その大きな笠が空から舞い降りたのは、植木と森が下校中のことである。
まるで葉が舞い落ちるように彼らの前に姿を現した笠からすとんと降りてきたのは、天界で現神である犬丸の補佐を先代神から引き続き行なっている神補佐であった。
「お探ししましたよ、植木さん、森さん! 神があなた方を呼んでいます」
「犬丸がか?」
唐突な言い草に二人は顔を見合わせた。
現神である犬丸は佐野の親友であり、神の座を巡る戦いにおいて知り合った大切な仲間の一人である。
もっとも、人間界の中学生を巻き込んだバトルが終了した時点で会う機会も手段もなく、彼は彼で神という立場に奮闘しているだろうから、と今の今まで会っていなかったのだが。
先代神や小林と違い、生真面目な人柄である彼がしょうもない理由で植木や森を呼びつけることなどしないだろうが、だからこそ二人は顔を見合わせたのである。
が、植木の決断は迅速であった。
「そうか、行こうぜ」
「ちょ、ちょっと! せめて犬丸が何の理由で私達を呼び寄せたのか聞かないとっ」
何も聞かず笠に乗り込もうとする植木に、森は手馴れた様子で即座にツッコミを入れる。
が、そのツッコミに説明を入れたのは神補佐ではなかった。
「なんか、
犬丸
(
ワンコ
)
困ってるらしいでー」
「詳しい説明は犬丸さん本人からしてくださるそうですわ」
「ぶ、ぶっちゃけ普通の高校生である俺らに出来ることなんてないと思うけどな!」
ひょこっと笠の端から顔を出し各々言葉を述べた三人の姿を見て、二人は驚いたように声を上げた。
『皆!』
家族
結局笠の中に乗り込んだ二人は、苦楽を共にした仲間との久しぶりの再会に驚き喜んでいた。
「皆久しぶりだね! 植木が戻ってきて温泉に行ったきり会っていなかったから……半年は経つかなぁ」
森は声を高くし、そんな風に振り返った。
そうですわね、と同意したのは同じ女性の鈴子だった。
「久しぶりの再開がちょっと緊迫しているのが残念ですけど」
「というか、ぶっちゃけ俺よりハイジやソラが来ればよかったと思うんだが!」
ヒデヨシの言うことももっともであった。
三界の人間界に所属していた彼らは中学時代能力バトルを経験したことがあったが、それが終わった時点で能力はなくなっている。
それに比べて繁華界の人間であるハイジやソラは能力を失っていないのだ。元々彼らに存在していたものだったので。
ちなみに植木はといえば、ウールを真の姿に戻すため
職
(
ジョブ
)
能力に必要不可欠だった道具であるモップを分解してしまったので、その時点でモップを収納することは出来ても能力の要であった"掴"が使えなくなってしまっている。
つまり、現在半職能力状態なのだ。
「でも、ハイジやソラは犬丸と面識あらへんからなぁ。呼びづらかったんとちゃうん?」
「そういうもんか?」
「そういうものでしょ」
不思議そうに首を傾げる植木に森が肩を竦めるころ、天界に到着した。
神補佐に案内され、大きな建物の中にある一室の扉を開くと、執務をするための机が窓の前に置かれており、そこに変わらず優しげな笑みを浮かべる犬丸と、その隣には念願の神補佐の補佐(見習いのため)になった淀川がいる。
五人の姿を確認すると、犬丸はがたんと席から立ち上がり前へ出ると両手を広げて言った。
「久しぶりです、皆さん!」
その言葉に皆は笑顔を浮かべる。
「ほんまに久しぶりやなぁ、犬丸!」
そう述べ親友である佐野は片手を上げる。
そんな佐野に犬丸は笑顔で同意した。
「本当です。本当は小林さんのように皆さんと頻繁に会いたいんですけどね」
「しょうがないわよ、犬丸は神様なんだし」
森のそんな擁護する意見に同意した鈴子は、犬丸に些細な質問をした。
「あの戦いから三年と半年ほど経ちますけど、神様の仕事は慣れましたか?」
「まだまだですよ。平凡な僕に前神様のような仕事をするようになるまで百年はかかるでしょうね」
くすくす、と笑った犬丸はそんな風に述べた。
一同は前のファンキーな格好をした神様がそんなにすごい奴なのか、とやや疑い気味であったものの。
「そういえば、犬丸なんか困っているんだろ? それはもういいのか?」
思い出したようにさらりと質問した植木にそうでした! と言った犬丸は困ったような笑みを五人に向けた。
