「パグ、さん?」
二人の目の前に現れたのは以前、植木がレベル2になる時手助けをし今は紛争解決係としてこの次元の穴へ調査に入り行方不明になっていた、パグその人であった。
「おっちゃん、無事だったか!」
植木は嬉しそうに目を輝かせパグを呼んだが、しかしパグは何の反応も見せず目を二人に向けていた。光を失った漆黒そのものの目を。
その様子に、戦闘経験豊富な植木は体を強張らせ隣にいた森に行動をさせないよう、彼女の前に手を出した。
「動くな、森」
真剣な眼差しで強張った言葉を発した植木に、森は神妙な面持ちで頷く。
その瞬間、パグが動いた。
「
鉄
(
くろがね
)
」
天界人の能力を発動させた彼の右手には大砲が出現し、二人に向かって打ち出される。
植木はそれを木で受け止めリバースを発動させ霧散させると、木の枝を折りゴミを木に変える能力で別の木を出現させた。
その二本の木で鉄の軌道を上にそらし、ぐっと足を踏み込むと戦いなれた瞬発力でパグとの距離を詰め寄る。
が、しかし光を宿さぬ目はやすやすと植木との距離を詰めさせなかった。
「
電光石火
(
ライカ
)
」
途端に現れたローラーブレードのような装着物はパグの移動速度を増させ、距離をとらせる。
相手の行動を読むようにぴたりと止まり植木を敵と認識したらしいパグは、じっと光を宿さぬ目で彼を見た。
そのこう着状態を見計らったのか、森は叫んだ。
「どういうことよ! パグさんがなんで私達に攻撃してくるのっ?」
「……よく分からんけど」
植木は彼の様子を見逃さないようにじっと見つめながら、森の問いに答えた。
「オッチャン、俺が天界力を高めて暴走した時と同じような状態になっている気がする。……その割に弱いけどな」
「なにそのパグさんの力量を分かっているような発言」
「んー、なんとなく」
「なんとなくかいっ!」
森のつっこみが華麗に決まったところでパグが動き出した。
「
百鬼夜行
(
ピック
)
」
突きに特化した神器はまっすぐに植木を狙うが、それの対処法はすでに神の座を巡る戦いの初期において解決済みだ。
手に持っていた木で百鬼夜行を叩き軌道をそらしながらジャンプし、攻撃を避けながら一気にパグとの距離をつめる。神器を持っておらず職能力も半職能力状態である植木にとっては、肉弾戦で対応するしか彼を倒す術はなかったため。
だが、それを見抜いていたのかパグは次の神器を出す。
「
威風堂々
(
フード
)
」
植木の攻撃を避けるためとしては大げさな盾が彼の前に現れる。
が、植木にはレベル2があった。
「リバース」
指の付け根に巻きついた木が作用し、威風堂々を打ち消す。
それと同時にパグ手前へ着地した植木はぐっと足を踏み込むとアッパーを繰り出した。レベル2を発動させたまま。
見事アッパーはパグに当たり、がはっと声を発しながら彼はしかし踏みとどまる。
「……、植木?」
踏みとどまり植木の姿を認識したパグの目には光が灯っていたが、彼はしかしパグに追い討ちをかけるかのごとく、次の拳を振り出す。
植木の拳が止まったのは、パグが結構ぼろぼろになってからだった。
「ってーなっ、正気に戻ってからも殴り続けてんじゃねぇよ!」
「あ、わりぃ。気がつかなかった」
「気がつかなかったで済んだら警察はいらねーんだよっ!」
正気に戻ったパグは殴られた顎を摩りながら植木に怒鳴りつけていた。もっとも、植木に反省の色はまるでないが。
くそっと悪態をつきながらポケットに手を突っ込みつつ、パグは睨みつけているようにも見える目つきの悪い顔を彼らに向けた。
「で、人間界にいるはずのお前らがなんでこんなとこにいんだ」
「オッチャンがふがいねーからだろ」
なんてことのない植木の言葉に、パグはずーんと空気を暗くさせ落ち込む。
そんなパグの状態を解消するためか、ただ説明するためか森が植木の言葉に説明を入れた。
「犬丸に頼まれたのよ。この中じゃ天界力暴走しちゃうから、人間の私達に解決して欲しいって」
「そういうことか」
簡潔な説明でパグは全てを理解したらしい、ぼりぼりと頭をかいて申し訳なさそうに視線を落とした。
「確かに俺が不甲斐ないせいだな」
まだまだなっちゃいねぇ、とパグはからりと笑った。
そうしながら、パグはとりあえず歩くかと二人に歩行を勧め先に進む。戻るにも入り口がどこにあるのか分からないのだから。
