私は何処に行くのだろうか。
 私は何を目指すのだろうか。
 私は何をしたいのだろうか。
 私は……何者なのだろうか。




      自己認識




 永遠に続くのではないかと思えるような、森の中に存在する街道をただひたすら前に進んで歩いていた。
 彼女に敬意を表して切り落とした髪は、さらさらと首元を撫でる。
 もちろん、彼女が腰までの長い髪を突然ショートカットにすることだってありえるのだと思っている。けれど、彼女はあの栗色の長い髪を風に舞わせて呪文を唱える姿が完成形なのだと私は勝手に思っているから、模造品である私は素晴らしく大胆で勇猛で知識に優れ魔法も剣も操れる彼女とは違うのだと、髪を切り落としたのだ。
 本当ならば彼女の身に纏う衣服に似せて作られたバンダナや服、剣なども替えたかったのだが、いかんせん防御力が高かったので、買い換えるにも不便でそのまま使っている。
 その姿は、髪が短いことを除けば盗賊狩りロバーズ・キラーやどらまた等の悪名を冠するリナ=インバースそのものなのだろう。しかし、所詮噂の領域から出ない彼女の姿はショートカットというだけで随分間違われる回数は少ない。
 それでも旅をしてる所以か、彼女のことを見たことがあり彼女をリナ=インバースだと認識している人からは彼女と間違われる事があったので、赤の他人ですとか双子の妹なんですとか適当な嘘をついておいた(ちなみに後者は本人から許可を取っている)。
 それよりも簡単なのは、どこかに定住地を持ち彼女と同じ職業をしないことなのだろうが、それは私にはまだ無理だ。
 私は生まれも育ちもない模造品だ。
 突然彼女と同じ姿に作り上げられ、勝手にぽいっと放置された。
 記憶喪失と銘打った私の周りには、何故だか彼女縁の人物ばかりが集まった。
 それ故に私は彼女と同じ性格になったのかもしれないし、違うのかもしれない。
 私を作り出した獣王グレーター・ビースト配下のヴァルハムはもちろん、獣王や獣神官プリーストが施したものなど私には知りようがなかったのだから。
 しかし、私と同じ姿をした――私と同じ目的で作られた模造品は必ずしも彼女と同じ性格をしていたわけじゃない。寧ろ、どこか作り物めいてさえいて、私は怖くなったものだった。
 まるで別の私が其処にいるようで。
 彼女と私の違いは何?
 オリジナルとコピーの違いは?
 私には何一つとして分からなかったからこそ、こうして旅を続けているのだろう。
 私が"私"である所以を探して。
 模造品でも大量生産の結果でもない、確固たる私を探して。

 私は纏わりつくショートカットの髪をふわりと撫でた。
 模造品だと知る前には光に映えるような栗色だったその髪の色は、どんどんと暗い影を落としていてこげ茶色ぐらいに黒くなっていた。
 人間というものは、髪を染めない限りは髪の色なんて老化現象以外ではそうそう変わるものじゃない。勿論、それは強めのシャンプーだったり精神状態だったりにも左右するのだろうけれど、いずれも色がどんどん薄くなっていくのが一般的で、濃くなるだなんて私は聞いたことがなかった。
 これは、何かのサインではないだろうかと思う。
 私は人間かどうかすらもわからないのだ。ホムンクルスらしいが実際何を掛け合わせて作られていても可笑しくないだろう。所詮、作られた身でしかないのだから。
 だからといって、この先にあるものに怯えずに居られるほど私は大人ではなかったし、達観している訳でも逃げている訳でもなかった。
 行き着く町、行き着く町で何かヒントはないだろうかと文献を広くどうでもいい分野に及ぶまで読んでいる。
 それは、所詮自分を落ち着かせる自己満足でしかないことなど知っていたが、それでもせずにはいられなかった。話された事実を鵜呑みにして笑っていられるほど私は強くなどなかったのだ。

「お悩みのようですね? リナさん。……いいえ、今はファインさんでしたね」

 目の前に現れたのは、以前間接的に関わり障害となって立ち塞がり、ガウリイ達と倒したと思った一家に一台は居る謎の獣神官ことゼロスだった。
 私は彼の存在に眉をひそめた。
 何を隠そう、私を作り出したのはこの人たちであることは間違いないのだから。
 私が全てを知り、獣王を打ち破りオリジナルである囚われの身であったリナを解放したときに自ら名付けた名前を呼んだゼロスは、あいも変わらず全く読めないニコニコ顔だった。

