それは、無限にある虚無の中に1滴を落とすようなものだった。




      発芽の一滴




 赤眼の王は自らが作り上げた5つの部下を呼び寄せていた。
 呼びかけに応じ、人の形を取った暗闇そのものである彼らは主である赤眼の王に頭を垂れて敬意を示していた。
 赤眼の王はそれをなんてことの無いように一瞥すると、彼らの頭を上げさせただ淡々と述べた。

「我に敵対する赤竜の王は金色の竜を作り上げた。無論、それらの力は我らの足元も到底及ばないが策によっては量が力を勝る事がある。…そこでだ、汝らの力にて汝らの部下を作れ。さすれば、手足となる道具が増え我らの懇願するべき滅びにまた、近づく事が出来よう」

「我らが君」

「申してみよ、海の王よ」

 海の深層ような暗闇に近い青色を流れる絹のような髪に纏わせた、人の女の形を作り上げた暗闇の一端で海の王の名を赤眼の王から頂戴していたそれは、蒼き瞳を大いなる主に向けていた。
 赤眼の王はゆっくりと目を細めて己の力で生み出した部下を見ていた。

「我らの力では、数で圧倒できるほどの固体を作り上げる事は出来ませぬ」

 薄い赤みがかった唇から滑らかに紡ぎだされた言葉に、赤眼の王は人の形に作り上げたところで言う口角をゆっくりと上げて微笑を作り上げた。
 そう、それは分かっているのだと。

「分かっておる。微小たる同士は、沸き出でる虚無の中にあるそれ≠ェ作り上げるであろう。しかし、それはあくまで微小たるもの。我が汝らに命じているのは、汝らの次に力を持つものを作り上げる事。虚無の中にあるそれ≠ナは最早弱きものしか作れぬのでな」

 その言葉に御意、と5つの部下は頷いた。
 次に我らが君と質問したのは人の男性体を形取った覇の王の名を頂いたそれだった。

「どれくらい、等の指示は御座いますか?」

「それは、汝らに任せよう。汝らの手足となるものだ。よくと考えるといい」

 その言葉に困惑するような仕草を見せる同士に冥の王は提案した。

「数は多いほうがいいだろうが、力が弱くなってしまってはいかぬ。そこでどうだろう?それぞれ2体ずつ作り上げ、知に作り上げたほうを神官、力に作り上げたほうを将軍と名づけるというのは?2体もいれば手足となるには充分だろう」

「それでよかろう。5つの部下よ。汝らの働き、期待しておるぞ」

 そう言い残し、赤眼の王は消えた。
 ほぅ、と気を抜いた5つの部下は相容れぬようにそのまま精神世界へと消えていく中、その場に留まった獣の王は思案するように女性体を象ったその涼やかな顔の眉間に皺を寄せていた。
 それに気付いた魔竜の王は獣の王に話し掛けた。

「おう、どうしたよ?ゼラス。シャブラニグドゥ様の話に疑問でもあったのか?」

「そうではないわ」

 獣の王は即座に否定し、漆黒のような黒き目を魔竜の王に向けていた。
 魔竜の王はにぃっとまるで三日月のようにその炎のような瞳を曲げると顎に手を当て、獣の王を見ていた。

「じゃあなんだってんだ?疑問などないほどに知略家のあんたにしては珍しい」

「…貴方が考えなさ過ぎなのよ。ただ、直線に力を向ければそれでいいってものではないわ」

 その言葉を聞いてもただ大声で笑うだけの魔竜の王に、獣の王は眉を顰めたがそれでも魔竜の王は何一つ気にする様子はなかった。
 どこまでも一直線な魔竜の王の性質に赤眼の王は何を考えていたのか、と獣の王は少なからず考えたりもしたのだが――それは恐らく悠久の時を過ごしても答えの出るものではなかろう。

「フェブリゾはあのように言ったけれどね。私には2人の部下の面倒を見るほどの器用さはないわ」

 その言葉に一瞬きょとん、とした魔竜の王だったが、次の瞬間さっきと同じように声を出して笑った。その様子に、獣の王は少しばかりむっとしたように顔を歪ませた。
 その獣の王の表情の変化に慰めるように魔竜の王はぽんぽん、としなやかななで肩の獣の王の肩を叩くと、口角を上げてにやっと笑っていた。

