空は以前見たときとなんら変わりのない、不健全そのものを現した鈍色だった。
 ターミナルから降りた私はぎゅっと唇をかみ締めて、頭の中で描いたルートの通りに歩いていた。




             追想




 黒黒黒……。
 毛嫌いしていた黒色が私の目の前に並ぶ。と言っても、この建物内に居る黒の群れよりは遥かに少ない……恐らく隊長格のみが終結していた。何しろ、彼らにとって私は一応客人であり仕事関連の人物でもあるからだ。
 その中でも、この黒の群れをまとめているのんきな顔をしたゴリラ元ストーカーを見る。この男に人望があるという事実が不思議でならなかったが、以前私がこの街を庭のように出歩いていた頃、私の保護者であった銀色のまったりとしたパフェのような雰囲気を身に纏っていた男も不思議な人望があったのだから、やっぱり人望と言う奴は摩訶不思議な成分で出来ているに違いない。

「挨拶省いて用件言わせて貰うアル。オマエらにする挨拶もないしな」

 周りに居た男どもは少しばかり殺気立ったように身を動かしたが、ゴリラはにこにこと変わらず微笑んでいる。
 まったく、真撰組の連中は血の気が多すぎる。そして、ゴリラは無駄に人が良すぎる。
 どちらにしろ私には問題のないことだ。ただ、この場に居るゴリラから数えてスリートップは一斉に相手するにはやや厄介な腕の持ち主達だったが。

「で、どんな用件なんですか、チャイナさん?」

「えいりあんがこの町に居るアル」

「アンタもある意味えいりあんそのものじゃないかィ」

 平坦な響きのいいアルトの声で憎まれ口を叩くその男のほうを見ると、予想を裏切らずそこにはヒヨコ髪の腹黒星人がいた。
 予想と違うところといえば、私がかぶき町の女王の看板を掲げていたときよりも顔つきが面長で男っぽくなったところだろうか。奴はあの時腹黒さを隠すためか無駄に可愛らしい顔をしていたが、今はやはり腹黒さを隠すためか妙に好青年風の甘いマスクを持っている。腹黒さを隠すには無駄にいい外見である。

「減らず口叩くな。今はえいりあんばすたーとして近藤局長と話しているネ。オマエはいらねぇんだよ」

「俺はただ事実を述べただけでさァ」

 冷えた目で淡々と語る男に昔から感じていた妙な苛立ちを覚えて、思わず彼に対してメンチをきっていた。
 うぜーぐらいに人の揚げ足取ろうとするところとかまるで変わっちゃいない。

「それが例え事実でもオマエが話を端折ることで無駄に時間がかかるんだっつうの!」

「んなもん、アンタが構わなきゃすむ問題だろィ」

 と、そのときだんっと音がしてその方向を見ると、無駄に瞳孔を開いた黒髪君が障子をばっさりと二つに切っていた。
 そうして瞳孔を開いた目をぎろりとサディスティック星の王子に向けていた。

「話がすすまねェ。少しの間黙ってろ、総悟」

「へいへい。土方さんは切れやすくてしょうがねェ。カルシウム不足ですかィ」

「テメェの存在が全ての原因だ」

 さすがに瞳孔の開き方が半端ないことにやばいと思ったのか思わないのか、沖田は不貞腐れたように土方を見ないようにか横を向いた。まるでガキである。
 そんな状況に何を思ったのか、ゴリラはにこにこと人のいい笑みを浮かべて私に言った。

「済まないね、相変わらずうるさい場所だろう?」

「……変わらないことは時にはいいことヨ。ゴリラもそう思ってるんだろ?」

「あれ、ゴリラ?ゴリラ発言ですか?さっきの近藤局長っていうのはいったいどこへ」

「話を進めるアル」

 困ったように微笑む近藤の状態を遮って私はいい加減先に進むことにした。余計な妨害が入ったせいで余計に時間を食ったことに少々苛立ちを覚えたが、それを抑えられないほど私はガキではなかったので何の表情も浮かべずに言葉を発した。

「煮九食星で私が退治していたえいりあんが地球に逃げたネ。奴ら、雑食で特に雑食動物の肉を好むからオマエら人間が食われる可能性があるヨ。私一人でもやれないことはないけれど、検問かけて逃がさないようにするには一人じゃ難しいから協力しろ」

 その言葉に事態を理解したらしい近藤は、にこにこと人のいい笑顔から真面目な表情になると真剣な目で私を見た。
 彼の人の良さは江戸全体にまで及んでいるのだから本当に頭が下がる。良い意味でも悪い意味でも。

「どういうえいりあんなんですか、チャイナさん」

「奴らは偽装が得意ヨ。食ったものの性質や性格をそのままコピーして他の同類に近づき食べてまた擬態するアル。食べられるときに食べられるように満腹中枢は存在していないから奴らは無人に喰らい尽くすアルよ。だから、その星で退治してほしいと私に依頼が来たネ」

「協力したいのは山々だが、検問かけるには上の圧力が大きすぎて難しい。さすがにそれだけでかくなったんだ、昔のように頭が空っぽでどうしようもねぇってわけじゃねぇんだろ?分かるよな、チャイナ」