「あら、ゼロス。滅びなかったのね」

「ええ。人間ごときに僕も獣王様も滅びる訳がないでしょう? あれは、見事華麗に踊って下さった貴方がたへの感謝の意を示しただけです」

 まぁ、敬意を示してくれただけでも良しとしなくてはいけないのだろう。
 本来、万全の体制で挑んだ彼らに人間である私達が勝てるわけがないのだ。
 その力量差ははっきりしているし、獣王と同じ位置に属していた冥王ヘルマスターだってリナの禁じられた呪文によって降りてきたあの方が倒したようなものだった。
 その時ゼロスに挑んだ私達には、決定的に必殺技というものが欠けていた。
 リナが持っていた禁じ手の魔法すらも、リナが捕らえられていたことにより不可能だったのだし。
 そう考えれば、あの時の勝利が彼らを滅びに追いやるものでないことすらも簡単に読めた。
 せいぜい、死を与える事ぐらいしか出来なかったのではないだろうか。……もっとも、それすらも不可能に近いのだけれど。

「そう。そんなこといいのだけれど。愉快な事は好むのに無駄な事は好まないアンタのことだから、私に教えてくれるのでしょう? 私のことを」

「ええ。質問に答えられる範囲でしたら……。といっても、立ち話では無粋でしょうからピクニックでもしましょうか」

 そう言って、ド●えもんよろしく何処からともなく水筒とシートとお菓子の入ったバスケットをちゃちゃちゃっちゃちゃーん、と効果音をつけながら取り出したゼロスは、浮遊レビ・テーションを唱えて空を飛ぶ。
 私もそれに合わせて浮遊を唱えると続く森でも少しせり出した丘の上に降り立つと、シートをざぁっと敷いて手際よくバスケットから甘いジャムとスコーンを取り出すと中央に置き、水筒からさっと二人分の香茶をまた何処から取り出したかティーカップに注いで、ちょんちょんと向かい合わせに置いた。

「どうぞお座りください」

 ふむ、魔族の癖に礼儀正しいものだと感心しながら、私は誘われるままにシートの上に座った。
 さわさわと風に揺れる、温かい青空は目の前の陰気な魔族にはまるで似合わない正の世界であった。やっぱり、精神体である魔族は天気の良し悪しにも振り回されるのかしら、と私は妙なことを考えて思わずくすりと笑っていた。

「思い出し笑いですか?」

「いいえ。妄想笑いよ」

「……気味の悪さが倍増しているような気がするのですが……」

「そんなことを気にして魔族なんてやっていられるの?」

「魔族とは繊細な生き物なのですよ」

 そんな戯言をほざきながら香茶を啜るゼロスを見ながら、冗談でも本当でも面白いわ、なんて思った。
 中央においてあるスコーンに手を出し、苺ジャムをつけて食べる。ビスケットよりははるかに柔らかいのにパンよりははるかにさくさく感のあるそれは苺ジャムの美味しさも相まって、口当たりの良い美味しいものだった。
 そうしながら香茶を飲むと甘さがすぅっと消えてなくなって柔らかな匂いが残るものだから、香茶に良く合うものだわ、スコーンって。なんて思った。

「さっさと本題に入りましょうか。アンタと一緒に居るだなんて精神衛生上良くないしね」

「そうですか? 僕はもう少しファインさんと戯れていて平気なのですが」

「仕事をしなさい、仕事を」

 ほんと、この姿が魔族らしいのか魔族にあるまじきものなのか全く分からない。
 なんとかと天才は紙一重なんていうけれど、まさにそれだわ、と先人の作った言葉は尊いものだと感心していた。

「――で。結局、私は何者なの?」

 それは、私が一番聞きたかったことだ。
 ゼロスにとって人間ではないものですよ、と答えるのが恐らく食事にありつくには安易な方法なのだろうけれど、魔族という存在は嘘をついてしまうと自身にダメージを食らう生き物(といっても、彼は必要なことを喋らずに誤解させる事が大得意のようではあったが)なので、話し合いを応じる場面を作り出したところからほぼそれは秘密ですなどという誤魔化しをいれないのではないかと思った。
 にこにこと私を見たゼロスは表情をこれっぽっちも変えずに言った。