「ちょっと困ったことになりまして、力を貸してほしいんです」
「どんなだ?」
「植木君は当事者だったと聞きましたから皆さん知っていると思いますが、ここ三界と呼ばれる場所と繁華界とよばれる別次元の世界がつい最近統合されました」
「ああ、俺が百年ほどつなぎ目になった奴か」
「そうです……ってええ! 百年ですかっ」
神様である犬丸でさえ知らなかったのか、驚いたように声を上げた。
意外と神様といっても万能ではないらしい。
真面目な顔でこくりと植木が頷くと、まぁ別世界が一つになるのですからそんな大掛かりなことがあってもおかしくないのでしょうね、と無理やり納得したようだった。
「ともかく、元は一つだったとはいえ別次元にあった世界が一つになったものですから当然弊害も起こるんですよ。人間界では突然現れたビルや異なる文化を築いていた人々に驚いていたようですが」
「ぶっちゃけ、天界ではなにがあったんだ?」
「天界と人間界の間にある次元に別次元が現れたんです」
「どういうことだ?」
犬丸の言葉に、勉強の才を失っている植木は当然のごとく質問した。
むろん犬丸もその一言で事態を理解してもらえるとは思っていなかったのだろう、説明を続ける。
「三界と繁華界が一つになるまで一年という時間を有しました。先ほどの話を聞く限り植木君がつなぎ目となってくださっていたようですが、それでも別の次元にあったものを一つにするという現象はとてもエネルギーが要るもので、融合に発生したエネルギーが別な作用を起こすことがありました。一年の間そのような突拍子もない穴のような次元が何度か出来ていたのですが、それらは小規模でしたし
紛争解決係
(
トラブルシューカー
)
に次元を塞いでもらっていたんです」
「じゃあ、今回もその紛争解決係に任せればよろしいのではないのですか?」
鈴子はごく当たり前のことを犬丸に提案する。
犬丸もこくりと頷いて、続きを述べた。
「もちろん、最初は紛争解決係に次元を塞ぐようあたってもらいました。ですが、他の次元のようにたやすく塞ぐことができないほど大きな穴で、塞ぐためには根源となる穴を見つけなければいけないのですが、それを探りに行った職員達は全身に深い怪我を負い戻ってきたんです。そこで、紛争解決係の責任者で天界力のコントロールにかけて天才的なパグさんに行ってもらったのですが、……未だ帰ってきていません」
「ぶっちゃけ、そのパグってやつがしょぼいだけじゃないのか?」
「いえ、前の神様やマーガレットと勝るとも劣らないほどすごい方ですよ。確か、神の座を争う戦いでレベル2になれずにいた植木君の手助けをした、と聞いていましたが?」
その言葉に、植木はうんうんと話の流れを止めるぐらい考え数十分ほど経ったころ思い出したようにぽんと手を打った。
「ああ! あの親切なおっちゃんか!」
「……多分、その方で合っていると思います」
「あのおっちゃんは出来るおっちゃんだ。俺のことも助けてくれたしな!」
そう言って、他の仲間もパグを見たことがあったので思い出させるように天界の温泉を案内してくれた親切なおっちゃんだと植木が説明すると、皆思い出したようであった。
「でも、パグさんを救出するためだとしてもなんで私達なの? 犬丸達や繁華界の人たちとは違うただの高校生よ?」
「もちろん、こちらで解決しようと思っていました。ですが、パグさんが行ってから意識を取り戻した紛争解決係の話では、その空間に入った途端天界力が暴走しはじめたそうなのです。強大な力を身に付けていた彼らはその天界力に振り回され重傷を負う羽目になったのだとか。その視界の端に女性のシルエットを捕らえたとも言っていたのですがそれはさておき、ならば僕達じゃあ解決のしようがありません。現れた次元は天界と人間界の間にあるものですから地獄人はこれませんし、元繁華界の人々に頼もうと市長のルチャさんに連絡をとってみたのですが別件で手間取っているらしく時間がかかると言われてしまったのです。そうなれば、パグさんの安否が危うくなってしまいますので、申し訳ないのですが僕の知り合いということで皆さんを呼んだんです」
申し訳ございません、と深く頭を下げた犬丸に気にすんなと軽く声をかけたのは植木だった。
