日常茶飯事
必殺技は一切使えないが、しかし城の攻略は容易く。
適度に雑魚キャラは出てくるもののそれを斃すことなど十秒もあれば余裕である。というわけで、ちゃくちゃくと天辺へ向かって上っていく。
寧ろ雑魚キャラより城の性質ゆえの罠のほうが面倒だったりする。
落とし穴や槍が降ってきたり下が突然針山になったり上から壁が落ちてきたりとなかなか忙しいのだが、基礎能力は人間と比べては寧ろ問題があるほど飛びぬけている僕にとっては容易いことだったし、盲目が故に物の気配や流れを掴むことに長けているアキラにとっても避けることは容易いことだった。雑魚よりは面倒だけど。
というわけで、さくさくと天辺に来たわけである。
空の蒼が身近に感じられる其処は主格が居る場所なだけあり、豪華である。成金趣味丸出しの金ばかりを使っている様が逆に下品に見えるその場所は、美しい空の蒼すらも醜く損なわれる場所であった。
「あー、やだやだ。こんなセンスしている家主なんて、どうせ下品で不細工な男だったり若い男を囲って扇子を持ちながらふんぞり返っている中年女としか考えられないじゃないか!」
天辺まで上がってきたというのに、目に毒なものを見せられて思わず強い口調で言う。
すると、アキラは不思議そうな顔をして僕の顔を見えぬ眼で見た。
「おや、壬生の中しか知らなかった貴方の台詞とは思えませんが」
「壬生の貴族連中っていうのはこぞってそういう奴ばっかりだったんだよ。特に僕の悪口をいう奴に限ってねっ」
僕の言葉にアキラは納得したのか、なるほどと頷く。
アキラが貴族なんぞという上流階級にいる人間のことなど分からないと思うのだが、納得したということは知識としてそういうものだと植え込まれていたのか、もしくは何らかの形で上流階級のものと縁があったのか……。
そういえば、紅虎にしろ梵天丸にしろお殿様、と呼ばれる人種でそれなりに地位が有るらしいからある意味上流階級のはずだ。しかし、彼らのイメージそのままだったのなら僕の言葉に納得することはない気がするし――謎だ。
「さて、戯れはこのあたりにして。――そろそろ本題に参りましょうか、親玉さん?」
彼が言葉で区切りをつけて、四つの燈台に囲まれた部屋の中心にほんの少し存在していた気配へ言葉を向けると、一つ瞬きをする刹那の間に気配の元が現れた。
青色のシャーマンが着るような儀式着を着込んだその人は、長い黒髪が美しい穏やかでたおやかそうな女性だった。
「とてもお強いんですね、お二人とも」
にこり、と笑った姿はむさくるしい男どもを引き連れてアジトの天辺にいる親分とは到底思えない。
「なんだかこの状況といい貴方がシャーマンだということといいどっかの誰かを思い出すのですが――、まぁあちらのほうが気骨がありそうで好感持てましたし、いつまでも猫被っていらっしゃるのも大変だと思いますのでさっさと死合いいたしましょう?」
アキラのいうところのどっかの誰かが誰であるのか僕にはまったくわからなかったが、とりあえず僕はいつも通り観戦しているだけでいい、ということだけは理解できた。
「ええ、もちろんです。でも、私自身それほど力を有しているわけではございませんの。ですから、あくまで心理戦と謀略で貴方に勝利したいと思っておりますわ」
にこりと彼女が笑った瞬間、がこっと音が聞こえて僕の身体が落下していくのを感じた。
無論、むざむざ落下する程度の反射能力しか持っていないと思われては困るので、直ぐに体勢を立て直し壁を足で蹴り上げて、がんがんがんっと上を目指したのだが落ちた穴は見事鉄格子で塞がれていた。
刀を取り出しぎんっと振ったのだが――、能力が封じられている所為か思った威力が出ずかきんっと鋭い音で僕の刀を弾き返した。
しょうがないなと思い、とりあえずくるりと体制を立て直すと壁を足で蹴りながら衝撃を和らげ落下する。
すとん、と地面に降り見上げるとその穴が結構深い位置にあるのが分かる。
落ちた場所は大きな部屋一つぶんぐらいの広さを有していた。
「――まぁ、いかにも子供っぽい僕よりもさっきから常に前線で敵を切り裂いていたアキラのほうを危険視するのは当然か」
心理戦と謀略で勝利したいと彼女は言っていた。
つまりは、あくまで相手をすると言うことだ。
