囚われ人の恋歌




 フィリアはセイルーン城の正門に立っていた。
 城を背景にして微笑んでいるのは、ピンク色の明るいドレスを身に纏ったリナリア。

「フィリアさん、この度は領地内で起こった事件を解決していただきありがとうございました」

 そう述べ、ぺこんっと一礼したリナリアにフィリアは緩く笑みを浮かべる。
 事件の後日談を軽く述べておくと、事件の首謀者と協力者であるルーシェルとファビアンをフィリアが魔法陣で意識を操り逃がし、彼らは未完成版重破斬から逃れることは出来たのだが、それと同時にファビアンに操られていたアンデットもどき達は制約から解放され全ての憎しみが彼へ向かったのか、ルーシェルが洗脳から解けファビアンを離した途端生き残っていた彼らが一気に襲い掛かり――ファビアンは死亡した。
 そして、ルーシェルとフィリアの証言により容疑者死亡のまま事件は幕を閉じたのである。
 その時ルーシェルが所有していた写本が焼かれてしまったことをフィリアは詫びだのだが、ルーシェルはいつもの調子で「お嬢さんを守れるのならば写本が焼かれたことなど本望です! 私にとってあの写本は未完成品でしかなかったですし」と軽く返事したのであった。
 そうして、ルーシェルとは別れこうしてフィリアはリナリアと向き合っている。

「一番いい形での解決ではなかったですけどね」

 リナリアの言葉は、暗に未完成版重破斬によって破壊された一部の土地について述べているもので、思わずフィリアは頬を引きつらせた。

「で、でも解決したんですし!」

「ええ。明らかにいわくつきの土地になりそうなあそこの処理については父さんが帰ってきてからじっくり検討したいと思っています」

 未完成重破斬が放たれた海辺は魚の一匹も寄り付かなくなったという。
 そして、完成版重破斬が放たれたサイラーグはもともと最もついていない都市ナンバーワンという不名誉な称号を手にしているため、重破斬が与える効果のほどは分からないが予防策を考えておくことが賢明である。

「それよりも――、フィリアさんはこれからどうなさるのですか?」

 冗談のようなやり取りから、突然真剣な表情で聞いてきたリナリアを見て、フィリアはごく普通に答えた。

「火竜王様の神殿へ行ってみようかと思っています」

「火竜王の神殿って……、以前フィリアさんが勤めていらっしゃったところですよね?」

「ええ」

 確認するように問いかけたリナリアに、フィリアは頷いた。
 フィリアにとっては火竜王の巫女であった頃は思い出にしてしまうほど遠い過去ではなかったが、リナリアにとってしてみれば生まれるよりも前の遠い過去なのだ。
 恐らく、フィリアが火竜王の巫女であったことは人伝いに(それこそアメリアや他の愉快な仲間たちから)聞いていたのだろうが、確証が持ていないのは当たり前のことである。

「どうしてですか?」

「知識を得たいんです」

 リナリアは首をかしげた。

「黄金竜が所有している知識を得たいのならば、竜たちの峰ドラゴンズ・ピークのほうが近いんじゃないですか?」

 もっともな質問に、フィリアはなんとも思っていないような口調で返答した。

「そうなんですけどね。でも、私は世界を巻き込むことを覚悟してゼロスを滅ぼそうとしている――この世界を守ろうとしている同族から見れば危険要素です。私が生まれた頃に降りた神託の件もありますし、下手に彼らを刺激するよりも遠回りでも黄金竜はおろかなにもいない火竜王様の神殿に行ったほうが同族にとっても私にとってもいいでしょう」

 そうして、時間はいくらでもありますしね、と付け足す。
 リナリアはそんなフィリアの淡々とした口調に、悲しそうな表情をした。

「――ごめんなさい、リナリアさん。貴方の優しい気持ちは本当に嬉しいんですよ。でも、私は我が儘なんです。私の我が儘に世界までつき合わせるつもりなんです。本当は、世界が滅んで欲しいだなんて思っていないのに」

「じゃあ」

 とてもとても辛そうにけれど崩すことのない真っ直ぐな瞳でそう述べたフィリアに、リナリアはにこりと笑った。悲しさを笑顔の中に押し込めて。

「私は、フィリアさんが世界を滅ぼさないように画策しますね。四方八方を尽くして、せめてこの世界が崩れてしまわないように」

 私にはフィリアさんを止めることはできないから、と少しだけ悲しげに呟く。
 フィリアはそんなリナリアの濡れたような漆黒の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「お願いします」

 そうして、フィリアは聖王都を離れた。
 まだ、彼女の旅は続く。



      >>20080718 次回への伏線を引いておしまい。



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