「あのおっちゃんは俺へ親切にしてくれたのに、俺はまだなんにも返せていなかったからな。人を助けるのは当たり前のことだし」
「当たり前なのはアンタだけだから!」
と、思わず森は植木にツッコミを入れたものの犬丸にはパグさんにはお世話になったから、と付け足し微笑む。
だが、しかしと不安げな顔で見たのは一番現実的なヒデヨシであった。
「ぶっちゃけ俺達はなんにも能力を持っていないぜ? 戦闘経験があるったって能力があるからこそだし、ぶっちゃけ市長のルチャだけじゃなくて、他の繁華界の連中を当たったほうがまだ成功確率上がると思うんだが」
「本当はルチャさんだってそうですが、他の繁華界の方々はまだ人間界に慣れるので精一杯ですよ。考えてみてください、まだ融合して一年と半年なんですよ? 結果的に人間界へお邪魔しているという形になってしまっている彼らにとってみれば、仕事で信用を得ることに懸命なんです。そんな中では、誰も生活のかかっていない仕事なんて引き受けませんよ」
特に繁華界の方々は仕事というものと常に寄り添い生きてきた方々なんですから、と犬丸は付け足した。
「それに、能力については以前神の座を巡る争いで皆さんが持っていた能力を一時的にですが与えるので、安心してください」
「犬丸にんなことできるんかい」
驚いたように目を見開き言う佐野に対して、犬丸は苦笑して述べた。
「はい。元々あなた方に能力を与えていたのは僕達神候補で、神様である僕はその能力の数十倍は強い力を有しているんですよ、こうみえても。なので、僕が所持していた能力以外にもあったすべての能力を条件付で与えることは比較的簡単なんです」
その言葉に五人はようやく神のすごさを理解したのかすげー、へぇーと感嘆の声を上げていた。
ならば、と質問したのはやはり鈴子だった。
「条件付だとすると、なんらかしらの制約がつきますの?」
「この場合ですと、以前能力を発動させる時にあった制約と短期間のみ、という制約ですね」
「神の座を巡る争いでも、その戦いの間だけっていう限定条件で発動させてたってことか?」
「ええ、もう一つ能力者以外を与えた能力で傷つけると才が減るという条件もありましたけどね。ともかく、天界力を少しでも人間に渡すのはそれぐらい制約されることなんです」
じゃあ、能力与えますねと述べた犬丸はすっと一人ずつ額に手を当て数秒ほど止まるということを繰り返した。
それが五人終わると、ふと思いついたように佐野が聞いた。
「ところで、これが天界力で発動されるってことは俺達がこれを使ったら暴走するんやないか?」
「……ごく少量なので大丈夫だと思いますが」
一抹の不安を残すように呟いた犬丸の言葉に、事態をあんまり飲み込んでいない植木以外固まる。
が、そこは中学生だったというのにバトルに巻き込まれた面々。切り替えは比較的早かった。
「ともかく、行こうぜ。おっちゃんを助けに!」
植木がさらっと言い、案内しますという神補佐の後ろをついていく五人の中で、犬丸は森を呼び止めた。
森は不思議そうに顔を顰めて、振り向くと淀川が何かを森の手の中に渡す。
それは片手で握り締めることが出来そうなぐらい小さな白い布に包まれたものだった。
「これ、なに?」
「次元の壁が歪む粉です。もし、次元の穴を見つけたらそれをふりかけてください。それで収まります」
「皆に渡せばいいんじゃないの?」
「次元の穴自体は天界力で修復できますので、植木君のゴミから発生した木をぶつけても佐野君の鉄になった手ぬぐいを押し付けても鈴子さんのビーズを投げ入れ爆発させてもヒデヨシ君の声を似顔絵にしたものを貼り付けても、修復できます。でも、森さんの相手をめがね好きにする能力だけは次元の穴にかけることができませんので」
確かに、次元の穴にぶりっ子ポーズをしろというほうが無茶である。
「……分かったわ。ありがと、犬丸」
森はそれを受け取りスカートのポケットの中に押し込むと、先に行っていた仲間の元へ小走りに向かった。
>>20100702
本編でパグさんの立ち位置に萌えたので。
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