ならば僕を危険視したのではなく、穴に落としまるで囚われのお姫様のような状況を作り上げることで、アキラにプレッシャーや焦りを覚えさせ、その隙から自身の手で勝利を収めようというのが彼女の狙いなのだろう。
――この僕でなければ成功している作戦だろうな、きっと。
ともかく、作られた落とし穴なのだから出口はあるだろう。
また上まで登って鉄格子を壊してもいいが、そうするとこの姿をやめなければいけないのでそれよりは多少の面倒を覚えても出口を探したほうがいい。
そう思い、きょろきょろと周りを見渡したのだが。
「げ」
硬い地面からうねうねと変な物体が盛り上がり、人の形となしていく。
それは僕を取り囲むように数体――七体出来上がっていく。まぁ、そんなにだだっ広い部屋ではないので丁度いい個体数ではある。
それよりも僕が唸り声を上げたのは、何より面倒だったからである。
戦闘面や面倒なことに関しては比較的アキラにまかせっきりだった僕としては(といっても生活上必要な面倒は率先してやらされたのだけれど)、テンションが低くなる程度には面倒に思えた。
とりあえず、寿里庵に作らせた刀を片手に持つと(二刀にする必要もないだろう)、僕はすっと動いた。
太刀筋を真っ直ぐ人間の形をした物体に向け振り下ろす。
腕力に関してはシャーマンが唱えている枷の影響を受けないため力任せに斬りつけるしかなかったのだが、それでもそれなりのダメージになるだろう。僕の腕力は常人を遥かに上回るものであったので。
予測どおり、どごんっと強い音が響いて切れ味の良い刀で切られたその物体は真っ二つになり、地面に倒れた。
そうしながら次の獲物を狙うためにくるりと向きを変えようとしたのだが。
「――っ」
切られたはずの物体は、ぐにゅりとまるで粘土でこねる様に交じり合い再生し、僕の腕を掴んだ。
そして、別の人形が一斉に僕へ襲い掛かってくる。
ぐっと力を入れ押さえられていた手を払いつつ後ろに存在した人形を倒すと、それを踏み潰しながら後ろへ逃げる。どういう仕組みで再生するのか分からないが、とりあえず現状で理解できたことといえば――目の前の人形どもに何らかの策を講じるかもしくはアキラが状況を打破しない限り、僕は奴らの相手を体力が尽きるまでしなければいけないということだけだった。
激しく面倒くさい上に鬱陶しい。
とりあえずは戦いながら出口を探すしかあるまい、と襲い掛かろうとする人形どもに刃を向けた。
走りながら数回刀を振ると、さくさくと小気味いいぐらいに人形は切れる。
だがしかし、直ぐに再生してぴょんと飛び掛ってきた。
のしかかる重さに鬱陶しさを感じながら(僕にとって人型を模した人形ごときの体重など片手で振り払える程度のものでしかない)、僕は腕を振り払う。
人形は宙を舞いどしんどしんと無様な着地を繰り返す。ここまですれば唯人ならば戦闘不能だろうし、壬生一族やサムライという道を極めたものであっても多少の怪我を受けているものなのだが――のっぺらな顔は苦痛の色さえ映し出さない。
「ああもうっ!」
僕は声を荒げ、叫んだ。
遠い頭上にいるはずの漢に向かって。
「まだ終わらないのかよ、アキラ!」
「――なかなか敵も強いもので」
ほんの少し間があいて返ってきた返事は、声を張り上げているはずなのに何故だか冷静沈着な口調なもので、僕のイライラを煽るには十分だった。
だから、僕は倒れない人形を切り裂きながらアキラに向かって叫んだ。
「ふん、どんだけ弱いんだよっ! だからいつまで経っても鬼眼の狂に勝てないんだっ」
「なら、貴方が其処から出てくればいいでしょう?」
「はぁ? 自分の不手際を置いておいてなに言っているのさ!」
幾ら僕が苛立たしく声を荒げても、変わらず彼の声音は冷静沈着なものだから更に苛立ちを覚える。普通に闘っているときよりもその苛立ちは二倍……いや三倍ぐらいには確実になっている。
その苛立ちを敵である人形にぶつけるものの再生を繰り返すそれに、冷静にならねばと妙に熱くなっていた頭が冷えていくのを感じた。アキラよりも敵の人形のほうが三百倍ぐらい役に立つ。
完全に冷えた頭で僕は冷静に周りを観察した。無論、攻撃を繰り返す人形を適当にあしらいながら。
ふと、人形を見ながらあることに気がついた。
奴らは、自身らの構成された物質でしか再生を果たさないのだ。
