愚かな寓話




「ふえー、壮大なラブロマンですね!ゼロスさん、見習うべきですよ!!」

 僕の話を聞き終わったアメリアさんはがたん、と立ち上がるとびしっと人差し指を僕に突きつけてそう叫んでいた。その黒曜石のような大きな瞳をきらきらとまるで宝石が光り輝くように輝かせて。
 僕はその言葉に嘲笑した。
 だって、それは僕にとってはただの愚かで間抜けな魔族の話でしかないのだから。
 理解することなどできるわけもなく、彼の行動はただの恥ずべきものでしかない。
 しかし、それでも深く壮大な海を見るたびに眩しいぐらいに明るい月の光を見るたびに、彼女の記憶が呼び起こるのは恐らく僕の形成の大部分を担っている彼の魔力の記憶で。

「何を言っているのですか、馬鹿馬鹿しい。ホムンクルスの女が一人いなくなったところで自滅するだなんて、前世の僕はなんて愚かなのでしょうか」

 そうとしか思えなかった僕は、アメリアさんの言葉を一蹴した。
 だからこそ、僕は彼の記憶を笑った。
 そして、思い出すこともなく彼の記憶は僕の精神の奥底でただ深く覚めることのない眠りについていたのだ。
 彼が消滅し僕が生まれてから一万年以上時が過ぎたが、彼の思考を思い出すのはほんの些細な…それこそ、彼女の目に似た海や彼女の髪に似た月の光をふっと眺めたとき程度だったのに。
 今更、酷く思い出すのだ。
 彼の見たものを聞いたものを…そして、愛したものを。
 それは不必要な記憶のはずなのに。

「そんなことなどないわ、ゼロス!魔族だなんて世界の害虫でしかありませんけれど!素晴らしいですっ。きっと、神のお心を理解してくださるに違いない…っ!」

 アメリアさんと同じく立ち上がったフィリアさんはどこか陶酔したような海色の目でそんなことを呟いていたけれどそれはある筈もない、と嘲笑した。
 彼はあくまで魔族であり続けることに固執したのだ。
 おそらく、あの海の目を持つホムンクルスが死ぬということさえなければ、彼はいつまでも魔族であり続けたのではないだろうか?
 適度に距離をとりながら、彼女が運営したいといっていた骨董屋に時折顔を見せながらも全てを認めず、だけれども人間じみた行動のまま、魔族であり続けたのではないだろうか?

「それは、前世の僕なんですけどねぇ…」

「そうですよ、ゼロスさんっ!貴方にもその素質があるという事!さぁ、魔族だなんてあこぎな真似は止めて、わたしとともに世界に正義を広めましょう!」

 呆れたように呟いた僕の言葉に、アメリアさんは息をつかせぬように叫んで明後日の方向に指差した。
 …そういえば、彼女は冥王様の命令で行動していた頃からそんなことばかりを言っていた。僕が魔族であるということを知りながらも、それでも諦めようとはせずに何度も何度も。
 でもまぁ、その行動が無駄である事にはまったく変わりない。
 僕と彼は違うのだ。
 確かに僕は彼の魔力を基調として作られている。記憶も持っているし、人間から見れば転生した彼の来世の姿が僕であるのだろうけれど、根本的な部分が違うのだ。
 僕は、恋などという不可解な感情を知らないのだから。
 それを知るつもりもないし、知りたいとも願わない。それが魔族のあるべき姿なのだから。

「…それとこれとは違うと思うぞ」

 ほら、不思議そうにリナさんの隣で透明な酒を飲みながらのんびりと聞いていたガウリィさんでさえ、アメリアさんの発言に突っ込んでいる。
 ガウリィさんにすら指摘されるその発言はどうなのだろうかとも思うけれど。
 そういえば、と隣でのんびりと香茶を飲みながら僕の動向を見ていたリナさんは、かたりとカップをテーブルに置くと肩肘をついて聞いてきた。

「ところで、過去の話をしたときにあたし達の名前を使っていたけど、それは、彼らの本名だったの?」

 確かに、僕は過去の話をしたときにフィリアさん以外の彼らの名前を使った。
 けれど、それの意味は大きいところではない。

「そうだったのかもしれませんし、そうでなかったのかもしれません」

 くすり、と笑って呟いた言葉にリナさんは不愉快そうに眉を顰めた。
 謎は謎めいていたほうがいいだろう。
 例え、僕の魔力が司る記憶が同一の名前だったと教えていても、それは現在のリナさん達に降りかかるようなものではない。
 所詮、過去は過去。
 僕が彼ではないように今のリナさん達は今のリナさん達でしかなく、過去のリナさん達は過去のリナさん達でしかないのだから。
 どこまでも似ていたとしても。
 だからといってそれが事実なのか教えないのはただ単に僕の茶目っ気だ。

「…結局過去のお前が好きになったという、そのホムンクルスの女性の名前は一体なんだったんだ?」

 アメリアさんの隣で無言を貫いていたゼルガディスさんが、珈琲を口に当てながらぽつりと呟いた。
 敢えて言わなかったホムンクルスの女の名前に、皆さんは興味を示しているのかじぃっと僕を見ている。その様子を眺めては、魔力が教える遠い昔を懐かしむ行動に苦笑した。それは、まるで人間がするような行動だったから。
 僕はふとフィリアさんを見ていた。
 じろり、と僕の顔を睨みつけるいつもの海の瞳はささくれ立っている心を教えるようにまるで高い波が来ている海のようにざわめいている。
 その表情にふといつもの笑みを向けていた。
 黄金竜と古代竜のホムンクルスで、どこまでも勝気でどこまでも無知で、それでも自分の意思を貫こうと歩んでいった母のような海の目を持ち月の光のような金糸の髪を持った美しい人。
 彼女の歪んでしまった魂は上手く転生できただろうか?

「それは…」

 僕は擬態の欠陥としか思えない痛みに耐えながらフィリアさんを見ていた。



      >>20050810 そして全てが紡ぎだす。



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