玩具




「と・こ・ろ・で、ゼラスさんって誰?ゼロスの知り合い?」

 また照れ隠しに話をそらそうとするリナさんが可愛くって、くすくすと笑う。
 …リナさんは気に食わない表情をしていましたけれど。

「ああ。リナさんも名前は聞いたことがあるはずですよ?獣王ゼラス=メタリウムさんですよ」

「へっ…?あんた、それ聞いたことがあるとかそうゆうレベルの問題じゃないでしょうが!聞いたもなにもすっごい有名人じゃない!!…あ、でもガウリィはわかんないかも…」

 一般常識として全員知っているといいたかったっぽいリナさんは、脳味噌ヨーグルトなガウリィさんのせいで全員知っているとはいえなかったみたいです。
 確かに、ガウリィさんなら「なんだそれ?うまいもんか??」とかギャグにも聞こえない本気モードで言いますからね…。

「そりゃガウリィさんはわからないでしょうねぇ〜」

 ひょいっと、空中から場にふさわしくないゼロスが現れた。来なくていいのにぃぃぃぃっっ!!

「あら、ゼロス久しぶりね。忙しかったんじゃないの?」

 あんまり気にした様子もなく、ゼロスに話し掛ける。彼女はいつもあっけらかんとしていた。自分が彼の手の中で踊らされていても、いつ命が絶たれても仕様がない旅の中でも。
 初めて、彼と会い、彼女の普通の反応を示していたときに私はひどく驚いていたのを思い出した。私のあの拒否反応ぶりも見ている側としては面白かっただろうが。

「ええ。ちょっと合間を見つけてきちゃいました。フィリアさんにもずいぶん会っていませんでしたものね。獣王様ばかりずるい〜って泣いてみたら、いいでしょ≠チて言われたんですよ?…しがない中間管理職も辛いものです」

「こっちは会わなくて清々していました!!それに、ゼラスさんはあ・な・たとは違って骨董の話で盛り上がれるから楽しいんです!!」

 白々しく端っこでのの字を書くという細かい芸を見せるゼロスに私は、ふんっと怒って言った。
 そのやり取りに不思議そうにしているリナさんにアメリアさんが説明しているらしくって、こそこそ話しをしているのを見た。
 私は、心を落ち着かせようと、用意してもらった香茶を頂いた。
 ふんわりとした香茶は王宮ということもあってか高価なものを使っていると分かった。…もらえないかしら?

「ゼロスさん!やっと愛することを覚えたんですね!!」

 ずべしゃっっっっ!!
 がしゃーーんっっ!!

 ゼロスはすっころび、私は思わずコップを落としていた。どんな結論に落ち着いたんですか、この二人は。リナさんとアメリアさんは私とゼロスの行動を面白そうに見ている。…訂正、アメリアさんの目はきらきらと輝いていました。

『どういったらそうゆう結論になるんですか!!』

 思わず同時に叫んでいた。
 ヴァルガーヴは状況も知らずにリナさんの長い髪で遊んでいる。…ああ、ああなりたい…。

「だって、あんたがフィリアをいい方向に転がしてあげたんでしょ?それに、あんたの親も公認みたいじゃない?二人の会話を聞いているとフィリアの家にあんたが頻繁に出入りしていることも分かるし。それに、あんたフィリアに執着しているじゃない」

 …親公認って…。ゼラスさんはただ面白がってみているだけだと思いますけど…。それに、ゼロスが私に執着しているのだって、ただの楽しい玩具だからって言うことだけですし…。

 痛い。
 痛い。
 そんなに自己主張しないで。
 知らない。
 痛い。
 いらない。

「…一体、どうゆう誤解をしてくださっているんですか?二人は。大体にしろ、僕は魔族でフィリアさんは神族なんですよ?どう転べばそうなるんですか」

「それに最初に疑問視を持ったのはあんたでしょ」

「そして、対して変わらないって言ったのもゼロスさんです!」

 はぁ、とゼロスのため息が聞こえた。私もため息つきたいです。

「確かに、僕はフィリアさんにそう言いました。でも、それを言った目的はフィリアさんが自己確立できなくて悩む負の感情をおいしく頂こうと思ったからです。まぁ、意外な方向へ行ってしまったのは認めますが」