「…ああ、だったら1人にすればいいじゃねぇか。あれは、あくまでフェブリゾの提案なんだ。わざわざ守ってやるほどのもでもないし、シャブラニグドゥ様も承知してくださるだろうよ」

 魔竜の王の言葉にようやく顔をこわばらせ考え込んでいた獣の王の表情が和らいだものに変化した。
 いつものように不遜で、知らないことなど何も無いのだといいたげな緩やかに微笑みを浮かべて静観を決め込んでいる、そんな表情に。

「そうね。そうするわ。私の作り上げた只1つの子に私の全てを叩き込む事にするわ」

 獣の王のあえて使った子≠ニいう表現に魔竜の王はただおかしそうに笑っていた。
 例えば、冥の王や覇の王であれば侮蔑するような表情を浮かべ、批判の一つや二つでも言っていた事であろう。だがしかし、この場に居るのは魔竜の王だけであり彼はそのような些細なことを気にするような性格に仕立て上げられた訳でもなく、寧ろ面白おかしく楽しむ性質であったのでただただ獣の王の発言を楽しんでいた。

「子、か。そんな考え方をするのはここじゃあ、お前だけだろうよ」

「…けれど、私のものを分け与えたのだから、そうでしょう?情や他のものに流される気など何一つないけれど、私はただ静かにそれの成長を見続けるのよ。例えどんなことになろうともね」

 緩やかに、その口角に微笑みを浮かべ耳に心地よく入ってくる音楽のように、魔族の考えとしてはかなり異質な言葉を発していた。
 それに対し魔竜の王はただ発言を楽しみおかしそうに笑っていたが、獣の王はそれでもいいと思っていた。
 もともと、獣の王は5つの部下の中でもかなりの変り種なのだ。今更、何がおかしかろうが彼らの宿命にそぐわなければそれでいいのだろう。と、獣の王は勝手に完結していた。
 魔竜の王は思わず生理的に出てきた涙をふき取るような仕草を見せると、獣の王に言った。

「それもまた一興ってか?」

「そうよ。だって自らで動かなくても面白い事がよってくるのならそれでいいでしょう?」

 ただ緩やかに笑みを浮かべている獣の王を眺めながら、魔竜の王はすぅっとその焔のように熱い瞳を細めた。
 口角を上げ、変り種の部下のその後を想像しながら。

「…ああ、非常にアンタらしいさ」

 それは確かにほんの些細な発言であり、その後を決める言葉でもあった。



 獣の王はひとり、精神世界のそこ≠ノある虚無に居た。
 己を司る魔力の流れを楽しみながら虚無の中に、雫を落とすように己の魔力を落とす。
 波紋が生まれ、力が作動し、それは同時にもっとも虚無に近く遠い現象を生み出す。
 獣の王は魔力の流れを意識しながら、波紋の中心にただひたすらに早くもなく遅くもなく己の魔力を注ぎ込んだ。
 自分の分身であり、子であり、部下であるそれを作り出すために。

「起きなさい」

 静かに言葉を発する。
 言葉の魔力すらも使うために。

「起きなさい、我が子よ。我が部下よ」

 虚無に獣の王の魔力が混同する。
 そうして、ゆっくりと1つの生命が生まれるための力が獣の王から消耗されていった。だがしかし、獣の王はその中心に魔力を注ぎ込む事を止める事はしない。
 ただ唯一のそれを作り上げるために、力を抜く事などはしない。
 それはまるで、母のように。

「目覚め、流れを作るのです」

 知らずに、死へと獣の王の身体は向かっていた。しかし、死は獣の王の全てではない。
 魔力はなおも、波紋の中心部に出来上がった黒き塊に注ぎ込まれる。

「世界の螺旋の一部へと繋がるのです」

 死の寸前に獣の王は力を注ぎ込む事を止めた。
 そうして、出来上がった黒き塊は、1つの意思を持ち、ゆっくりと誕生した。

「初めまして、獣王様」

 獣の王はゆったりと笑った。



      >>20051012 ついでにどうにも昇華し切れなかった没小話はこちらをクリック。



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