最後の逢瀬
遠くで爆発する音が聞こえた。
扉を開き、無骨な兜に鎧をつけた男達がばたばたと教皇である彼に指示を仰ぎに来たが、彼はにっこりと微笑みを浮かべたまま白い法衣を一つも動かす事も無く言い放った。
「僕の指示など無くとも優秀な兵士さんたちなら有効に動けるでしょう?」
「しっ、しかし教皇様っ!」
「……否定は許しませんよ」
確かにニコニコと微笑んでいるはずなのに怖いくらいの圧迫感を感じた兵士は顔を青ざめながら、何かを呟いてその豪華すぎる扉の向こうに消えていった。
爆発音は絶え間なく聞こえているが、扉を締め切ったこの部屋だけはそんな喧騒とはまるで無縁のようにしーんと静まり返っていた。
それはまるで孤独を表すかのように。
その場所で、彼は教皇だと示すその豪華な席に動く事もなくただ静かに座りながら、誰かを待っているようだった。
それは予感であり確信に満ちているような雰囲気で、まったく表情を変えずにニコニコ笑っているだけなのだが、どこか違ったように見えた。
少しすると無駄に豪華すぎる扉が開いて、まるで蛍のように淡い金色の髪に印象的な海の深さを示すような青色の瞳を持った、ピンクと白が特徴的な巫女服に身を包んだ女性が静かに立っていた。
「ゼロス」
彼女は教皇である彼のファーストネームを呼んだ。
そう、彼が教皇の座についてから一度も呼ぶ事の無かったその名を。
リズムの良い靴と大理石の音を響かせながら、彼女は彼の元へと近づいた。階段を上れば彼の身体に手が届くその場所まで。
彼はそれでもただただ微笑んでいるだけだった。
「お久しぶりですね、フィリアさん」
「ええ。貴方が教皇になった日から会えませんでしたものね」
「教皇は忙しいですから」
「…戦争を仕掛ける事ででしょう?」
挑戦的な瞳できつく睨みつけている女性を彼はそれでも楽しそうに見ていた。
その足掻く様が楽しいのだといわんばかりに。
「で、フィリアさんは僕を止めでもするのですか?今まで出来もしなかったのに」
その言葉に、彼女は眉をハの字に下げた。
それは悲しげで、自分の無力さに嘆くような表情だった。果たして、それは彼に通じていたのだろうか?にこにこと微笑んでいるその表情からは窺い知る事が出来ない。
「…私は今までの自分の行動を恥じています」
「それは何故?権力者に屈するのは人間として当たり前の行動ですし、それが好意を抱いているものであれば尚更でしょう?」
直ぐに反論する言葉は人間の弱い部分を的確についているものだった。
行動する際に枷になってしまうもの。…彼はまったくそれを枷としていなかったのに。
彼女は瞼を閉じると少し思慮するような雰囲気をかもし出して、そうして瞳を開けた。その蒼の瞳は彼の姿を逸らす事もなくじぃっと見て、それはただニコニコ笑っているだけだった彼の表情をほんの少しだけ歪めた。
「ええ。私もそのうちの一人でしょう。しかし、人間とは覚悟を決めれば出来ない事は無いのですよ」
「その覚悟を、決めてきたと?」
促す言葉に、空気はぴぃんと張り詰められる。
その空気を作り変える事が出来るからこそ、彼は教皇となる事が出来たのだろう。それでも、彼女はその空気に表情を変えることはなかった。
「…もちろん。決めてきたから貴方と対峙しているのよ、ゼロス。貴方もわかっていたのでしょう?」
「そう、ですね」
彼は、彼女が来る前に感じていたそれをやすやすと認めると表情を歪めたまま微笑んでいた。
そのさまは誰かにおいていかれた子供のようで、彼に好意を抱いていた彼女はその蒼の目を濁らせて、決意の表情の奥に悲しげな鈍い光を作り出していた。
「貴方を癒してあげたかった」
「無意味ですね」
「貴方をその憎しみから救ってあげたかった」
「無意味ですね」
「貴方をその孤独から守ってあげたかった」
「無意味ですね」
「でも、それはただの理想論でしかなかった。…貴方には生きて贖罪をして欲しい。でも、無理ならば…殺す覚悟もしてきました」
「無駄足ですよ」
「それでも、私は足掻くのです」
否定しても否定しても強い意思を見せる彼女に、彼はふぅと息を吐いた。
その胸の内には何を思っていたのだろうか。いつものニコニコとした表情から優雅な…まるで艶やかな笑みを彼女に見せた。
それは、彼女が初めて見る表情だった。
いや、もしかしたら誰も見たことの無い表情だったのかもしれない。
「ならば…僕は貴方の決意にお答えせねばなりませんね。どんな結果になろうとも」
その言葉に、彼女は場に相応しくないような眩いばかりの笑顔を向けるとその懐から綺麗な細工がされているナイフを取り出した。
巫女という生業から、人を殺さぬための武器としてモーニングスターを愛用していた彼女にはまるで似合わない掌サイズの小さなナイフは、彼女と一体となっていた。