 二人は私を見る。そんなこと私も知っている。ゼロスに聞かされたし、たしかに一時期自己確立できなかった。まぁ、克服してやりましたけど。ゼロスにしてやられるのもなんですし。

「それに、フィリアさんに執着しているのは、フィリアさんが面白いからです」

「でも、今までのあんたなら、その作戦が失敗した時点で飽きてぽい、さよ〜なら〜でしょ?こめんどくさいことしなくても、負の感情なんて何処でも食えるでしょうが。あんたらしくない」

「そうですか?でも、作戦失敗しても、フィリアさん自身もおいしいですし♪」

「余計なこと言わないで下さいっっっ!!」

 思わず近くにあったイスを投げた。直撃。でも痛そうじゃない所がむかつく。
 きっと、私の顔は真っ赤になっていることだろう。

「…お二人って、そうゆうご関係だったんですか」

「言わないでください!!忘却してくださいっっ!!あああああっっっ!!!」

「はっはっはっ、照れなくていいんですよ、フィリアさん♪」

「あなたが無理やりしているだけでしょうっっっ!!」

 思わずしゃがみこんで、隠れた。恥ずかしい。知っている人にそんなことばれるなんて。しかも…しかも…あの生ゴミ魔族とっっ!!
 これで涙せずに何に涙しろと!!

「…ちょっと、ゼロス、席をはずしなさい」

「え〜?いいじゃないですかぁ。もっとリナさんたちと話したかったのに〜」

「アメリア、生がどのくらい素晴らしいか延々と語り続けなさい」

「はい♪」

「ぼ、僕はガウリィさんのところ言ってきますね…」

 私は顔を隠していたので分からなかったが、たぶん冷や汗をかいたゼロスが出て行ったんだろう。空間が歪んだのが分かった。

「フィリア、女同士の話しましょう?」

「い、いいです…」

 もう、あんな恥ずかしい恥かきたくない…。だって、ばれてるんですよ。あたし、平気でいられるほど、厚顔無恥じゃない。

「フィリア、尻尾出てる」

「え、このごろ失敗してないのに!?」

 ばっと顔をあげると、ふふふ、と微笑んでいるリナさんがいた。…簡単にだまされる私って…。
 そのまま有無を言わさずに、席に座らされ、新しい香茶をアメリアさんが注いでくれた。ふわっと、匂いが私の鼻をつつく。

「…無理やりって本当?」

 暗にその…ゼロスとの行為を指しているのが分かって、恥ずかしくて、香茶を飲んだ。
 リナさんはぽりぽりと頬を掻いた。

「その、そうゆうことを聞きたいんじゃないのよ?フィリアがそうゆうのを公認しているなら、私は神族とか魔族とか関係ないと思うし、邪魔する輩が出てきたらぶちのめしに来てあげる。でも…違うんならフィリアが痛いんじゃないかって…思ってね」

 痛い?
 痛くはない。
 ゼロスは乱暴に、たまには優しく私を抱くけれど、その行為自体は慣れてしまった。…恥ずかしいことには変わりないけれど。
 痛くなどない。
 もう、あきらめてしまった。彼を拒むことを。
 もしかしたら、最初からあきらめていたのかもしれない。
 今ではもう、思い出したくもないが。

「身体のことじゃないの。心のことなの。男なんて何処でも性欲処理できるわ。でも、受け入れる側で、無理やりで怖かったでしょう?心が」

 心が。
 いつも
 いつも
 痛かった。
 痛いって自己主張している心が
 もっと痛かった。
 身体を無理やり開かれたことでもない。
 ただ、いつも痛んでいた。
 私は。
 私は、ゼロスのことが好きなのかもしれない。
 だから、心ばかりが痛かったのかもしれない。
 私は彼のお気に入りの玩具≠セから。
 壊すことの出来るただの玩具≠セから。

