。
 赤い月はゼロスの身体によって見えなくなっていた。




 私は湖の中に身を沈めた。
 温められた身体を冷やすには丁度良い温度。

「ねぇ、私は何を求めているのかしら?」

 赤い月に問い掛けても、水面に映っている自分に問い掛けてもその答えは返ってこなかった。



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