休む場所




 風から寒さから暑さから身を守ってくれる外套がぼろぼろになり買い換えなければいけない、と思う頃。
 僕達は一件の茶屋の前に居た。
 そこは旅人の羽根を休めるために出来たこじんまりとした小さな一軒で、他に店は見当たらない。というのも、街道に沿っているが街から離れているため、仕入れをするには不便な位置に存在しているからだ。――こう思えるようになったのも、僕が彼の後をついて何年も旅を続けた結果に過ぎないのだけれど。
 僕が旅に出るきっかけとなり、そして僕が背中を追い続けている目の前の"漢"は少し躊躇うように扉の取っ手を持って一拍呼吸を整えるように動かなかったが、――次の瞬間にはそんな躊躇いなどなかったかのように至って普通に扉を開けた。

「いらっしゃーい!」

 元気の良い、朗らかな女性の声が聞こえる。

「あ、アキラさんじゃないですか!」

 そして、彼女が彼を認識した声も。
 その時の彼――アキラの様子を見ることが出来なかった僕は、なんだかいらいらしてその背中を蹴って中に入りたい気分になったのだが、それをさせてくれる人じゃないことも重々に分かっていたのでぐぅっと抑えておいた。

「あれ? 時人さんも一緒なんですよね? お疲れでしょうから、中に入ってください」

 僕がアキラに付いていったとほとんど面識のない彼女に言った覚えなどないのだが、共通の知り合いは幾らでも居る(例えば鬼眼の狂とか)。それを考えれば、彼女が僕とアキラが一緒に旅をしていると知っていてもおかしくないだろう。
 そう思い、自分を納得させると僕は茶屋の中に入った。

「やぁ」

 僕はあまり面識のないこの人にどう挨拶をすればいいのか分からず一言で済ませると、彼女は少しおかしそうにくすりと笑った。

「今日和、時人さん。どうぞ、座ってください。あ、アキラさんもね」

「ええ、そうですね」

 茶屋に備わっている真ん中の席にアキラと向かい合わせになるように座ると、ふぅとため息をついて壁にかけてあるお品書きに目を通した。
 が、あるものがなく僕は唇を尖らせた。

「ねぇ、プリン置いてないわけ?」

「え? ああ、そうですね。……時人さんはプリンが好きなんですか?」

「あれほどおいしいのになんで好きじゃないのさ。そっちのほうが理解しがたいね」

「時人! 我が儘言うんじゃありませんよ」

 耐えかねたのか、アキラは僕に向かって叱咤するような強い声を発した。
 僕だってそれが我が儘であることなんて重々承知しているさ。けれど、元の性格なんて早々矯正できるものじゃあないだろう?
 ぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向くと、彼女は困ったように眉をへの字にしながらも微笑を浮かばせた。

「そんなに時人さんを怒らないでください。次、お二人がいらっしゃるときまでプリンと……あ、あと苺ミルク味のカキ氷、メニューに用意しておきますから」

 その言葉にちらりとアキラを見ると慌てて少し頬を赤らめていた。
 まるで、好きな人を前にして戸惑い照れてしまうような行動だ。僕はそんな様子を見ながら、なんだか無性に不愉快になって彼の横顔をぶん殴りたい衝動に駆られた。

「ゆ、ゆやさん! なぜ、私の好物を?」

「いつだったか、狂に聞いたんですよ。どんな流れで好物の話になったのかは忘れたんですけれど」

 にこり、と微笑む彼女にアキラはどこか緊張したような、戸惑ったような雰囲気でかすかに頬を上気させているものだから、僕は思わずがたりと立ち上がった。
 ――これ以上見ていたくない。
 咄嗟に湧き上がった思いに僕はその原因がとこにあるのかとか考えることも出来ずに、ただ身体が動いていた。

「――外、行ってくる!」

「時人?」

 アキラは不思議そうに僕の名前を呼んだけれど、それは僕の衝動を止めるほど威力は持っていなくて。
 がたがたと椅子を蹴飛ばし僕は茶屋の外に出ていた。
 茶屋の前は街道が整備されて存在しているが、周りを囲むのは深い木々だ。僕は何も考えずに街道を横切ると真っ直ぐ森の中へ入っていった。
 さやさやと葉が涼やかな音を立てる。
 いつの間にか足はゆったりと歩くペースになり、はぁはぁと上がった息を整えながら不安定な土の上を歩いていた。

「はぁ」

 僕は思わずため息を吐いていた。
 冷静になればなるほど、逃げなくても良かったんじゃないかと思う。
 でも、逃げずにはいられなかったのだ。ゆやに向けたアキラの表情は僕に向けるものとはまるで違う……みたことのないものだったから。
 それを思い出すたびに、僕の心臓は何かしらの病に冒されているようにずぐんずぐんと痛みを発していた。
 それが何を訴えたいのかはまるでわからないのだけれど。

「はぁ」

 僕はひょろりと伸びきった木に寄りかかり再度ため息を吐くと、ふと上を向いた。
 直射日光で目が痛くなるほど照らされるはずの光は、葉により影を作り優しい陰影を作り出している。
 それがあまりにも優しすぎて、なんだかつぅんと目が沁みたような気がした。



      >>20061125 どんどんぐだぐだ度が増します(死)。



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