始めに現れたときのように地面を経由しこねるのではなく、三〜四等分に切り捨てられたとしてもそれらがまるで意思を持つかのように固まり、再度人形を構成するだけで。
ならば――、奴らを再生できないほど粉々にしてしまえばいい。原子へ戻すかのように。
しかし、それをするにしても今の僕の能力では難しい。
特殊能力を有しない一振りでは切り裂くことは容易くとも、粉々にすることは難しい。
無論、
幼い姿
(
このすがた
)
を解除すれば人形たちを粉々に出来るほどの威力を出すのは容易い。もっとも、元の姿に戻るのであれば、あの鉄格子を破壊するのすらも容易いのでこんなことを考える必要などないだが。
けれど、その手段は使用したくなかった。
僕は、――あの姿が嫌いだ。
二度とあの姿になりたくない、寧ろ今の姿が本体になってしまえばいいと思うほどに、嫌いなのだ。
村正
(
おじ
)
の件が解決した今でも。
一つの可能性を潰したのならば、余り好ましくないが他者の関与で結果的に解決する方法の進展はどうなっているのだろうか、と声を張り上げた。
もっとも彼と話していると心が無駄にざわめき過ぎて苛立ちしか覚えないので、こういう状況ではあまり喋りたい相手ではないのだが。
「アキラぁっ! 終わりそうかっ?」
「――手段を模索している最中ですので、申し訳ありませんが」
少し遅れた返答は、先ほどと同じ妙に冷静沈着なものであるのにどこか焦りを含んでいた。
あの猫かぶりシャーマンはそんなにも強いのだろうか。
「手段を模索してもそれ以上の手で私は挑みましょう。私の根城に忍び込んだことを後悔し二人で仲良く屍におなりなさい?」
透き通るようなシャーマンの声が響く。
それとともに人形どもは一斉に僕へ襲い掛かる。
防いだそれらの攻撃は一層の重みを増している。シャーマンの声が人形の力増大を促したのか、それとも僕が単に疲れてきただけなのか分からない。
状況は未だ好転の兆しをみせず、僕は刀を一刀から二刀に変化させた。
そうして放つは、
北斗七連宿
(
ほくとしちれんしゅく
)
。
七つの星のつながりを刻み込むが――、切り刻んでも粉砕しまるで砂と思えるぐらいに切り刻むことは出来ず、せいぜい手のひら大の大きさまでしか切れず。
ぐにゃん、と吸い寄せられるように小さな塊は大きくなり、人形になる。
――やっぱり無理か。
ならば、もっと単純な手を使うしかないか。
「まだ終わらないのか!」
「――ええ」
返答を聞き、僕は襲い掛かる人形どもを一斉に弾き飛ばすと、だんっと足を踏み込み上部の壁に向かって蹴り上げた。――つまり、鉄格子を斬るために。
衝撃波を使えない僕では、通常の一打で鉄格子を切ることはできない。が、しかし北斗七連宿であれば衝撃波がなくともそれなりの威力を有している。単純なる破壊力は格段に落ちているものの鉄格子を切ることはできるのではないだろうか。もっとも、七つの星のつながりを撃ち終えるよりも先に宙から落ちてしまう確率のほうが高いのだが。
手段を模索していたのは、これの成功率が低いためである。
でも、今のところ他の手段も思いつかないし、アキラの援助も受けられそうにない。というかアキラ自身も少々ヤバそうなので僕だけでも先に助かっておかなければいけない。
奴の援助をする気はないが、僕がある意味敵の手に落ちているこの状況はアキラの選択肢を狭めているのだから。
壁を蹴り上げながら、井戸の底ぐらいの深さはあるのではないだろうかと思わせるような穴を登っていく。
そうして鉄格子が見えると、壁を蹴り上げると同時に叫んだ。
「北斗七連宿っ!」
落下する感触を全身に感じながら連なる星達を打っていく。
だがしかし、鉄格子が壊れるよりも先に身体の落下のほうが早い。七星全て打てればぶち壊せる勝算もあったのだが……実際は参之星を打ち終わったところで既に刀が届かない位置まで身体が落下している。
別の方法を考えなければいけないのか、と思ったその刹那――信じられないものが僕の目に映った。
ざざざっと音がして鉄格子から見えた元の白さが失われた薄汚れた白。
それは、僕の追いかける背中。
僕が唯一敗北を認め、そして目指す背中。
「アキラぁぁあああっ!」
>>20070214
この話、どこで別ページにするか悩みました。
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