それは事実であった夢で、自分を通り過ぎていった過去の記憶だったけれど。
 夢が襲ってくる。
 そうやってぎゅっと目を瞑っているといつも手を静かに握り締めてくれるのは、深い藍色の空を思い出させてくれる人。
 でも、いつかはその手を離さなければいけないから、ぎゅっと目を瞑っていた。




      夢が襲ってくる。




 怖い夢を見て、今日もキールが手を握り締めてくれてメルディはひとときの安らかな夢を見れたことに安堵しながらゆっくりと目を開けた。
 当然のことながら、キールの姿はない。
 優しいキールはメルディの親友である優しいクィッキーの呼びかけで、いつも事実である恐怖の対象にもなりかねない夢を見てしまうメルディの手を握り締めて、メルディが眠ってしまうまで優しくあやしてくれる。
 それは仲間だった自分への同情にも似た優しさなのだとメルディは知っていたから目を覚まして感じる孤独など訴える事など出来なくて、のそのそとセレスティア風の何十にもレースが重なった真っ白で体型を綺麗に表す服を着込むと、居間である一階に降りた。
 キールはいつものように起きていなかった。
 メルディは朝食を手際よくインフェリア料理とセレスティア料理の両方をごちゃ混ぜに用意する。
 もともと、十歳で成人し一人で暮らし始めるインフェリア人であるメルディは料理の腕はともかく、手際は良かった。…ここ1年と数ヶ月で料理の腕もインフェリア風に随分上達したものだけど。

「クィ、クィッキー!」

「ああ、クィッキーにも朝食な!」

 ことり、とクィッキー用に小さくした料理を下に置くとクィッキーは嬉しそうに食べ始めた。
 そういえば、あの旅を始める前は全部がクィッキーと一緒で、朝食も同じものを同じ皿から取って食べていたっけと、メルディは思い出した。旅の間ずっとクィッキーと同じように食べていたらキールからはしたないって怒られて、ついに一緒に暮らし始めてからはクィッキー用に底の深い皿を買って別々に食べるようになったんだっけ。
 でも、これが何時まで続くのだろう、とメルディはふと思った。
 つまり、彼は異邦者なのだ。
 自分の故郷に帰る術がないからかつての仲間であった自分と暮らしているだけで、インフェリアに帰れるようになったらこの同居生活もおしまいなのだろう。
 寂しくて、泣きたくてしょうがなかった。
 夢が自分を襲っても助けてくれるあの手がなくなるのは怖くて。でも自分の所為でセレスティアに留まる事になったのだから、今インフェリアに帰れるように努力していても、それで不安でも何も言えなくて。メルディはただひたすら微笑むしかなかった。
 昔、シゼルに愛してもらいたくて微笑んでいたように。

 ともかく、綺麗に皿に盛ってテーブルに並べるとキールが降りてきた。

「キール、おはような!」

「おはよう」

 いつものように眠たそうなキールに朝の挨拶をして二人でご飯を食べた。
 朝はキールが低血圧なのか夜中まで起きている所為なのかはいまいち判別がつかないがともかく、非常に寝起きが悪いせいでほぼ会話がないままに食べる。
 その間にキールの目が覚めてくるらしく、朝食が終わる後にはてきぱきと出かける準備をするのだ。

「弁当、また持ってくな」

「ああ。よろしく。……今日も遅くなると思うけど」

 キールがそう言って、片手に本を抱えながらドアを開けたときにものすごい音がして、キールはその場に倒れた。
 メルディはびっくりして玄関を見るとそこに居たのは懐かしい旅の仲間。

「ワイールっ?リッド!」

「ひー、いってぇなぁ」

 赤髪に綺麗な青空の瞳がゆっくりと細められて笑みが出来上がっていた。

 リッドが居るという事は勿論ファラも居るという事で、自分たちが無事だったんだからきっとリッド達も無事だろうと予測はしていたが姿を見るのとは全然違う。その無事な姿にメルディとファラは抱き合って確認した。
 もちろん、キールの仕事も休みにして(キールは普段通りにこなそうとしたのだがアイメンの人々が気を利かせたのだった)メルディの家で久しぶりに五人でグランドフォールの後の話やインフェリアの話、セレスティアの話など多岐にわたってした。……インフェリアの話はキールがかなりの勢いで聞き出したのだが。

