刹那遊戯




 向かい合うように男と女が居た。
 両手にナイフを握り、いつものようなシンプルだが優雅なドレスではなく、動きやすいようにと設計されている肌の露出の多い踊り子が着ているような布の服を身に纏い、表情を見せないまま紫がかった黒目を目の前の敵対者である男に向けていた。
 男はにやりと口角を上げ、刹那の快楽の予感に喜んでいるような、それでいてどこか子供じみたような笑顔をみせると大ぶりの剣を構えた。
 先に動いたのは女だった。
 くるりと前転をし間合いを詰めると両手のナイフをまるで腕のように動かし、抱きとめるように男の胴体を狙う。
 だがしかし、男は大ぶりの剣で器用にも素早くナイフを流す。
 かんかんかん、とリズムよく金属音が流れそれに乗せてまるで舞うかのように女は攻撃の手を休めない。
 男はその舞に付き合うように大ぶりの剣で全て流していく。それは、明らかに攻撃力重視の大剣である筈なのにスピードで負けている様子はまるで見えない。
 守り手のみになっているはずなのに、男の表情からは焦りはまるで見えず、愉悦のみが映し出されている。
 その様子に、女は素早く動きながらもくすりと笑い、さらに攻撃の手を早める。

「もうそろそろ――攻めに転じるか!」

 男は焦りなどまるで見せずに叫ぶと女の振るっていたナイフを素早く力をこめて跳ね飛ばし、その両手に一瞬の空白を生み出す。
 その刹那を逃さぬために一歩踏み出すが、女は素早く2〜3回バック転で後に逃げる。
 しかし、逃がさぬとばかりに男は間合いを詰めて剣を振りかぶった。
 上から下に降ろされる瞬間、女はその剣を両手のナイフをクロスさせる事によって止める。
 確かに力差があるはずなのに、全く力負けしていない女は上から振り下ろされている剣をあっさり弾くと開いた隙間に詰めるとナイフを突き刺す。――が、その前に身体をそらされ、空振りに終わった。
 後に反り返り、手をついた男は足を振り上げ女の手首を狙う。
 狙いはあたり、ナイフは女の手を離れ数メートル離れた後の地面へと突き刺さった。

「くっ」

 ここで、初めて焦ったような声を出した女は既に体制を戻していた男と向き合った。
 間髪いれずに大ぶりの剣を降るう男の力にナイフ一本のみではさすがに敵うはずも無く、押されぎみに大剣にしては素早い動きのそれを受け止めならがらも表情を歪めた。

「――終わりだな」

 にやり、と楽しそうに笑った男は命一杯の力をこめもう一つのナイフを女の手からすべり落とさせると、その胸につきたてるように動かし――寸前で留めた。
 切っ先を向けられているにもかかわらず、女ははぁと深いため息をついてそれを邪魔だと言いたげに指を切っ先に当てて避けるように右に動かした。
 男は促されるままに大剣を鞘に収めると、地面から突如出現した椅子に座った。
 その様子を確かめながら、女は立ち上がると手をさっと出す。すると地面に突き刺さっていたナイフはくるくると回転しながら宙を舞い、女の手に収まった。
 次の瞬間には手の中にあったナイフは消え去り、男と向かい合わせにせり出した椅子に座ると、手の中に煙管が収まっていた。
 女はそれを普通の事のように受け止めると、すぅっと煙管から通る煙を吸った。

「やっぱり、ゼラスじゃあ役不足か」

「…私はそれほど武器の扱いに長けている訳じゃないからね」

 ゼラスと呼ばれた女は別に悔しがる様子を見せるわけでもなく、ごくごく普通の事のように表情を変えぬまま、吸った煙をふぅと吐き出した。
 向かい合わせに座っている男に煙がかかるが、男は別段嫌がる気配も見せないまま不機嫌そうに顔を歪めた。

「なかなかタメをはれる奴がいねぇからなぁ」

「グラウシェラーにでも頼めば良いじゃないの。私よりは楽しめると思うけれどね」

 ゼラスがなんてことの無いように言うとその男は参ったように顔に手を当ててはぁ、と深いため息を漏らした。

「――アイツとはそりが合わなくてなぁ」

「まぁ、魔族同士でそりがあってつるんでいるのも如何なものかしらと思うわね」

「アンタは俺とつるんでるじゃねぇか」

 その言葉にゼラスは煙管を指に挟んで持つと、にやりと口角を上げて妖艶な笑みを作った。
 普通の人間がそれを見ていたのなら、恐らくその妖艶さに骨抜きにされていたことだろう。が、しかし目の前の男には何ら通じる事はない。
 恐らく、いつもながら一体何を考えているんだか、とでも思っているに違いない。

「私はいいのよ。魔族の概念よりも楽しいことを優先するわ。まぁ、もっとも私たちの最終目標をないがしろにするつもりなんて何処にもないけれどね」

「まぁ、アンタはそういう奴だろうな」

 男は豪快に笑うと立ち上がった。
 瞬間、椅子はどこかに消えうせる。
 首の凝りをほぐすように左右に首を傾げると、にやりと笑って男は言った。

「また、遊ぼうぜ?」

「じゃあ、今度は魔法も使っていいかしら?そうじゃなければフェアじゃないわ」

「いいぜ。でも、それでも負けたからって本体同士で競おうとか言うんじゃねぇよ?」

「もちろん。なんでも枷がなければつまらないわ」

 ゼラスがすっと立ち上がると椅子は消え去り、煙管を持っていたはずの手には杖があった。
 滑らかな長い黒髪を風に遊ばせ、目の前の男の燃えるような赤い髪をただ楽しげに眺める。

「さぁ、始めましょう?」



      >>20060202 実はハムナプトラ2の女同士の戦闘シーンが元ネタ。



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