矛盾




 お気に入りのカップに香茶を入れる。
 何かと騒がしいあの二人は町へ出かけていった。私はふとヴァルガーヴの卵を見た。静かに存在しているはずなのに生命の鼓動を感じた。
 私はゆっくりとヴァルガーヴの卵を撫でた。
 どくん、と音がする。

「私は悪なのかもしれない」

 こんな行為で、彼らにしてきた私たち種族の罪滅ぼしになろうと言うのだろうか。
 ありえない。それくらい私たち種族の思い上がりと罪は深い。
 じゃあ何故育てようとする。
 …それしか方法が無いから。
 彼に罪滅ぼしをする方法がそれしかないから。
 私は、ただ自分が犯した罪から逃げたいだけ。自分たち種族の犯した罪から。知らなかったで済まされない。知っていても許されない。

「私は悪なのかもしれない」

 香茶をゆっくりと飲み干す。どくんと生命の音がする。何故、私だけが生き残った?何故、私だけが罪を?罰を受けなければならない。

「私は悪なのかもしれない」

 自嘲した。
 あの二人は知らない表情。生ゴミ魔族は知っている表情。
 彼はことあるごとにきては暇つぶしのように私を抱く。
 私は負の感情を出していない、出した覚えも無い。そんなつまらない玩具にいつまで執着するというのだろうか。
 空間が歪んだ。

「また、私を抱きに来たの?百害あって一利なし、一家に一台もいらない謎の神官、世界の生ゴミ魔族」

「ひどいですよぉ…。いつもいつもそこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ」

 いじけたように、端のほうでのの字を書いている。
 ひどく人間じみた行為。1000年以上も生きているとそんな楽しみ方も覚えるのだろうか。と私はふと思った。

「だって、それしか言いようがないんですもの」

 私はくすりと笑った。
 そうゆう方法を覚えたのだろうか、それともそうゆう存在になってしまったのだろうか。

「今日は、有給休暇をもらったんですよ。で、是非フィリアさんに世界の情勢を知ってもらおうとこうして参上したわけなんです」

「私に世界の情勢を知る必要性は無いわ」

 私は冷たくそう言いきった。私は神族ではない。私は善ではない。只の罪深き黄金竜の生き残り。必要性のかけらも無い。

「まぁまぁ、そう言わないで…。あ、香茶いただきますね」

 かって知ったる他人の家。と言いたげに、ゼロスは私と同じカップを持ってきて、香茶を入れる。ついでにビスケットも持ってきたらしい。ぽん、と中央に置いた。
 魔族らしくない行動だ。しかし、1000年も生きていればこうなるのかもしれない。…ここまでふざけている魔族など見たことはなかったが。でも、強い力をもつ人間は一癖も二癖もあるのと一緒で、魔族にも位が上がれば上がるほどふざけた存在になっていくものなのかもしれない…などと、私は思った。

「…それでですね〜、またリナさんが大きな事件にかかわっているみたいなんですよ。あの人も結構なトラブルメーカーですよね。あ、でも今回は僕の仕事じゃないですから、ちらり見しているだけなんですけれどね。ガウリィさんもリナさんの保護者と称して一緒にいますし。アメリアさんなんかが見ればじれったくてしょうがないでしょうね〜。で、ですね、ルークさんとミリーナさんというとっても面白い二人組と会っていましたね。ミリーナさんのルークさんの素敵な邪魔払いは素晴らしいと思いましたね〜」

 ゼロスは私の知っている人の話を続ける。覇王の管轄ということでゼロス自身はあまり加担していないし、そうゆう命令も獣王からはないらしく、面白おかしく喋っている。
 本人たちにとったらとても大変なことであろうに。
 私は香茶をすすった。
 ゼロスはいつもの何を考えているのか分からない笑顔を浮かべている。

「そういえば、フィリアさんはミルガズィアさんのところに行かないんですか?外界の黄金竜は貴方以外滅んでしまいましたけれど、ミルガディアさんのところなら黄金竜いっぱいいるじゃないですか。行きづらいのなら僕も口添えいたしますし」

 一通り話し終わったあと、ふと、思い出したようにゼロスはそう言った。
 びくんっ、と私の体が揺れる。
 行けない。行ける訳が無い。私たちは罪を犯しすぎた。神の名のもとにしてはいけないことをした。そんな私にのこのこと他の黄金竜の領地に入れるのか。…入れるわけが無い。

「私は行きません。同族がいようが、私は此処で骨董屋を営みます」

「それが、貴方の罪滅ぼし、ですか?」

「!!」

 私は静かに呟くゼロスを見た。いつもの表情。なんにも変わりは無い。只の、獣神官。

「それが、何の意味も無いことを貴方はご存知なのでしょう?」

 私は、肯定することも否定することも出来なかった。肯定してしまえば、ここでヴァルガーヴを育てていることが何の意味もないと言うことになってしまう。…否定なんか、出来なかった。
 ぱり、と音がした。
 見上げるとゼロスがビスケットをかじっていた。…そんなものを食べても貴方の食欲は負の感情でしか埋められないから、意味がないというのに。
 あくまで、人間らしい行動をする奇妙な魔族だ。私はそう思った。

「人は言いました。これは世界一硬い盾で、これを突き破れる武器など無いと。その人はさらに言いました。これは世界一切れ味の良い矛で、これを防げるような武器は無いと。そして、その人を見ていた一人の人が言いました。『では、その矛をその盾でついたらどちらが強いのか』と。人は実行せざる得ませんでした。結果、どちらも壊れてそこには大きなクレーターが出来たそうです」

「何故、そのような昔話を?」

 私は突然そんなことを喋りだしたゼロスに問う。
 ゼロスはいつもの微笑みを絶やすことなく言った。

「今、貴方が悩んでいるのはこの話と一緒だからです。フィリアさんは罪滅ぼしのためにヴァルガーヴを育てようとしている。同族とも会おうとせず。でも、貴方は知っているのでしょう?それが無駄な行為であることを」

 ずきずきと胸が痛んだ。
 この生ゴミ魔族は私の一番痛いところをいつも突く。
 正義とか善とか神とか私の信仰しなければいけないことを全て否定するかのように。
 彼は知っている。私が不完全な神族であることを。

「だからなんなんですか!?そんなこと、ゼロスさんには関係ありません!それとも、私がもがき苦しんでいる負の感情を食べたいからそのようなことを言うのですか!?それでしたら、他のところをあたってください。私は、私は貴方に私をかき乱して欲しくないのです!」

 私は叫んだ。
 立ち上がり、きっと怒ったような表情をしているだろう。
 ゼロスは、何事も無かったように香茶をすする。私の苛立ちなどとっくにお見通しだと言いたげに。

「…ですから、僕は貴方の元へ来るのですよ。あの人たちは気づいていないようですが、貴方が困惑し、自分の存在意義さえも疑っている。僕に、犯されたこともあるでしょう。けれど、貴方は逃げているだけなのですよ、フィリアさん。全てから逃げているだけなのですよ。中途半端な存在を認めたくなくて。自分の傲慢を隠したくて」

「……」

 私は押し黙った。
 ゼロスに反論すべき言葉は何一つ出てこなかった。全てが真実だった。

「香茶、ご馳走様でした。そのビスケットはフィリアさんに差し上げますよ。では、僕はこれで」

 ゼロスは空間をゆがめ、その場から消えた。
 私の眼からは自然と涙が流れ落ちていた。



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