骨董品




 私は骨董屋の店番をしていた。
 ジラスさんとグラボスさんはヴァルガーヴの世話で精一杯で店番なんかしていられないらしい。
 過去に、彼の部下であったことが影響しているのだろうか。
 私もヴァルガーヴには手をかけているつもりだが、生計を立てている骨董屋を放って置くことも出来ない。だから、ヴァルガーヴは彼らに任せて、私は一人店番をしていた。

 カランコロンと鈴が鳴る。

 お客様が来た合図。私はなれない笑顔を見せて言う。

「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか?」

 問い掛けた女性は、30代前半といったところだろうか。濡れたような黒髪が腰につくぐらいまで伸ばしてあり、揺れている。顔立ちは精錬で、印象的だったのは冷たい黒い瞳だった。
 一瞬、生ゴミ魔族のことを思い出した。

「少し、ゆっくりと拝見させていただいていいかしら?」

「はい。では少々お待ち下さい。あ、そのテーブルに腰掛けてくださいね」

「ええ、そのつもりよ」

 綺麗な赤色のルージュをつけたその唇が笑みを浮かべる。
 私は微笑んで、香茶とビスケットの準備をした。
 もしかしたら、骨董品に目のない人なのかもしれない。…そうだったら、仲間が増えて嬉しいかも。
 私は、お盆に準備したものを乗せて、彼女に差し出す。

「あまり上等ではない香茶ですけれど、よろしければどうぞ」

「ええ、有難う。頂くわ」

 女性はにっこりと微笑み、その香茶を口に含んだ。
 いつもこの瞬間私は緊張する。
 葉の選別と、なによりも、入れる人の技量はその香茶の味に左右するからだ。

「おいしい香茶ね。お嬢さんがお入れになったの?」

「ええ…ほめてくださって有難う御座います」

 私がぺこりとお辞儀をすると、彼女はやはり真っ赤な口紅をつけた唇で微笑んでいた。
 と、ふと商売のことを思い出す。そうだ、この人は骨董を目的で来たのだから、私はその紹介をしなければならない。

「ええと、お客様はどのような壺をお望みですか?」

 私はなれない口調で、そのようなことを問うた。
 女性は私の姿を観察しているのか、じぃっと私を見ている。

「そうね…。降魔戦争以前の少し地味めなものがいいわね。あ、でも降魔戦争以前のものなんて置いてないかしら?希少価値が高いですものね」

 その言葉に、物置のほうにおいてあった古ぼけた壺を思い出した。あれは確か降魔戦争以前の芸術家グレイセン=ユラ=アクトが作ったもののはずだ。地味めの、深い紫がかった黒いあの色はゴミ魔族の瞳を思い出すような、そのようなものだったはず。
 私はそんなことをふと思い出し、彼女に言った。

「もしかしたら、お客様のお目にかなうものがあるかもしれません。少しお待ちくださいませ」

 私は、骨董品を厳重に置いてある倉庫へと向かった。
 それはすぐに見つかった。
 木製の箱に入っているそれを確認すると、優雅に香茶を飲んでいる彼女のところに行った。外を眺め香茶を飲んでいるだけでも、絵になる人だ、と私は思った。

「お客様、これは如何でしょう?」

 私は、箱からその壺を出した。お気に入りの一つ。デザイン性もそうだが、この紫がかった深い色はなかなか作れるものではない。
 お客様はゆっくりとその壺を見た。
 じっくりと。

「降魔戦争以前の芸術家、グレイセン=ユラ=アクトがお作りになったものです」

「貴方はどう思う?」

「え」

「この壺のこと」

 鋭い瞳は全てを射抜かれそうだった。
 彼女は私を視線をそらさずに見つめる。
 この人には嘘をつけないような気がした。

「デザイン性は平凡なものですけれど、この絶妙な紫がかった深い色は彼しか作れないものだと思います。…そして、私はこの色が好きです」

 ゼロスの瞳を思い出すけれど。
 私を抱くときは必ず見開かれる目。
 細い目をして、紫がかった色で私を見つめる。そこから表情や感情は読み取れなかったが、その色は好きだった。

「そう…そうね。でも、これは貴方の元においておくべきだわ」

「どうしてですか?」

「愛しているのでしょう?その色を。自分の大切なものは手放しては駄目。そうでしょう?」

 私は言葉に詰まった。
 彼女は何故、私にそういうのだろう。なんだか、全てを見抜かれてる感覚に陥る。

「お嬢さん、お座りになって?少しばかりお話をしましょう?」

 私はそう言われて困惑した。
 だって、私は店員で彼女はお客様なのだ。どうして同じ立場に立てると言うのだろうか。

「気にしなくていいのよ。骨董品を見たかったのも確かだけれど、この街で噂になっている美人な女性に会って話してみたかったのよ?貴方が遠慮する必要はないわ」

 にっこりと微笑むその姿はとても美しかった。そして、どこか現実味の帯びていないものに見えた。
 私は、この女性には逆らえないような気がして座った。
 丁度、コップも二つ分用意してある。

「ねぇ、貴方は善と悪、どちらがお好き?」

「善です」

 即答できた。
 でも、それは竜族の巫女だったころの反射的な台詞ではないか、とふと思い自嘲したい気分になった。

「人間って不思議だと思わない?善を抱え悪を抱える。魔族にしろ、神族にしろ、宿命があって、その中で生きていかなければいけないけれど。人間はたった100年で滅んでしまうのに、善と悪を選ぶことが出来る。長寿である魔族と神族は選べない」

