綺麗な心




 それから、ゼロスはたびたび来た。
 私を抱きに来た日もあったし、香茶を飲みながら、自分が見てきた面白い出来事(魔族視点での)を話すだけの日もあった。
 そのうちに、ヴァルガーヴの卵が孵化し、人間の姿となって現れた。ジラスさんとグラボスさんは小さなヴァルガーヴに苦戦している。
 そういう私も慣れない育児にあたふたしながら、でも骨董屋は賑やかだった。
 リナさんたちがいる場所ではデーモン発生など大変なことがあったらしい、と面白そうにゼロスが言っていた。でも、此処は至って平和だった。

 二人が幼いヴァルガーヴを連れて外に出たとき、空間が歪む感覚がした。
 良く知っている感覚。
 見なくても誰だかわかる。

「何しに来たんですか?生ゴミ魔族さん」

「…いいかげん、素直にゼロスって呼んでくださいよぉ…。睦言のときはあんなに積極的に…」

「な、なにいってるんですか!?」

 私は焦って顔を赤くする。そんなこと、素面のときに話さないで欲しい。魔族だから恥じらいを知らないのか、ゼロスだから私をからかって楽しんでいるのか…。どちらにしても嫌な感じである。

「あ、今日も香茶いただきます。…あれ?新茶ですか?」

「ええ、近くにたまたま味わったことのない香茶の葉がありまして、摘み取って煎じてみたんです。なかなかおいしいでしょう?」

「ええ、そうですね」

 こんなに普通にゼロスと会話をするなんて思っても見なかった。出会った当初を思い出すと。まぁ、黄金竜の巫女としてはいたって正常な反応だろうと思うけれど。
 不意に、空気が変わった。
 私は、いつもこの雰囲気に怯える。この雰囲気はいつも私を追い詰めようとするときの雰囲気だからだ。精神的に。

「貴方は、将来的にヴァルガーヴさんに全てを話すつもりなんですか?」

 それはもう、覚悟していた。
 私の罪は私が支払わなくてはいけない。

「ええ」

「それで彼が魔族側についたとしても?」

「ええ。貴方は言ったでしょう?初めて私を抱いた日に。私は神側に近いけれど、不完全だと。貴方は魔王側に近いけれど、不完全だと」

 ゼロスは香茶をすすった。人間らしい細かい動作。何の得になるのか知らないけれど、それがゼロスなのだろう、と私は思った。

「だから、ヴァルガーヴには自分で決断して欲しいの。全てを知って、魔族側につくか神側につくか…それとも人間のように中間でいるか。不完全ならばそれぐらいの選択肢、選ばせてあげたいです」

「それで、ヴァルガーヴさんが貴方の敵になっても?」

「ええ。だって、貴方だって私の敵だけれど、こうしてここにいるでしょう?」

 くすくすと私は笑った。
 ゼロスは微笑みを浮かべ続けた。雰囲気が変わるのが分かる。どうやら、私を精神的に追い詰めるのは失敗したらしい。
 けれど、どうして満足したような仕草をするの?
 胸がどくんと脈打つ。
 知らない。
 知らない。
 私は香茶をすすった。ふんわりと、柔らかな匂いが私を包み込んだ。

「さすが、僕のお気に入りだけあって面白いですよ、フィリアさん。でもいいんですか?僕はヴァルガーヴさんにいらないこと、吹き込むかもしれませんよ?」

「…それでも、全てを話します。貴方は秘密主義だけれど、魔族から見た視点を真実のまま喋るでしょう?私は私の視点からしか話せませんから、逆にいいかもしれません」

 それが私の贖罪だった。ずっと考えてきたこと。
 自分は罪を贖えないだろう。そして、帳消しにすることも出来ないだろう。あの事件を知っている人もいるし、なにより魔族は必ずヴァルガ―ヴにちょっかいをかけてくる。
 だったら、私に出来るのは、私の知っている範囲ででも真実を教えること。本当はリナさんもいればきちんと教えられるのだろうけど。
 そうして、その場で殺されてもかまわない。
 魔族側に行ってしまってもかまわない。
 私に裁きを与える劔(つるぎ)を持っているのはヴァルガーヴだけなのだから。

「貴方は、僕が追い詰めても追い詰めても綺麗な心でいようとするのですね」

「え」

 私は思わず呟いた。
 まず、私は綺麗な心など持っていない。そして、私はゼロスに追い詰められていて、ゼロスの策略はきちんと成功しているはずだ。
 何故そんなことを。

「貴方は追い詰められてなどいないのですよ。僕は僕の思う真実を話しました。貴方はそれを貴方なりに解釈して受け入れてしまった。…僕の予想としては、神の巫女ではない自分を否定し続けると思っていたのですが。そして、貴方は貴方らしく僕と向き合っているじゃないですか?それが、僕らの忌み嫌う綺麗な心なんですよ」

 にこりと微笑む目の前の獣神官はそう言いながらもダメージを受けた風でもなく、ただ、香茶をすすっていた。まるで、それを受け入れようとするかのように。

 どくん。

 痛みが走る。
 痛い。
 痛い。
 私の中の私が叫ぶ。
 認めてしまいなさいと。
 認めてはいけないと。
 彼は魔族。
 私は一ひねりで殺せる外界最後の黄金竜。
 そして、ただの玩具。

 どくん。

 何に痛いのかさえ分からなかった。

「あ、もしかしたら、獣王様がこちらに来られるかもしれませんが、たぶん分からないようにしてくると思うので、僕と同じように香茶と、素敵なお菓子を作って待っていてあげてくださいね♪」

「それは、どうゆうご用件で?」

 この付近に滅びを与えるためだとしたら、かなわないと分かっていても、私は獣王と戦わなくてはいけない。…目の前の男とも。
 しかし、彼は物騒な目をするわけでもなく微笑んでいた。

「フィリアさんを直接見たいそうです」

 思わず眩暈がしてしまったのは人情であろう(人じゃないけど)

「……貴方の上司は何を考えているのですか?」

「さぁ?獣王様は僕より一癖も二癖もある人ですから。僕も計り知れませんね」

 確かに、こんなにお茶目で謎で残酷な獣神官を作れる方である。一癖も二癖もありそうである。
 意図がまったく分からないだけに何も予測できない。神のご神託でも欲しいところである。
 頭痛の種がまた一つ増えた。私はそう思ってため息をついた。

「では、僕はお仕事に行かなければいけないのでこれにて失礼させていただきます。香茶、おいしかったですよ♪」

 空間が歪み、ゼロスは消えた。
 フィリアは、亜麻色に染まっている香茶の表面に映っている自分の顔を見てはぁ、とため息をついた。

「あねさぁ〜ん!」

 ジラスさんの声が聞こえる。さぁ、いつもの育児と骨董屋店長に戻ろう。



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