これ以上森に居ても意味がなかったので、私達は街へ戻ることにした。
荷物も宿屋に置きっぱなしであったため、そのまま街を迂回して別な場所へいくこともできなかったのである。
「街の人たちの時が動いているといいんだけど……」
もし、唄を歌っていた彼女――ジーウがいなくなっても彼らの時が止まっていたのならば、魔法効力が魔方陣のように長期続いていく設定なのだろう。それを解くとなれば私が独自に調べるよりも近くの町にある魔道士協会へ現状報告をしたほうが早い。……なにより、私たちは神官から無茶なゲームを仕掛けられているので悠長に調査をする暇などないのだ。それがなければ、調査するのも面白いと思うのだが。
「動いてたら動いていたで、困るけれどな」
いささか面倒そうに、レオンが呟いた。
確かにその通りであるので、まぁねと私も肯定する。
時が止まった彼らにしてみれば、突如森から出てきた私たちはただの不振人物だ。しかも、ジーウと私の顔はまったく一緒である。
森に移動した魔道士を目撃した人が、髪型や色に惑わされず気がついたのならば、自分たちの時を止めた輩だと報復されるかもしれない。
「まぁ、疑われたのならばさっさとこの町から逃げてしまえばいいでしょ。どうせ、この町にはもう用はないんだしね」
仕事で来たレオンは目的を達成しているし、私にいたっては観光見物のようなノリで来ていたので、留まる理由は特にない。
「最悪、宿屋に置いてきた荷物を捨てる覚悟でいなきゃいけないな」
なんてことなしに述べるレオンに、私はうぐ、と言葉が詰まる。
「……まぁ、買い換えられるだからいいけど――、お金がぁぁぁ!」
もちろん、硬貨は身に着けているのだが、宿屋に置いてある荷物の中には盗賊たちから奪い取った宝や魔法の護符化してある宝石などがあるのだ。
これまでの私の苦労が水の泡になるのはとてもきつい。
もしそうなってしまったのなら、神官のゲームなんぞよりもまずは盗賊狩りをしなくては!
「あきらめろ」
「レオン、自分に関係ないからってあっさり言わないでよね! もし、荷物置いていくことになったら、アンタも強制で盗賊狩りに連行するんだからっ」
「知るか、勝手にやってろ」
彼は吐き捨てるようにそう述べた。
クールを気取っている様が本当に腹の立つ男である。
レオンの言動に腹を立てながら、他愛もない話が終わることにはさほど広くもない森を抜けていた。
するとジーウの魔法の効力が解けていたのか、目の前には老若男女が集まっている。
これは本当に宿屋にある荷物を捨てなければいけないのかと半ば絶望に陥っていたとき、町の入り口付近で見かけていた頭が残念な感じになっている中年男性がずいっと私達へよってきた。
逃げることも考えて、ぐっと足元に力を入れていたのだが――。
「君達だね、あの元凶を止めてくれたのは!」
にこにことひどく嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼は私の手を握りそう述べた。
……ええっと、突然手を握られても……。
「あの、なぜ私達が事件を解決したと?」
とりあえず、一番の疑問がそこだったので問いかけてみると、男性はにこにこと嬉しそうに答えてくれた。
「身体は時を止めていたが、思考はそのまま動いていたんだ。どうやら、あの唄は思考を止めるほどの効力はなかったらしい」
ふむ、ジーウの唄は人間の肉体のみの時を止める効力だったのだろう。
それだと時を止めるというよりは肉体に呪縛をかける、といったほうが正しいのだろうか?
まぁ、結局ジーウの唄は肉体の老化が目に見えるほど続かなかったのだから、正確な部分はわからないだろう。
けれど、思考を縛らないというのはわかる気がする。
なぜならば、ジーウが歌うよう全身に術印を刻みつけたのが、人間の負の感情を食料とする魔族なのだから。
「身体が動かない状態で、君達があの唄が聞こえる森の方向へ走り去っていったのを数人が目撃していてね。動けるようになった後、その証言を聞き恐らく君たちが事件を解決したのだろう、という結論に達しここで待っていたのだよ」
なるほど、それは当然の結論だろう。
実際に事件を解決したのは、私達なのだし。――解決したなどといっても、ひどい解決の仕方であったものの。
「さぁ、みなで礼を言いたいからぜひ来てほしい!」
にこにこと否応なしにつかまれた手を引っ張られ、私はさすがに
爆炎舞
(
バースト・ロンド
)
を放つこともできず隣に居たはずのレオンをちらりと後ろ目に見ると、しようがないと言いたげに首を横に振った。
取り囲まれるように街中を歩くと、即席で用意したのか人々は紙ふぶきを私たちの頭上へ投げ、祝福のモードに入っている。
そして、無断で泊まっていた宿屋に着くと大きな拍手で一階の食堂の中心に連れてこられた。
目の前には、帳簿が置いてあったカウンターの中にいた中年女性が私達をにこにことした表情で見ているので、非常に申し訳ない気持ちになる。
「ああ、気にしなくていいんだよ! あんたたちが私らをこうして動けるようにしてくれたんだし。つまり命の恩人のようなもんだからね! 金なんか気にせず、何日でもここに居ておくれ」
にこにこと微笑むおばちゃんに、私は顔を引きつらせ笑うことしかできなかった。
明るかった空も暗闇に染まり、私たちはどうにか彼らの宴会から抜け出すと無断拝借していた部屋へと行った。
今のままで居るのはさすがに嫌だったので、シャワーを簡潔に浴び服を着替えてしまうとおきっぱなしにしていた荷物を持つ。
するとノックと共に扉が開かれ、旅支度を済ませたレオンが部屋に入ってくる。
「用意は済んだか?」
「ええ、行きましょう」
そう述べると、私たちは窓の外へ視界をめぐらせ人気のない裏側の窓から
浮遊
(
レビテーション
)
で地面に着地すると、音を立てぬまま未だ騒ぐクロノスを出た。
闇夜は喧騒を飲み込み、普段聞こえないような木々のざわめく音や冷たい風が通り過ぎる音、私たちが歩く音すらも反響し大きくさせる。
「あーあ、ゼロスがあんな面倒なゲームしかけなければ当分飲み食いタダだったのに」
夜道を歩きながらそんな風に話をレオンに振ると、彼はひどく面倒そうな表情をした。
「アンタがその面倒を引き起こしたんだろ」
まぁ、確かにレオンはまったく何にも関係がなかったのに巻き込まれてしまったのだ。
その点に関しては、さすがの私も申し訳がないとしか言いようがない。
というか、全ての元凶はあの神官で私も被害者なのだけれど。
「うぐ……、それはゴメンってば! ちゃんとアンタのこと守ったげるからっ」
いくら被害者とはいえ、巻き込んだのは私であったので言い返せずそう述べると、彼はため息をつき私を見た。
「しょうがない……アンタの面倒には付き合うが、その代わりこっちの都合にも付き合ってもらうぞ」
「分かっているわよ。ジーウの伝言届けに行くんでしょ? それに反対なんかしないわよ」
私の手にかかり亡くなったあの子は、姉妹みたいなものなのだ。
その子の親愛なる人へ向けた最後の言葉を届けるのに、なにを反対するというのか。
「じゃあ、これから月が満ちるまで――よろしくね、レオン」
気を取り直して手を差し出すと、レオンは複雑な表情で私の手を見て言った。
「非常に不本意ではあるが、よろしく頼む」
私達は、握手を交わす。
こうして月が満ちるまでのゲームが開始された。
>>20100605
続きはできるんでしょうかね?
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