休む場所




 世間話でも始まるかと思えば、鬼眼の狂は非常に口下手なのか無口なのか分からないけれど兎角喋らない漢だったし、アキラは世間話をしたいわけではなくこの漢を倒したいわけなので早々に訓練するのだと外に出てしまい、しかし彼が僕に訓練している様を見せたくないことを知っていたのでゆやと適当な話をすることで時間を潰し(というか初対面に等しかったので互いの人物性を探っていたようなものだったが)、そのうちに日も暮れてくるとどうすればそうなるのかぼろぼろになったアキラが帰ってきて、(僕も多少手伝ったのだが)ゆやが準備してくれた夕食を美味しく頂き、茶屋から少し行ったところにある露天風呂に入ることになった(たまたま梵と紅虎が遊んでいた際に発掘したらしい……どういう状況だったんだ?)。
 漢どもを茶屋に置き去りにし、僕とゆやはさっさと着衣を脱ぐとその露天風呂に入った。――少し熱めのお湯が心地よい。

「ああ、気持ちいいっ! やっぱり、一日の終わりにはお風呂よねっ」

 肩までお湯に使ったゆやは、僕に向かってそう笑いかけた。
 確かに体温より少々高めのお湯は心地よいものだったので、僕もふぅと息を漏らした。
 ばしゃばしゃと僕の隣までわざわざ来た彼女はすとんと座って、僕を見る。

「時人さんは肌が真っ白で細やかですねー。いつも旅をしているだなんて思えないぐらい」

「手入れしなくても多少はどうにかなるこの肌は僕の自慢だからね。僕としては、ゆやの女性らしいフォルムのほうが好感、持てるけど?」

 僕には必要のないものだけれど、と付けたし酷く冷めた目で自身の肌を眺めてから、ゆやを見た。
 ゆやは不思議そうに首を傾げた。

「でも、時人さんはアキラさんのことが好きなのでしょう?」

 たっぷり数十秒固まった後、思わず発せられた言葉は単語にもなっていない叫びだった。

「はぁ!?」

 どう勘違いされたらそういう結末にたどり着くのかまるで分からない。
 確かに男女の二人旅というのは少々珍しいかもしれないが――。それにしても、そこに恋愛感情を含ませたのなら随分面倒になるような気がするのは僕だけなのだろうか。
 ともかく驚きで頬を上気させたままの顔で、僕は否定の言葉を発した。

「そんなわけないだろうっ!? あんな狂が一番ブラコンで性格歪んでいて周りを省みないモミアゲのことなんて誰が好きになるもんかっ!」

「そうですか?」

 ゆやは非常に腑に落ちないといった表情で僕を見たが、その言葉に違いなどなかったので強くゆやを睨みつけた。――睨みつけるべき相手が少々違っていたかもしれないけれど。

「私は時人さんのことを紅の塔に入る前ぐらいしかちゃんと見ていなかったので、きっとちゃんと捉えられていないと思うのですけれど――、けれどアキラさんの傍に居てアキラさんと喋っている時人さんはとっても"女の子"のような気がしたから、てっきりそうだと思ったのだけれど」

「あいつは僕の再戦相手なだけさっ。もっとも、鬼眼の狂に再戦申し込むことばっかり頭にあって、僕の相手なんてまったくしてくれないんだけどねっ!」

 怒鳴り散らしてふぃっと横を向きながら、僕は彼と居るときそんな風に違うのだろうか、と思った。
 所詮二人旅、他人と接する様とアキラと接する様の違いを冷静に省みる時間もなければ機会もなく、そうとなれば自分がどう変わってきたのか他人に評価される機会もなく。
 無論、自分が変わったことなど自身で評価すべきで他人にとやかく言われる筋合いなどどこにもないのだが――。
 それでも、自身だけで世界を完結できないこともまた理解していた。きっと、アキラとの死合いで。
 蹲り動けずにいた僕を立ち上がらせてくれたことは、変われるきっかけを与えてくれたことは感謝しているが、だからといってあの漢に恋愛感情を持つか否かはまた別問題だ。

「そうですかー。でも、恋愛感情なんて気がついた時には持っているものですからね。自分に見えないことが他者にはよく見えるなんてよくあるけど、認めたくないときとかはそれから目を逸らそうとするかも」

「……ゆやは、認めたくなかったのか?」

 ゆやの言葉は正に体験した者の言い方のような気がしたので、ふっと逸らしていた顔を真っ直ぐ彼女に向けるとそう聞いた。暗に、鬼眼の狂とのことを。

「あいつ、最悪だもん。アル中でまったく働かないで人がせーっかく稼いだお金全部お酒と女につぎ込んで人のこと下僕やらチンクシャ呼ばわりしてさ。ぜぇったいアキラさんのほうが素敵よ? まぁ、それでも最終的には認めちゃったんだけどね」

 肩を竦めて、悪口を言い放ったゆやはしかし最後だけ照れくさそうな笑顔を見せる。
 それは正に僕に無縁な女らしい可愛らしい笑みって奴で。
 だから、なんとなくアキラが僕に対するのとは違う表情をゆやに見せるのか、判ったような気がした。――彼女はアキラはおろか鬼眼の狂にすらもったいない女性だ。

「待っていることしか出来ないなんて、なんて女ってじれったい生き物なんだろうって思うの。まぁ勝手に先に進んじゃう漢も酷いものだけれど。けれど、時人さん。貴方は追いかけることが出来るでしょう? それはね、とっても素敵なことだと思うのよ」

 ゆやは自身の両手を合わせてにこりと微笑んだ。

「そうか?」

「ええ。私も狂の後を追っていきたいけれど、やっぱり力がないし――なにより彼には帰れる家が必要だと思うから。でも、時人さんはアキラさんを追っていけるもの。待っているよりも追いかけるほうが遥かにすかっとするわ!」

「確かに、それはそうだな。僕は待っているのは性分じゃないから」

 だからこそ、僕は彼を追いかけるのだ。
 あの背中を追いかけなければいけないと思うから。

「じゃあ、さっさと行ってしまう漢を追いかけるために疲れをとらなくちゃね!」

「まったくだ。急がば回れなんてかっこいいこと言っておきながら、一番急いでいるのがあいつなんだから」

 疲れることこの上ないよ、と話すとゆやは楽しげに微笑んだ。
 その後も裸の付き合いって奴はそれなりに気持ちを開放的にさせるようで、珍しく僕は女の子らしい話をしたのだった。



      >>20061209 ここでようやく二人は互いに気を許すのです。



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