その存在に驚きの表情を見せる彼はやはり表情を歪めながらにこにこと微笑んでいた。
「フィリアさんには想像できない武器ですね」
「ええ。でも、これは貴方と決着を付ける事になったら使用しようと思っていたものですから」
「訳を聞いても?」
その言葉に、花が散ってしまう前のような壮絶な美しさのまま微笑む彼女は、すらすらとその淡い桜色の唇に言葉を乗せた。
「貴方のたくらみを知って、でもどうする事も出来なかった私が貴方の力によって諸国漫遊した際に、出会った青年に頂いたものです。…私がどれだけ縛られ愚かだったのか気付かせてくれた彼は、命の灯火が終わる前に私にこのナイフを託してくださいました。ですから、私は好意を抱いている貴方をこの手にかけるときに、このナイフを使うのです。私が逃げぬように」
「そうですか」
呟く彼の表情はその歪みを隠す事も出来ずに、不器用なまでににこにこと笑顔を貼り付けるだけであった。その対照的な笑顔は、まるで正反対のようで鏡合わせのようでもあった。
「…お喋りに時間を割いてしまいましたね。では、さっさと始めましょうか。貴方と僕の決着を」
「そうですね」
同意すると二人は動いた。
呪文詠唱なしに唱える火炎球は通常のものよりも威力が劣るはずなのに、彼が放ったものはまるで同等だった。しかし、それは既に予測済みなのか走りながら避ける彼女は手を翳して精霊呪文を唱えた。
「烈閃槍!」
人の精神を狂わせる作用のあるそれは、しかし彼が杖を振るった事により一蹴され、ただ少しだけ詠唱の邪魔をしたに過ぎない。そうして、ナイフを振るうと杖で受け止められた。
彼は、驚愕したように目を開けた。
「壊れないなんて、どれだけ強いナイフなのですか」
「…特注品ですから」
彼の杖は古代から伝わる魔道具の一種だった。
それはどのような剣であろうとも切り裂かれる事はなく、なおかつ装備者の魔力のコントロールに一役かっている。いいや、魔力自体も増幅させているのかもしれない。
そして、杖であるはずのそれは彼が持った事により強烈な剣よりも勝る武器ともなっていた。どんな武器であっても切り裂き壊す事の出来るものに。
けれど、目の前の小さなナイフは杖に壊される事は無かった。
ぎちぎちと音だけが響く。
しかし、男性である身の彼に力勝負で勝てるはずも無く、弾き飛ばされると手を翳して彼は言葉を放った。
「魔竜烈火砲!」
しかし、魔族から呼び出された炎を彼女はかがんで避けると、その炎を放った手に切りつけた。
ぽたぽた、と白い肌から血液が流れ落ちていく。
その様子に、心を決めていたはずの彼女の青い瞳の奥が悲しみに歪んだ。
その瞬間を見逃すような男ではなかった。
まるで槍投げのような手に瞬間で持ち返ると、勢いよく彼は彼女の腹部に杖をつきたてた。それはまるで、反逆者を自ら罰する教皇の宗教画のような光景だった。
口から血液が勢いよく溢れ出す。
だがしかし、引き離される前に彼女はナイフを彼の腹部に下から抉るように突き立てた。
それは人間であった彼らには致命的な怪我であった。
彼は教皇の椅子に倒れこみ、それに覆い被さるような形で彼女も倒れる。
真っ白な教皇の法衣はどちらともつかない血液で真っ赤に染まっていた。
その中で激痛を感じているはずなのにどちらも穏やかな笑みを浮かべていた。
「引き分けですね」
「ええ」
その笑顔はどちらとも後悔することの無いものだった。
「…好きでしたよ、フィリアさん。冥土の土産に教えて差し上げます」
「知っていました。それに、貴方も一緒に行くのですから冥土の土産も意味のないものでしょう?」
確かに愛憎の渦中にあった二人なのに、その笑みは確かに恋人同士がかわすはずのもので。
濁っていた海色の瞳は、生気を無くし死に緩やかに移行しているにもかかわらず幸せそうだったし、彼のほとんど見る事の出来なかった紫の目も死に向かっているはずなのに幸せそうな色をかもし出していた。
口から血液があふれでる。
染み込み切れなかった血液が法衣の表面で交じり合って流れ落ちていった。それは、まるで最初で最後の交わり。
「ようやく…幸せに、なれま、した。ありが…とう」
彼は死に絶えるその腕で彼女の頭を引き寄せると桜色から、紫へと移行したその唇にようやくキスをした。
幸せそうに微笑んだ彼女は、耳元に言葉を落とした。
その言葉に幸せそうに微笑んだ彼は、彼女と共に息を引き取った。
爆発音とは無縁の煌びやかで孤独だった場所で。
>>20051019
私、魔竜烈火砲が好きなようです。
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