 くすくすと彼女は笑った。
 それは選択肢のない彼らへの笑いだったのか、それとも、100年程度しか生きられないのに選択肢のある自分たちへの微笑みであったのだろうか。
 私には図り知ることは出来なかった。

「ええ。ですが、魔族だって神族だって、善を選ぶか、悪を選ぶか決めることは出来ます。だって、神族は正義のためといい、同じ目的で生きている他の竜を虐殺しました。満足している彼らはそれを善だと言うけれど、他の人間や魔族から見れば、それは只の大量虐殺で、悪です。ならば、神族だって魔族だって善と悪を選べるのではないでしょうか?」

 女性は目を細めた。
 その仕草は綺麗な動作だったが、何故か恐怖を覚えずにはいられなかった。

「それが、あの方の決めた使命だとしても?」

「ええ。あの方の決めた使命だとしても。あの方は善と悪を分けた。でも、完全に分けられなかったのは神や魔王に近い竜族や魔族に感情をつけてしまったからだと思います。感情は時には大切で、でも使命を果たすには邪魔なものです。…もっとも、それがあの方の本当の目的なのかもしれませんが」

 女性は急に笑った。
 それはとてもとても楽しそうに。

「それが貴方の出した結果なのね。貴方は神に近いけれど、人に近づこうとしているのね」

「人が、自分の強い意志でやり遂げられる人間がこの世界で一番強いと思いますから」

「でも、貴方は竜でいるつもりなのね?巫女でいるつもりなのね」

「ええ。もう、巫女の資格は剥奪されていますが。それでも私は火竜王に仕える巫女であり続けていくでしょう。自分の存在、今までの行き方を否定しません。…それが、私の生きかたで、私の償いかただと気がつきましたから」

 女性は香茶を口に含み、飲んだ。
 切れやすそうなその瞳は今は緩やかな笑みを浮かべているだけだった。

「安心したわ。ゼロスが入れ込んでいる竜の娘がどのような方か見てみたかったから。とても強くて綺麗な魂。私には痛いぐらいかしらね」

「!!貴方、もしかして…」

「もしかしなくても、ゼロスの上司のゼラス=メタリウムよ」

 微笑みを絶やさない彼女に私はただ驚いた表情をするしかなかった。
 確かに、途中、私が黄金竜で元巫女だったということを知っているということは、私の知り合いづてに訪れた人だとは思っていたが。
 こうして、獣王ゼラス=メラリウムと香茶を共に飲みながら穏やかに話をすることになろうとは、さすがの私でも信じられなかった。

「あら?ゼロス言わなかったかしら?私がここに来るってこと」

「ええ、聞きましたけれど、あまりに突然だったものでびっくりしたんです。ええと、ゼラス様がそうゆう風に見えなくて…」

「うふふ。ばれないようにしたつもりだもの。それに、ゼラス様なんて言わなくていいわ。ゼラスで結構よ?」

「い、いえ…。私が火竜王の巫女であろうとも、ゼラス様を呼び流しでなんて呼べません」

 彼女は笑った。決して下品な笑い方ではない。
 ただ、面白いと思って笑っている。そんな純粋な笑い方だった。

「じゃ、百歩譲ってゼラスさん。様付けは許さないわよ?」

 そうゆう彼女はあまりにも強引で、あまりにも魔族らしくなかった。
 ゼロスの言うようにゼロス以上に一癖も二癖もある人物だと実感する。

「で、でもゼラスさん、ゼロスが貴方を呼ぶときは様付けじゃないですか?」

「だって、あれは愛しい我が子で、それ以前に部下だもの。部下には威厳を見せなくてはね」

 くすくすと笑う彼女は本当にシャブラニグドゥに続く力ある魔族にはとても見えなかった。
 上品で、とても綺麗などこかの女王のようにしか見えない。

「そうそう、骨董品の続きをしなくてはね。他に降魔戦争以前の作品はないのかしら?」

「あ、ちょっとお待ち下さい」

 私は半ば混乱しながら、数個保管していた降魔戦争以前に作られた作品を持ってくる。きっちりとした木箱を数個抱え、ゼラスさんの前に置く。…深い紫がかった壺を丁寧にしまったあと。
 希少性の高いものばかりなので慎重に取り出して、ゼラスさんの前に置く。

「これがいいわ」

 ゼラスさんが選んだのは、翡翠色のした緩やかなグラデーションがかかっている壺だった。鮮やかで玄関先に飾るのに丁度いいのかもしれない。ゼラスさんが住んでいるアストラルサイドに玄関があるかは不明だったが。

「よろしいのですか?もっと地味めの物をお探しになっていらっしゃったようでしたのに…」

「いいのよ。この色は貴方の瞳と同じ色だわ。だから、気に入ったの。で、おいくら?」

 降魔戦争以前のものは希少価値が高く、高値で引き取りされるものだったのだが、私はそれより遥かに安い値段を言った。それは、この壺を選んでくれた喜びと、そして、神の巫女だというのにぜラスさんを気に入ってしまったからであった。

「遠慮してくれなくていいのよ?これだけのものをその値段で売っていたら生計成り立たないじゃない」

 そう言って、ゼラスさんはこの壺に合う値段の金貨を出していた。どうやら、ゼラスさんには物を見る目があるらしい。
 私はびっくりしてゼラスさんを見た。

「では、貴方とはもっとお話したかったけれど部下が怒りそうだからこの辺で失礼させていただくわ。また、来てもよろしいかしら?」

「ええ。どうぞ、いつでもいらしてください」

「有難う」

 ゼラスさんがそう呟くと空間が歪んでゼラスさんは居なくなっていた。

「……なんか、とてつもない経験をしたような気がする…」

 私は呟かずには居られなかった。



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