「そういえば、なんでパグさんは無事なの? 犬丸の話だとこの穴の中に入った他の紛争解決係は随分ぼろぼろになったんでしょ」
「ああ。それは、俺が一人だったからだろ」
「どういうこと?」
「この中は天界力をぐちゃぐちゃにかき混ぜる作用がある。そのせいで天界力が暴走するんだが、なぜだかこの中で暴走すると攻撃することしか考えられなくなるんだ。他の紛争係は二人以上で解決に当たってたもんだから、暴走し攻撃を向けるところが仲間になっちまったんだろうよ。同士討ちって奴だ」
「ふーん。だから、パグさんは会った時私達を攻撃してきたのね」
「すまんな」
パグは困ったのか頭をかきながら、森に対し申し訳なさそうな顔をする。
そんな彼に対し森は笑って、不可抗力だったんだからいいわよ、とからりと返事した。
二人の会話を聞いていた植木は首をかしげて、じゃあとパグに聞く。
「なんで今はオッチャンの天界力暴走してねーんだ?」
「お前には一度言ったと思うんだけどな、俺は天界力のコントロールにかけてはぴか一なんだ。これぐらいの暴走、抑えるのはたやすいんだよ」
「じゃあ、なんで暴走したんだよ?」
「……ちっと動揺したもんでな」
パグはぎりっと歯を噛み締めて、思い出すのもいやだと言いたげに目を閉じた。
「それよりも、植木。お前には助けてもらっちまったな。植木のレベル2のおかげで正気に戻ることが出来た」
話題転換とばかりに、そんな感謝の意を示したパグに対し植木は訳が分からないと言いたげに首をかしげた。
「なんかレベル2作用したのか?」
「気付いてなかったのか。お前のレベル2はリバース、力を巡回させ元に戻すものだ。俺の体にリバースがかかったおかげで、暴走していた天界力が一瞬元通りに収まったんだよ。その瞬間に主導権を俺に戻すことが出来た」
「レベル2って天界力にも作用するものなのか?」
「神の座を巡る争いのために作られた能力だから本来は同じ能力に付随した効果しか無効化することはできねぇんだが、どうやら今回用に多少改良したようだな。天界力で発生したものに対してもリバースは有効になっている」
「へー、犬丸もたまには役に立つのね!」
さもいつもは役に立っていない風に森は感心した。
犬丸の扱いがいかがなものかとつっこみをいれる人も居ない状況下で話が切れたその刹那。
「なぁんだ、正気に戻ったのね」
突如声が聞こえて、空から人が落下してきた。
それは女性だった。
新芽のような明るい緑色の長い髪をふわりと揺らして、まるで天界力を暴走させたパグの時のように光を灯さない髪と同じ色の目を三人に向ける。
「な、なんでこんな危ないところに人がいんのよっ」
確かにここは次元の割れ目で、天界人は暴走する危険な場所である。
そんなところに妙齢の女性がいることは違和感しか覚えない。
正しくまともなつっこみをいれる森と警戒したように構える植木の前へ、行動を制するようにパグが立った。鋭く殺気の灯った目で。
「何でお前はその姿をしている?」
しかし、疑問は植木にも森にもわからないものだった。
けれど緑頭の女性は質問の意図が分かっているようで、にこりと微笑んだ。
「何を言っているの、パグ。"これ"は貴方の知っているチコよ?」
「バカ言うなっ! あいつは、……あいつは俺のせいでいなくなったっていうのに」
手を添え、まるで自分をもののように例えたチコという女性は、パグの怒鳴り声に怯える様子もなく微笑んでいた。
「どういうことだ、オッチャン」
事態を一向に理解できない植木は彼にそう聞く。
が、答えたのはチコだった。
「"これ"は彼の妻なの」
その言葉に植木と森はパグとチコを交互に見た。事実かどうか確認するように。
パグはぐっと拳を握り、何かに耐えるよう眉間に皺を寄せた。
「本当にチコさんはパグさんの奥さんなの?」
そうパグに問う森の言葉は至極当然なものであり。
彼は二人に背を向けたまま答えた。
「ああ。確かに"チコ"は俺の妻だ。だが、チコは――」
「行方不明になったのよ。最愛の夫から自分の息子を奪い取られ、息子を人間界へ落とされた悲しみで。ってところで天界では片付けられていると思うのだけれど」
言いよどむパグに代わり、二人に微笑みながら事実を述べたのはチコだった。
「――パグさんも、天界から人間界に自分の子供を落とした一人だったのっ?」
マーガレットのように、と森は驚きの表情で述べる。
その言葉にぐっと歯を噛み締めたパグはしかし、はっきりと答えた。
「ああ」
