不変化
ヴァルの首に治癒をかけ傷をすっかりなくしてしまうと、ぐったりと疲れたようにしている彼をいったん二階の寝室にあるベッドへと寝かせた。
一階へ戻ると優雅に(人の台所に勝手に入ったのか)紅茶を飲んでいるゼロスの姿が見えたが、とりあえず店を閉めなくてはと店の入り口へと行くと『OPEN』と書かれた小さな札を『CLOSE』に直すと、私はリビングに行きゼロスと向かい合わせに座った。
礼を述べるのはなんだか悔しいのでやめておくが、少々疑問に思っていたところを聞いておきたいという気持ちがあった。
それよりも先に出るのは魔族に対しての憎まれ口だったが。
「しかし、本当に魔族というのは悪趣味ですね」
「まぁ、それが魔族ですから」
ティーカップを受け皿に戻したゼロスは口元に笑みを浮かべ同意した。
憎まれ口はほどほどにしておいて、とりあえず問いたかったことを聞くことにした。
「――魔族にもスカウト性があるのですか?」
「そうですね。レッサーデーモンなどはぽこぽこ生まれますが、純魔族に関しては此処数千年ほど新しい固体が生まれていませんから」
なるほど、新しい世代が生まれないというのは『滅ぶ』ことなどほとんどない純魔族といえど、厳しいだろう。出生率が死亡率より低下すれば、自然と種族は滅びゆくしかないのだ。
普通の生物であればそれが短いサイクルで行われ、滅びるか進化するかのどちらかなのだろうが魔族の場合は『滅ぶ』ことさえなければ永遠に生き続けることが出来る。実体がないという特殊な体系ゆえに。
逆に永遠ともいえる長いスパンだからこそ次世代が生まれないのかもしれない。世界というものは種族の割合を上手く調節するものだ。自然環境がそうさせているのか遺伝子がそうさせているのかは分からないが。
「もっとも、獣王様方腹心が作ることは可能ですが、あまり数を増やしたいわけではないようです。僕らには群れる習性はありませんから、新しい部下を作る気にもなれないのでしょう」
確かに自身の魔力を加えれば腹心たちは部下を作れるのだろう。
それは目の前のゼロスが証明している。獣王の直接の部下として獣王自ら作り上げた獣神官であるゼロスそのものが。
「と、すれば他に魔族を増やすとしたら出来るのは他の種族からのスカウトでしかないでしょう? 例えば、前のヴァル=ガーヴのようにガーヴ様のお力を分け与えれば、ガーヴ派の魔族ということになります。もっとも、それですと純魔族のようにあの方に回帰するのが目的にはなりづらいのですがね。ですから、いいところ三流魔族にしかならないのですよ。ヴァル=ガーヴがあの方に回帰する事よりもガーヴ様に陶酔していたようにね」
確かに生粋の純魔族が(どういう状態で生まれるのかまったく想像できないのだが)生まれないのだとすれば、別種族を勧誘して魔族にするしかないのだろう。
しかし、元々生きとし生けるものであったのであれば、滅びを望むのは難しいのかもしれない。
生きとし生けるものが世界の滅びを望むときは、自身にもしくは周りに絶望し無くなってしまえば良いという、いたって自己中心的な考えから生まれるのだから。
もしそういう考えで魔族になり、滅びを願う元凶になった原因が無くなってしまえば、その人は恐らく積極的に滅びを望み全ての母へ回帰することなど考えなくなるのではないだろうか。
基本思考にあの方への回帰という本能が備わっていないということは、それだけで随分差が出来てしまう。
生きとし生けるものは本来死にたくなどないのだから。
「魔族もなかなか難しいのですね」
それが私の率直な感想だった。
私の率直な感想にゼロスは笑みを深くした。
「ええ。貴方も僕を経由して魔族の力を取り入れていますから、魔族にはなりやすいのでしょうが――獣王様のお力をそのまま頂いているわけでもありませんからね。やっぱり、多少は魔族になり辛かったのでしょう。――ひょんなことで魔族になることを止められる程度にはね」
ゼロスの言う魔族の力というのがあの黒い魔力なのだろう。ゼロスを構成する先の見えない漆黒のように恐怖を覚える魔力。
それでも魔族にならなかったのはゼロスの魔力だからではなく――私を取り戻す的確な言葉をゼロスが知っていたからだろう。お気に入りの玩具に入れ込むゼロスの姿は少しばかりの笑いを誘ったが、口元を引き締めた。
話していることは自身の立場を知るためのものだったから。
「ということは、これからも私は魔族になり易いということなのですか?」
つまり、聞きたいのは此処だった。
私は魔族になどなりたくなかったので。
「普通の黄金竜よりははるかになりやすいでしょうね。ですが、魔族というのは精神体の生き物です。精神のありようによってはどのようになることもある意味では自由なのですよ。ですから、貴方も魔族にならないと思い続けていれば魔族になることはないでしょう」
簡単な予防策に拍子抜けした。
まぁ、いつ魔族になるかなるかと気を張っているのは疲れるので簡単な予防策は大歓迎なのだが。
「案外あっさりとしているのですね」
思わず本音を漏らすとゼロスはくすりと苦笑した。
「ですが、精神論というのが一番難しかったりもするようですよ。僕にはいまいち理解できませんけれどね」
「……そうかもしれませんね」
なるほど、と思った。
精神は肉体よりも遥かに揺らぎやすいものだ。状況の変化により世界を愛し世界を憎む。常に平穏を保つのは不可能だ。それが出来るのはせいぜい全ての母と呼ばれるあの方ぐらいではないだろうか。自身より劣っているものに対して怒りを覚えることなどないだろうから。母という言葉をそのまま取るのなら子供を本気で憎む親などいないだろうから、に変わるが。
私もこの先世界を憎まないとは限らない。魔族である彼に恋心を抱いている時点で世界を憎む機会は増えているのだろう、きっと。
その揺らぎはきっとテリトリーを逆転させるには容易いのだ。
などと考察していると、ゼロスが真っ直ぐ私を見ていることに気がついた。
すぅっと見開いた紫の瞳は私の姿を真っ直ぐに捉えている。
「フィリアさんは魔族にならないで下さいよ。なってしまったらとてもつまらないですからね」
しかし、真面目なのは一言で終わってしまい、直ぐにいつものニコ目に戻ってしまっていたが。
けれど、だからこそゼロスが本当に私が魔族になることを望んでいないのかよくわかった。だけれど、それを素直に喜ぶには少々相手に対するいつもの態度が捻くれていたので、思わず反論するような言葉を発していた。
「なんで貴方を満足させるために魔族にならないと豪語しなくちゃいけないんですかっ!」
「だって、それが第一なんでしょう? 黄金竜の巫女さん」
ああ、くやしい。言い返せないなんて。
そう思い私はピンク色のスカートをぎゅうっと握り締めた。
「ううう……っ、でもゼロスの思うとおりになるなんて癪に障りますっ!」
思わず叫ぶと、ゼロスはさも楽しいと言わんばかりに笑った。
「はっはっはっはっは、僕の思うとおりに見事に踊ってください」
「踊ってやるものですか!」
出てくる言葉は彼に反論するものばかりだったけれど、そうじゃなくちゃ私たちのスタンスは保てない。
私が魔族なんかになるよりも、彼に反発する黄金竜としてどこまでも彼に抵抗し反論し相容れない立場を保ちたい。
それは今までと同じ日々を願うささやかなものだった。
>>20061206
もうちょっと徐々に盛り上がれる小説書きたい……。
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