バスルームの魔術
バスルームの魔術は、まるで儀式的でそれ故に神聖でもあり悪魔儀式的でもある。
真夜中にふと目を覚ました私は、バスタブに水を入れてゆっくりと指で紋様を書くようにして言葉を発した。そうすれば、それはバスルームの魔術にぴったりなお湯になる。
ぱさぱさ、と衣服を脱ぎ捨てバスルームの中へ。
すぅ、と息を吐くとバスタブを中心に魔方陣をオイルで描く。
今日のオイルはバラの香り。
精神集中をして魔法陣が浮かび上がるのを確認すると、ぽちゃんとバラの香りのする入浴剤を入れる。
ばさり、とお湯をかけると、私はゆっくりとバスタブの中につかる。
そうして十五分ほど月の光に身体を受けると、私の体の魔力は一定のリズムを刻みながらゆったりと身体を巡廻し始めた。
そうなると、ばさっとバスタブの中で立ち上がり、両手で一定の法則に従って腕を動かす。
すると空中からバラの花びらが落ちてきて、まるでそれは血のよう。
その中のバラの花びらを両手に二枚挟み込むと、さっきとは別の法則にのっとって両腕を動かした。
そうすれば、手の中のバラの花びらが光り始めて空中に光の魔法陣が出来上がる。
「右手は幸福を。
左手は平和を。
身体は生を。
水は死を。
空気は久遠を。
魔方陣は規律を。
バラの花びらに世界の全てを讃え、
全ては己の身体に還元する」
光の魔方陣は分散し、私の身体に纏わりつく。
体内を循環していた魔力はすぅ、と静まり穏やかになっていく。
そうして一つのバラの花びらを投げるとぱしゃんと消えて、もう一つのバラの花を唇に寄せる。そうすればバラの花びらが消えて、身体は仄かにバラの香りで包み込まれる。
すぅ、と息を吐いた。
「いやー、まるで悪魔儀式的ですねぇ」
声が響いて、しゅんとゼロスが現れた。
私は全身裸なのに気がついて、ばっと湯船の中に身を沈めた。全身に熱が点り真っ赤になっているのが分かる。
「なっ……、覗きが趣味だなんて悪趣味にも程がありますっ!」
抗議のために叫んだ声は、見事なぐらいに反響してバスルームに響き渡った。
私はにこにこにこ、と微笑みすらも止めないゼロスをきっ、と睨んだ。
けれど、それすらも意としないように彼は微笑むばかりだった。
「失礼な。別に覗きが趣味なのではありませんよ」
「ならば、なぜ……っ!」
彼は手袋をはめたままの手で、私の長い髪を一房掬い取った。
そうして、彼はそれを唇に寄せてキスをした。
その仕草はまるで愛撫を受けているようで、其処から全身に火が灯るように熱が広がっていく。
「まるで幻想的なフィリアさんの儀式に魔族の僕が引き寄せられただけです」
それは、悪魔儀式を行うかのような。
そんなつもりなど、何一つ無かったのに。
「例えば、悪魔儀式で引き寄せられた悪魔が美しい乙女を食べてしまったとしても、童話的な残酷を有していてとても美しいでしょう?」
彼の顔が近づいてきて、唇に一つキスを落とされた。
芳香なるバラの香りがむわん、とその唇からあふれ出てくるようで、私の意識が揺らいでいく。
それはまるで。
悪魔に魅入られた乙女のよう。
「ほぅら、僕が引き寄せられたからよかったけれど、他の方だったら如何するつもりだったのですか?」
それほどまでに、悪魔儀式は危険なのですよ。と微笑む彼は表情を何一つ変えることなど無い。
けれども。
食べられてしまう危険を考えても恐らく、彼に会えることを思えばそれは差し引いても余るぐらいで。
きっと、悪魔儀式をした魔女は強くも美しい悪魔に会いたくてやったのだわ。となんとなく思った。
バスルームの魔術は、思わぬものまで引き寄せて。
バラの匂いと共に昇華する。
「さぁ、食べてしまいましょう」
>>20070214
儀式はいつものことですがでっち上げてます。
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