「ほぼ、人間に近いものですよ。その辺りは安心してください」

「"ほぼ"とか"もの"とか入れられると、全く安心できないのだけれど?」

「それは僕らの都合もありますからね。いざという時のためにいろいろと小細工を入れましたし、なによりも発生条件や育ち方が人間のそれとはまるで違うでしょう?」

 確かにね、と私はため息混じりに呟くしかなかった。
 リナの代わりを求められた模造品をゼロスが幼少期からご丁寧に育てた訳ではないので、私は意識を持ったときには既にリナと同い年の美少女魔道士だった。
 その前の記憶がないのだから、他の人間との違いという奴を意識する事は出来なかったが、リナの模造品だと分かった時点でそれを予測する事は簡単だった。

「じゃあ、なんで今更私の髪の色が変化しているの? リナの模造品でしかない私にリナと同じような年の変化は必要だとしても、髪の色の変化なんてそれほど必要には思えないわ。まぁ、年を意識した白髪だって言うのなら納得するけれど」

「ああ。それは簡単な理屈ですよ」

 ゼロスはなんてことのないようににこにこと胡散臭い笑顔を浮かべながら、さらりと言った。

「貴方が髪を切ったからです。僕達は貴方があくまでリナさんであることを望みましたから。その爪の先から髪の先にまで術印を施させて頂きました。髪を切ったことで、恐らく術印のバランスが崩れたのでしょう」

「……なんで、そこまでリナであることにこだわった訳? アンタ達に感情の機微による人間の力の変化なんて判らないでしょうに」

「リナさんが冥王様を倒せたのは魔力の高さでも豊富な知識でもありませんでした。あの程度の魔力の高い人物など模造品を作り出す必要などなくどこにでもいるでしょうし、知識欲といえども……まぁ、あのお方の呪文を発動できる程度には発想力も頭の回転も速いのでしょうけれど……それでも、人並みから逸脱している訳ではありません」

 ただ、リナさんが他の方と例えば力のある黄金竜やエルフなどと違ったのは――。とゼロスは続けた。
 にこりと笑いながら、それでも理解できないように他人事のまま。

「あくまで生きることに執着したあの姿勢と、――本人は否定するでしょうがガウリイさんへの思いでしょうね」

 ああ、なるほど。と私は其処で初めて納得した。
 何故私がコピーリナであることを彼らが望んだのか。
 私は記憶喪失だったけれど、何故全ての模造品にあの方の呪文を教えなかったのか。
 彼らは彼女のような強い精神を持ち、強い考え方を持つことを望んでいたのだ。
 ただの操り人形では自分たちの滅びに役に立たないことを理解していたのだろう。まぁ、恐らくヴァルハム辺りは分かっていなかっただろうけれど。
 恐らく気の遠くなるような時を過ごし人を利用し、人を知り尽くした彼らだからこそ分かったのかもしれない。もしくは、面白いことが好きなゼロスだったからこそ。

「じゃあ、最後の質問だけ」

「はい。なんでしょう」

「――私の寿命は人間と一緒なの?」

 その言葉に、ゼロスは初めて一瞬押し黙ったがそれでもにこにこと微笑んでいた。

「一緒のつもりです。ただ、貴方に施した術印の歪みがどう影響しているかは分かりませんけれど」

「そう。まぁ、分からないよりは良かったわ。わざわざ有難う」

 私は香茶をこくりと飲むと立ち上がった。
 本当に、空は良く晴れている。
 雲ひとつない晴天だわ。――リナが一緒にいることを望んだ彼の目のように。

「ねぇ、ゼロス。何故今更教えてくれるの?」

「僕は貴方の基礎設計を行いました。大量生産したのがヴァルハムさんだとしても、遺伝子構造がリナさんで設計者が僕ならば、まるでリナさんが母で僕が父のようでしょう?」

「それ聞いたらリナ、アンタの事怒りでぼこぼこにすると思うけど?」

「本人を目の前にして言うつもりなんてありません。――つまり、偶には必要のないおせっかい精神が働いたのですよ」

「まぁ、似合わない」

「そうですね」

 私は大げさに笑って、ゼロスはあいも変わらずにこにこと微笑むだけだったけれど。
 美味しいスコーンと香茶なんてゼロスには似合わないものを出してくれたことを感謝して。
 彼にさようならの挨拶も告げずに翔風界レイ・ウィングを唱えた。



      >>20061009 それ以上にガウリイがぼこぼこにすると思います。



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