休む場所




「――時人、か?」

 低い男の声が聞こえて、僕は思わず腰に下げている寿里庵に作ってもらった刀、北斗九星に手を掛け警戒の態勢を取り、声の主を見た。
 伸ばしきった黒髪を放置し、着流しを着た男は長すぎる刀を無造作に差している。――それは僕の知っている人物だった。

「鬼眼の狂――!」

 全ての崩壊を示し、希望を見出させ壬生一族最後の子として壬生を導いた――最凶の男。
 彼と直接姿を会わせるのは、壬生の戦いの時とアキラが壬生崩壊後から二年目で彼に挑んだ時――そして今日の三度なのだが、なぜか昔から知っているような気がするのは、大四老に就いてから村正の名と共に彼の名も呪縛のように聞かされ続けていたからだろうか。
 鬼眼の狂はにやり、と人を小ばかにしたようなそれでいて反論など何一つ受け付けないような威力を持った笑みで、僕を見た。

「お前がここに居るってこたぁ、アキラも来てんのか?」

「――ああ」

 別に隠すことじゃあない。
 寧ろ、鬼眼の狂にとっては僕はアキラの付属品でしかない。彼をサムライに育てたのは、血のような赤の目を持った鬼眼の狂なのだから。そして、アキラが目指す背中もまた。
 それは僕には窺い知ることの出来ない深い絆なのだろう。
 戦友ともであり、師匠でもあり、そして目指す人でもある――。
 そこには、どれだけの深い絆が存在しているというのか。

「そうか。……茶屋に行くぞ、時人!」

「はぁ? アンタ一人で行けば」

 まだ戻りたい気分じゃあない。
 瞼の裏にはいつも僕の前で見せる、意地が悪くてそのくせほんの少しだけ優しい彼の姿ではなく、どこか照れくさそうで戸惑ったようでなにか甘いものを含ませたような――まるで見たことのない姿をしたアキラの残像が残っているのだ。
 その残像はあの茶屋へ戻らなくてはと思う僕の気持ちを引き止める。
 そんな僕の姿を見てなにを思ったのか、鬼眼の狂はにやりと笑うと僕の襟を掴んでずるずると引きずった。
 行きたくない僕は、ぐっと足に力を入れるがしかし元大四老の力などまるで気にせずずるずると引っ張っていく。

「なにするのさ、鬼眼の狂!」

 しかし、鬼眼の狂はなにも答えやしない。
 それが苛立たしくて、腰につけた北斗九星を抜こうとするが――。しかし、止めた。
 刀で解決するのが全てではないと知ったのは、庵家で暮らしていた頃だったろうかそれともアキラの後を追って旅するようになってからだったろうか。どちらにしても力は一つの手段にしか過ぎず、むやみやたらに傷つけることを良しとしなくなったのは――世界が広がった所為だろう。といっても、僕に危害を加えるものには鉄槌を与えることにしているが。
 けれど、鬼眼の狂は僕に危害を与えるためにそんな行動をとっているのではないとなんとなく覚ったので、僕は別の方法で鬼眼の狂の足止めをすることにした。
 緩やかに意識させるのは、――色とりどりに咲き誇る美しい花たち。
 競うように自らを主張するように咲き乱れる、一つ一つが美しい花たち。
 そうしながら鬼眼の狂に目標を定め、妖刀の力を使うときとは別の方向へ力を認識すると――鬼眼の狂の前に花が舞った。
 ばさばさばさと彼の顔に当たるように落ちていく花たちに、鬼眼の狂は僕の狙い通り足を止めた。

「僕をそうやすやすと思い通りに出来ると思ったら、そうはいかないよっ」

 にやんと笑って強い語調で宣言すると、鬼眼の狂は梵のように僕を担ぎ上げやがった!

「大人しくしておけ。……ったく、アキラも面倒なのを連れてるな」

「るさいっ!」

 ……とりあえず、茶屋の前についたら北斗七連宿ほくとしちれんしゅくを喰らわせようと思った。


「あ、狂お帰りなさい! ――あ、こら! 女の子に無理強いしちゃ駄目でしょうがっ」

 僕を担いだまま、茶屋の戸を開けた鬼眼の狂にゆやが声をかける。
 鬼眼の狂が僕に対してどんな行動をとったのか、百も承知といった具合にゆやは狂を叱る。
 めんどくさいと言いたげにため息を吐いた鬼眼の狂はあろうことか僕を放り投げた。高いところからの落下であれば体勢を立て直すのも可能だが、鬼眼の狂ほどの高さではせいぜい受身を取るため背中を下にすることしか出来ず、痛みに耐えるため僕はぎゅうっと目を瞑り、その衝動に構えたのだがいつまで経っても痛みはこない。
 恐る恐る目を開けるとぼろぼろの着物が目に入り、上に視線をやるとそこにはアキラの顔があった。
 顔の熱が瞬く間に沸点まで上がっていくのを感じた。

「ぼ、僕に触るなっ」

 ばたばたと暴れてやると、アキラは簡単にしかし鬼眼の狂のようにぽいっと投げるのではなく酷く安全でかつ穏やかに僕を下ろした。

「途中までの反応は女の子のようなのですけどね」

 意地っ張りすぎですよ。と続けてため息を吐いたアキラに僕は花びらをお見舞いしてやった。

「もうっ! 狂もアキラさんも女の子の気持ちをぜんっぜん理解してないわね!」

 ふんと横を向いた僕に代わって、なぜか怒りを露にしたゆやはびしっと二人を指差して怒り口調で言う。
 その言葉の一部は理解できないのだが、僕の意思も考えて行動してほしいという部分ではその指摘は正しかったので訂正するのは止めた。
 もう一度、出て行こうかとも思ったけれど二度出て行くのもなんだかな、と思ったのでどすんと空いている席に座った。
 そうして、アキラと鬼眼の狂を見る。
 鬼眼の狂は表情はそれほど変えていないのにどこか嬉しそうな――そう、例えば弟の成長を喜ぶ兄のような表情でアキラを見ており、アキラは尊敬している人に会えるような緊張を含ませた喜びに満ちた表情で鬼眼の狂を見ていた。
 既に、先ほどの僕とのやり取りなんてなかったかのようなそんな雰囲気だった。

「狂、死合いしてくださいますよね?」

「ああ。――とりあえず、今日は泊まってけや。ゆや、二人泊められるスペースはあるだろ?」

 死合いの申し込みに二つ返事で答えると、鬼眼の狂はゆやに聞いた。

「もちろんよ。うちには放浪癖のある誰かさんを尋ねてたくさん人が来ますからねっ!」

 ゆやはにこりと肯定の言葉を吐くと(もっとも鬼眼の狂にとっては余計な一言もついていたのだけれど)、僕に向かってにっこりと微笑んだ。
 それはまるで太陽のように、眩しく真っ直ぐな笑顔で。

「どうぞ、ごゆっくりしていってくださいね? 時人さん、アキラさん」

 歓迎の意を示したゆやはとても美しかった。



      >>20061202 だからこそ、くやしくってしょうがない。



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