 それでも夜に目を瞑ると夢が襲ってきた。

 ファラはすやすやと眠っていて、きっと自分が少しでも恐怖を表に出せば優しい彼女は慰めてくれるために起きてしまうことをメルディは知っていたから、静かにベッドから起き上がると一階に下りて水でも飲もうと階段を物音を立てぬように降りると、じゃーっとコップに水を汲んで少し飲んだ。
 コップを掴んでいる手を見ると、かすかに震えているのが分かって少し悲しくなった。
 キールはもう、インフェリアに帰るのだろうか。
 それとも、別々に暮らすのだろうか。
 キールが皆と話しているときに、自分との間では見せない柔らかな微笑みを見せてたから。
 自分との間で見せるような緊張したようなぎこちない微笑みじゃなくて、どこか安堵したような微笑みだったから。
 きっと、これが自分とキールとの距離が変わる転機なのだと思った。
 メルディはふぅ、とため息をつくと水を飲んだ。
 例え夢が襲ってきてもあの暖かい手を求めないようにと、祈りにも似た決意を水の中に詰め込んで。


 次の日の朝になると、キールはキールと同じくセレスティアに残ってしまったインフェリアの研究者達を返すためにバルンティアを運転する、と言ったチャットと共にティンシアに行く、と突然言った。
 前から研究のためにティンシアに来てくれ、とシルエシカ軍から要請されていたので、急ではないのだがメルディにとってはこれがキールが離れてしまう前兆のような気がして、とても怖くて目の裏に涙が溜まっていくような気がしたけれど、それでも彼を引き止めていたのは自分の我侭のせいなのだと言い聞かせると自然と笑顔を作れるようになった。

「チャットと一緒に戻ってくる」

 一週間ほど行ってくる、と突然告げたキールは少し心配そうにメルディを見ていたから、メルディは笑顔で居た。それにリッドもファラもなんだか心配そうな顔をしていて、自分がどれほど愛されているのかとてもよく分かったから、尚更笑顔で居ることが出来た。
 バルンティア号が行ってしまうのを確認すると、メルディはいつものようにぱたぱたと掃除を始めた。
 リッドとファラと話すのは少し辛かったから、掃除に熱中した。
 いつもより綺麗になってしまったその家はなんだかキールが出て行ってしまうのを歓迎しているようだったが、これならばきっとキールは心配することなく離れる事が出来る、と思って少しだけほっとした。
 ほんの少しだけだったけれど。

「ねぇ、メルディ。無理してない?」

「してないよー。だって、ずぅっとキールと居たよ?だから、メルディ平気!」

 強がりだったけれど、強がりじゃなかった。
 強がりにするわけにはいかなかった。
 だって、そうしなくちゃキールはメルディのことを心配して、キールがどれだけ自分の隣に居るのが大変でも無理をして隣に居てくれるから。ううん、うそは嫌いだと、彼は言っていたからきっとそれは本心で。でも、どちらかというと同情しての本心だと知っているから。
 優しすぎてその手にすがりつきたくなってしまうけれど、あんな緊張したような笑顔はもう見たくなかった。
 ファラはそれでも心配そうな顔をしていたけれど、何も言わなかった。

 それでも夢は襲ってくる。
 メルディはゆっくりとファラを起こさないように一階に降りると、急に踊りが踊りたくなってクレーメルケイジを乱暴に掴むと、外に飛び出した。
 アイメンの町を通り抜けて、ひたすらに目指すは岬の砦。
 ちょうど、光の橋の着地点であるそこの広さは踊るには充分すぎるほどの場所で。
 走って着く頃には息が上がっていたけれど、それでも星がきらきらと光っていたからメルディは息をつくまもなく踊り始めた。
 全てを忘れられるように。
 悲しみを昇華できるように。

「クィー…」

 何時の間にか駆けつけたクィッキーは少し心配そうに鳴いたが、そのあとにメルディと共に踊った。
 メルディは嬉しくて、クィッキーと共に踊った。
 まるで、旅をする前に戻れるように。



      >>20060524 これ意外とメモ見ないと分からないかもしれない……(不親切!)。



back next top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送