 きっと、ばれるだろう。
 でも、答えてくれないことも知っている。
 それは彼にとって自殺行為だから。

 いまさら気がついた。
 私は馬鹿だ。
 ただの馬鹿でしかなかったのだ。

 一生報われない恋をしたのだから。

「あは…あはははははははは…」

 私には笑うことしか出来なかった。
 自嘲するように。

「フィリア?」

「フィリアさん?」

 二人とも、突然笑い出した私を不思議そうに見た。いい人たち。どうして、竜族を…せめて人間を好きにならなかったのだろう。

「…すみません。晴れの日も近いのに心配をかけてしまって。」

「大丈夫?」

「少しだけ、ほんの少しだけ、休ませてください」

 それが今の私の気持ちだった。
 そして、リナさんの結婚式があるまで借りた個室にこもった。ヴァルガーヴと一緒に。
 我が子のように可愛い。
 愛しい子。彼からの罰はまだ少し後だけれど、それでも愛しい我が子。私はヴァルガーヴを抱きしめた。にこにこと笑う。それだけが、思いを知ってしまった私の安らぎだった。


 結婚式は盛大に行われた。
 純白のウエディングドレスを着たリナさんはとても綺麗で、同じく純白のタキシードを着たガウリィさんと並ぶと本当にお似合いだった。
 ガウリィさんの身内は誰も来ていなかったけれど、リナさんのお父さんとお母さんとお姉さんはそれを見て、何か感慨深いものを感じていたらしい。
 リナさんが周りの人にどれだけ愛されているのか、よく分かった。

「お久しぶりね、フィリアさん」

 そう、リナさんの姉…ルナさんに声をかけられた。
 あの時…光の柱が見えたとき、真っ先に事件の解決を依頼したのはルナさんだった。けれど「妹がやってくれるでしょ」と、断れて私はリナさんたちと旅をすることになった。
 今思えば、リナさんたちと旅をしたことはとてもいい経験だったのだから、彼女には感謝しなくてはいけないのかもしれない。

「ここ、魔が入り混じっているわ」

 そう指したのは、私のお腹…厳密に言えば子宮だった。
 私は怪訝な顔をした。

「貴方は神族でしょう?魔の力が入ったら混沌が生まれる。…神魔融合呪文のように爆発的な力を生むのかもしれないけれど。…どちらにしても、貴方にいい影響は与えないわ。まるっきり反対のものを包んでいるんですもの。悪いことは言わない、魔と交わるのは止めたほうがいいわ」

 魔と交わる…顔が赤くなった。
 ルナさんがそれを知っているとは思わないが、たぶん、彼女の中にいる赤竜の神の騎士の知識が、力がそれを教えているのだろう。
 そして、これは忠告なのだ。私の身体を心配しての。
 でも、結論は出ていた。

「いいんです。ヴァルガーヴのことだけが心配ですけれど。彼が、真実を知るまで私は生きていればいいんです。例え、罪を重ねようと。罰は仕様がありません」

 私は笑った。
 ルナさんは本当に心配そうな表情をしていたが、ふっと、微笑んだ。

「それが貴方の選んだ道なのならば、もう、私に言うことはないわね。でも、自分の身体は大切にしなさい」

「ええ。…それと、申し遅れましたが、妹さんのご結婚おめでとう御座います」

 私は嘘をついた。たぶん、自分の身体を一番心配しない。私の身体が壊れたところで、ゼロスはお気に入りの玩具が壊れてしまったと思って、また玩具を探しにいくだけだろう。
 でも、私はそれでもいい。せめて、ヴァルガーヴに真実を伝えられるときまで、壊れなければそれでいい。

「有難う。でも、あの子は妊娠するまで旅を続けるでしょうね」

「どうしてですか?」

「探究心旺盛だからよ。そして、なににも縛られていないから。…ガウリィさん以外には、ね」

 その言葉に私はくすくすと笑った。
 焔のような彼女は彼女の旦那にだけ縛られ、それでも、自由に生きるのだろう。
 それがリナさんの生き方なのならば、私の決めた生き方はゼロスの玩具であり続けることなのだろう。



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