肯定の返事を。
「俺は出世の欲に駆られ、生まれたばかりの我が子を神の座を巡る争いの中にわざと紛れ込ませられれば次期神は俺のものだと思い、人間界へ息子を――落とした」
結局、俺が神候補に名を連ねることはなくただただ全てをなくしただけだったけどな、とパグは自嘲した。
「だが、それは今関係のないことだ。――お前がチコだというのならば、なぜお前はこんなところにいる? チコがいくら天然だからってこんなところにうっかり迷い込むような方向音痴ではなかったはずだ」
その言葉にチコはくすりと笑った。
「関係はあるわ。貴方のその行動で私は"これ"を手にいれることが出来たんだもの」
パグは、チコの言葉に眉を顰める。
聞いてくれる? と光の灯らない緑目で見られた植木と森は事態把握も出来ないこの状況で言葉を遮ることなど出来ず、パグは真相を知りたいがために彼女へ言葉を促した。
「私は寂しかったわ。ここは誰一人これない次元の狭間にある亜空間。恐らく偶然に出来た私はひっそりと誰かが来るのを待っていた。その時、急に亜空間の壁が歪んだの。穴が開いて、まず見えたのが"これ"だった。ベッドに座り子を失った悲しみに暮れていた"これ"に同調するのは意外と簡単だったわ。同調してから分かったのだけれど、"これ"が持つ天界力ってこの亜空間の空気によく似ていて、操るのが簡単だったっていうのもあったみたいね。そして、次に空いたのはこの穴だったの。この穴って大きくて繋がった世界を引きずり込めそうだったから、とても嬉しかったのよ? 私は一人じゃなくなるって。でも、あなた達が邪魔しにくるんだもの、困っちゃうわ」
ご静聴ありがとう、と微笑むチコに対しパグは目を見開き彼女を見た。
「――なら、ならお前は"チコでないもの"なのか?」
「ええ。正しくはこの亜空間そのもの。"これ"の体を借りているに過ぎないわ」
なら、とパグはすうっと目を細めてチコを……チコの体を乗っ取っているそれを睨みつけた。
「チコを返せ」
「返せ?」
彼女はけらけらと笑った。
まるで、冗談を聞いているかのように。
「貴方は自分だけが可愛かったんじゃない。産後すぐ子供を引き離せば優しい"これ"がどうなってしまうのか、貴方なら分かっていたのに出世欲を満たすためだけに子供を落として、"これ"を悲しみのどん底に突き落として。そんな貴方が、その口で返せだなんていうの?」
パグはぐっと耐えるように歯を噛み締めた。
言い返す言葉も見失ったように。
しかし、そんなパグの前へすっと踊り出た人物が居た。
深緑の頭を揺らし、彼女を睨みつける――植木が。
「どうしたの、君? なにか言いたいことでも?」
彼女は、パグと同じように殺気の灯った目で睨みつける植木に対しにこやかに微笑みそう言った。
植木は真剣な表情のまま、口を開く。
「――はっきり言って、話は四分の一ぐらいしかわからなかった」
「あんなに詳しく聞いておいて四分の一だけかよっ!」
途端、パグの後ろに居たままの森からツッコミが入った。
しかしそれは華麗にスルーして、睨みつけたまま植木は言葉を述べる。
「だけど、オッチャンが自分の出世欲しか満たそうとしなかったひでー奴だっていうのは、あんたの考えだろ? 俺の知っているオッチャンはあんま面白くねーけど、優しいオッチャンだ。優しいオッチャンが自分の奥さんを取り戻そうとするのは当たり前のことだ」
「植木」
あんまり面白くないと評価されて落ち込んでいたパグは、植木の背を見た。
その様子を見て、つまらなそうに彼女はふんと鼻を鳴らす。
「まぁ、説得失敗かしらね。どうしても"これ"が欲しいの?」
「ああ」
パグは植木の隣に立ち、頷いた。
「チコに謝らなくちゃいけねぇし、――"俺達の息子"の話もしてやらねぇといけないからな」
そう言いきったパグの表情は晴れやかで力強いものだった。
彼女は肩を竦め、つまらなそうにパグを見る。
けれど次には、穏やかに笑った。
「なら、私は私のためにあなた方を排除するわ。――"これ"の力で」
そういい、彼女は指先でくるりと周りに円を書くような動作を見せた。
すると指の先から光の弧が現れ、彼女を守るように巨人が現れる。
彼女は光のない萌黄色の目をすぅっと鋭く薄め、冷えた声で彼らに命令した。
「この空間から彼らを排除なさい」
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