凍えた場所




 目を開けると、そこはフィリアさんちのリビングだった。
 先ほどまでの光景など嘘だと言いたげに、静寂に包まれていた。
 僕は身体を起こす。と、倒れこんでいるフィリアさんの姿が見えた。手足を蝕んでいた石は綺麗さっぱりとなくなっており、彼女の白い肌が存在していた。
 フィリアさんも気がついたようで、目を開けきょろきょろと回りを確認すると僕の姿を凝視し慌てて立ち上がり、ダイニングテーブルの椅子に座った。
 先ほどまでの奇妙な世界の入り口だった孔雀石で出来た箱は、ちょこんと存在している。
 フィリアさんは恐る恐る、といった感じでそれを触った。

「また、あの空間へと行くのでしょうか?」

 その言葉に僕は箱を見た。だがしかし、箱に特殊な魔力が存在するかといえばまったく感じる事は無く、かといって先ほどはそんな奇妙な魔力を感じずに孔雀石で出来た空間に行ったのでいまいち保障はしかねたが、大丈夫だと思った。

「もし――あの石の花がこの箱の中への空間を繋ぐ……そう、結界のようなものだったとすれば、既に壊してしまいましたし大丈夫だと思いますよ」

 僕はにこりと微笑んだまま孔雀石で出来たその箱を開けたがやっぱり何も起こらず、中は孔雀石で出来た無骨な空間が存在するだけだった。

「ほら」

「ちょ……っ、大丈夫かも分からないのに開けないで下さい!」

「と言っても、もう開けてしまいましたし――大丈夫だったでしょ?」

「それは事後にわかった事でしょう!貴方はもう少し慎重だと思っていたのに、裏切られましたっ」

 金切り声で喋るフィリアさんの言葉を半分以上聞き流しながら、僕はその箱をじぃっと眺めた。
 精巧な模様細工は確かに不思議な世界の入り口としては充分だったものだが――。なんだか、違和感ばかりが残る。

「これは誰から貰ったんですか?」

「近所の石切屋の方です。眺めていたら、こんなに素晴らしいものを下さると言ってくださって!」

 そんな素晴らしいものが、自らの命を脅かした事実を果たして覚えているのだろうか?
 彼女のとても嬉しそうな表情にため息をつきながら、先ほど出会った石切屋の青年を思い出していた。彼は設計図通りにそれを作るのだという。そして、それが出来るようになったのはある日突然だったという。
 なら、その能力は――。
 僕が考え事をしていると、フィリアさんがあの……と遠慮がちに僕の顔を覗いてくるので彼女をにこ目のまま正面から見ると、とても嬉しそうにでも照れくさそうに微笑んだ。

「あの、助けてくださいまして有難う御座いました」

「ああ。結果論に過ぎませんから」

 そこに至るまでの言動はとてもおかしかったけれど。
 結局自らがこの世界に戻るという目的を果たしたのだから、過程はどうあれフィリアさんを助けたのは結果論だったと言っても誰も否定しないだろう。
 寧ろ、胸に沸き起こったまさしく彼≠フような衝動に満ちた行動をしたと言ったほうが驚かれるに違いないから。

「それでも――その、嬉しかったですから」

 そんなことを言われる筋合いはどこにもない。
 僕はそれをどこかで肯定しながら、でも表面上は否定し、店番をしなくては!と慌しく出て行った彼女の姿を見ながら、自らもこの骨董屋を出た。
 そして、向かったのは先ほどの石切屋。
 頬こけたそれは孔雀石の粉を吸い込んで毒を常に含んでいるからだろう。
 生きることよりも大切なものを追うその顔は、正反対の感情だけれどもどこか僕ら魔族に共通するものを持っていた。

「少しばかりご質問しても?」

「ああ」

「――貴方が、設計図を見れるようになったのは何故だったのですか?」

 彼はその問いに、何処か夢見るような目で答えた。

「孔雀石の森に行ってからだ。
 俺は、最高の孔雀石を探して一時期旅をしていた。
 その途中、迷い込んだ森の奥で木も草も花も孔雀石で出来ている森を見つけた。
 綺麗な石ばかりにそれを持って帰ろうかと思っているとき、この世のものとは思えないほど神秘的で美しい女性に出会った。
 女性は俺に問うた。
 『孔雀石が欲しいのですか』
 と。
 俺は答えた。
 『ああ、そうして最高の細工をするのさ。もっとも、俺の腕には限界を感じるけどな』
 女性は微笑んで、
 『ならば、貴方に孔雀石を加工するための能力を授けましょう』
 と言った。
 すると俺は、目が眩んで気を失った。
 で、目を覚ますともう孔雀石の森はなく、ただの小屋に眠っていた。
 俺が孔雀石を見つけるとまるで設計図のように彫るべき絵柄が浮かび上がるのを見れるようになったのは、そのときからだった」

 やはり、あの空間は箱の中のみに存在する場所ではなかったようだった。
 彼にはそれほどの魔力は感じられなかったし、なにより彼の話に出てくる孔雀石の森は僕らが先ほどまでいた場所とまったく同じものだったから。
 恐らく、彼に授けた能力の魔力が彫られた孔雀石の箱に移り、そこからその孔雀石の森へと空間移動できるようになってしまったのだろう。
 予想もしなかったことに、孔雀石の森の住民は箱と森の行き来できる空間を塞ごうとした。
 それが、フィリアさんをあの石段の上で石化させる理由だったのだろう。
 まぁ、もっともその空間は既になくなってしまったのだから、彼らにはどちらでも良かったのかもしれないが。
 僕の孔雀石の細工板が何らかの反応を見せたのも、また同じ理由だったのだろう。
 まったく、はた迷惑な住人だ。

「なるほど――。有難う御座いました」

 人の良い笑顔を浮かべた青年は、やせこけた頬のまま僕を見送った。
 彼の寿命はもう直ぐ尽きるのだろうが、きっと悔いは無いに違いない。
 あれだけ、満足している笑顔を浮かべられるのならば。



      >>20060324 とまぁ、そんななんでもない話だったのです。



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