本質なる核
「随分悪趣味じゃねぇか」
其処は永遠に変わらない場所だった。
精巧なる大理石の床に、柔らかな絨毯は靴で乗っているというのに汚れる事はない。絡みつく蔦をイメージした冷たい椅子に座る屋敷の主は、皮肉をこめて言った俺の言葉に対してただ緩やかに微笑むだけだった。
変わることのない優美な笑みを弧に描いて。
「あら、魔族なんて悪趣味なものよ」
「それにしたって、アンタが俺の妻だなんてどんな冗談だ?」
椅子に座る屋敷の主――
獣王
(
グレーター・ビースト
)
ゼラス=メタリオムはくすくすと楽しげに笑っただけだった。
彼女(この呼び名も正しく当てはまるかは定かではない)は俺の同僚ではあったが妻ではない。彼女はそして俺は、そのような感情を所有できないし所有してはならないのだから。――魔族という生きとし生けるものの天敵であるかぎり。
「楽しかったわよ。何も知らない貴方を見ているのも、小説を書いているのも、子供を成したのも――ね」
俺がまだ自身を魔竜王ガーヴだと認識していない――そう
水竜王
(
アクア・ロード
)
の策略により人間へと転生させられてしまっていたとき、ゼラスは恐らく人間であった俺を魔竜王ガーヴだと承知の上で近づき結婚をし子供を成した。
「おおよそは読めたんだが、そっちの策略を教えてくれねぇか?」
確認の意味をこめてそう言うと、ゼラスは微笑んだままどこからともなく出てきた血のように赤いワインを少しばかり飲んだ。
「貴方が魔竜王だと思い出したのはほぼ偶然によるものよ。私は早いうちに貴方を見つけて、妻の座についた。それは監視の意味と、人間だと誤認していた貴方にとって大切なものを作る意味があった。守るものがあるものは強いけれど弱い――諸刃の刃のようなものだからね。大切なものを作り、そこから切り崩せば貴方が自身を魔竜王だと思い出すかと考えた」
けれど――とゼラスは楽しげに笑った。
立ったままだった俺はどうにも面倒になってきて椅子を持ち出すと、座り肘掛に肘を立てると頬をついた。
「けれど、なんだか人間でも貴方は貴方のままだったし、このままでも別に良いかと思って静観していたのだけれど――とんだ邪魔が入っちゃってね」
「あの参謀か」
思い出すのは、城で会った胡散臭い参謀。
今考えれば、あれは魔族だったのだ。あの時は人間相手にしかしていなかったので魔族を見分ける術など持ち合わせていなかった。
「その前から。元々貴方が暮らしていた国と隣国が戦争するきっかけを作ったのが魔族でね」
別に邪魔する必要もなかったから邪魔しなかったのだけれど。とゼラスは笑った。
なるほど、魔族にとって戦争という行動は生きとし生けるものを疲弊させるだけではなく、其処から出る負の感情を食べるという要因も持ち合わせているので、当然の行動だ。
それを同じ魔族であるゼラスが咎めるようなことはなかったのだろう。当たり前のことだ。
「でもまぁ、死ぬ前には貴方が魔竜王だということを思いだして欲しかったから丁度いいのかもしれないわ」
予定調和の範囲内ということなのだろう。
確かにこの程度の誤差であれば、問題視すべきことではないだろう。
そんな風にこれまでの経過の疑問が解決したところで、ふと自分達に出来た子供のことを思い出した。
「そういえば、子供はどうなったんだ? 大体俺とアンタに子供が出来るたぁ思わなかったんだが」
人一人いない状態で戦場で自らを思い出した後、俺は自国に行ってみたのだ。
確かに其処には何も残ってはいなかった。
最大呪文を使われたかのように――もしくはそれ以上に人や建物が全て綺麗さっぱりと無くなっていた。
戦場での敵国の情報は本当だったらしい。
そう思い返しながら、根本的な生命に関する疑問も問うた。もともと俺達魔族に生殖能力は存在しない。自身の魔力を分け与えることで部下を作成することは出来るが、子供という概念を持たない。それは悠久の時間を生きる魔族だからだろう。
ゼラスはにこりと笑って先に後者の質問に答えた。
「貴方の魂は確かに魔族であるけれど、肉体はあくまで"人間"だもの。どうやら予定以外のものを体内に含んだことにより子供が出来たみたいだわ。――まぁ、あの子は四分の一程度が人間だといえるのかしらね?」
確かにゼラスは完全に魔族であったし、俺は肉体は人間であってもその魂は魔族だった。
そう考えれば四分の一程度になるのだろう。
「それとあの子は逃がしたわよ。彼は賢い子だから私が魔族であることも貴方が自覚していないだけで魔族であることも納得してくれた。その上で私の下につくという選択肢を蹴り一人で生きることにしたわ」
「……まぁ、あれはほとんどアンタに似ていたからな」
「気質はまるで貴方だったけれどね」
ゼラスも俺も声を上げて笑った。
まさか、彼女と子供の話をするだなんて数千年数万年前には想像もできやしなかった。確かに、他の腹心と比べればつるむ回数は多かったのだが。
「アンタは子供を生んで良かったのか?」
魔族であれば、命を育むなど無駄な行為はしない。それは自身の命題が混沌の回帰でありそれはイコール全ての命の死を現していたからだ。
腹心が魔力を行使して部下を作ったのは都合の良い手駒を作るためであり、子供を作ったという概念ではない(必ずしも例外は存在するが)。だからこそ、魔族でありながら子を孕むことを許容し擬似の体内で殺すことなく生み出したゼラスの行動はあまり理解できなかった。子を孕んでいる期間はその重みゆえに明らかに自身の戦闘能力が落ちるのだから。
「面白かったわ。まさか私が人間の真似事をするだなんてこれっぽっちも想像していなかったのだし。一時の遊戯には適していたんじゃなくて?」
それは、ゼラスらしい理由であり言葉であった。
面白いもの好きという気質はどこまでも動いていくらしい。
「それはそうかもしれねぇな」
「貴方と一時でも共に暮らしたのも戯れ程度には楽しかったわ」
「そりゃあ良かった」
本当に良かったなどと思ったわけではないが、別段不愉快に思ったわけでもなかったのでぞんざいな口調で優美に微笑み続けるゼラスに言葉を返した。
「ねぇ、ガーヴ。貴方は変わった?」
ゼラスは微笑んだまま聞いてきた。
それは、恐らく水竜王の策略前の俺と今の俺に違いがあるかという質問だったのだろう。
人間時代に感じた人間らしさや生きることへの執念は魔族である今の俺にどう影響してくるのだろうか?
「さぁな」
そうとしか答えられなかった。
>>20070207
反乱の理由がこういうところにあればいいなァという妄想でした。
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