 その台詞に土方が私のことをどう見ていたかがよく分かって少しいらっとした。
 恐らく、沖田と同等辺りに見ていたんじゃないかと簡単に推測することが出来たが、それにしたってむかつく。無知と馬鹿は同等かもしれないけれど学習すれば覚えるという点においては遥かに違うというのに。
 しかし、そんな昔のことを掘り返して怒鳴り散らすのは子供のすることだとほんの少しの苛立ちをやり過ごすし、ぎらりと土方を見た。
 睨んだ表情が殺気立っていたのは可愛げな子供心だ。

「私は昔から利口だったアルよ。オマエがそう言うと思ってもう上からの許可はもぎ取ってきたネ」

「ええッ?一体どうやって?」

 驚いた声を上げたのは近藤で土方ではなかったが、土方も驚いたように目を見開いていたのでまあいいだろう、と妥協した。
 そうしながら近藤のほうを向くと説明がめんどくさいと思いながら(というか態度に出しながら)、さらっと説明することにした。

「煮九食星は資源が豊富でどこの星も貿易関係を結びたがっているけど、酷く閉鎖的な星アル。
 だからまず、その星の上層部に自分の星から逃げ出したえいりあんが他の星の住人を食い荒らすことによるイメージの悪化と外交上の不利益を匂わせたヨ。すると、簡単に協力すると言ったから公式文書で約束を取り付けたネ。
 次に、江戸にえいりあんが来たって判っていたから、人脈を辿り上層部にえいりあんが来た旨と逃がさないように協力してほしいとお願いしたネ。もちろん天人である奴らは渋ったけれど、私がこう言うと大人しくなったアル。
『私に協力しないのなら、えいりあんを放置するヨ。オマエらの頭が賢かったらえいりあんを放置することで起こる損失が理解できるはずアルね。それにこれは煮九食星でも了承済みヨ。此処で協力しておけば外交上でも有利になんじゃないのか?』
 そうして、煮九食星への極秘通信と公式文書を見せることにより、利益が上がると踏んだ上層部は検問の許可とターミナル近くで活動する末端組織である真撰組を自由に動かしていいという許可を得たアル。
 つまりアンタら全員私の手下ヨ」

 ちなみに何故検問をかけるのがこの辺りでなくてはいけなかったというと、えいりあん含む他の星から来た者がここに来るためには必ずターミナルを通らなくてはいけないからだ。
 えいりあんが逃げてからそれほど日数が経っていないので、恐らくターミナルからそう遠くへは行っていないだろう。
 幕府官僚もそれを分かっているからこそ、私に真撰組を貸し与えたのだった。
 何故ここまで言わないかというと面倒だったし、よっぽどアホでなければそのあたりの事情も分かるだろう。

「まじでか」

 驚いた声を出したのは一斉だった。
 よっぽど心がシンクロしているようだ、真撰組という団体は。
 私はそんなことを考えながら、何故説明されるまでこれっぽっちも分かっていなかったのか不審に思い、眉を顰めて近藤を見た。

「ちゃんとゴリラにも命令書が通達されていたはずネ。オマエどこにやったか」

 その言葉に近藤ははっとしたような顔をして横に控えていた土方を見た。

「おい、トシ」

「ああ、確かにそんなもんがあったな。だがそれはあくまで上層部の命令であって俺達は近藤さん以外の命令を聞く気はない」

 本当にお前らは近藤第一主義だな、と笑いたくなったが笑えなかった。
 何故なら私も昔は甘い雰囲気ばかりを纏っていただらしのない男が第一だったから。いや、今でも心のどこかでは第一なのかもしれない。ただ、私にはすべき事が増え、考えなければいけないことが増えてしまったせいで彼の存在が薄らいでいるだけで。
 しかし、それでもここまでではないと思うので、鼻で笑ってやると瞳孔を開いた目で見ている土方を真っ直ぐに見た。

「そんなこと知っているアル。けど、今は利害が一致してるだろ。別に命令する気はないから江戸の平和に協力しろ」

「それはもちろんですよ。トシ、全体に通達しろ」

 私の言葉に反応したのは近藤だった。
 土方が私の答えに何を思ったのかは分からなかったが、近藤の顔を見て嫌そうでもない表情をしたのは確かだった。
 そしてつられて近藤を見ると、近藤はにこりと人の良い笑顔を私に向けた。 

「で、チャイナさんにはどうやって連絡取ったら良いんですか?」

「携帯番号教えるからそこに電話しろ。夜は此処に寝泊りする予定だから、起こしてくれればいいネ」

 さらっと真撰組屯所にいることを告げると近藤は驚いたような表情を見せた。
 三十も後半を迎えるおっさんが女一人置くことに驚いていたらキリがないと思うのだけれど。

「ええッ?だってチャイナさん女の子でしょ!こんなむさい男の群れの中にいちゃ駄目だって!」

 その言葉の中に男女の力の差とか表面でしか見えない事実を指された様な気がして、私はぎっと近藤を睨みつけた。
 確かに差はあるし、そこに優劣をつける基準が受け止めさせる側と受け止める側だったとしたのならしょうがないことなのかもしれないけれど、それでも腕力の差であればむしろ私のほうが勝っているのだから、近藤が心配する必要などどこにもないのだ。
 だから、私は安心させる意味と無理やり付け入るという意味もこめ、更に近藤を睨みつけた。

「えいりあんばすたーなめんじゃねェ。そう簡単にオマエら真撰組ごときに寝込み襲われる気はないアル」

 だからさっさと部屋用意しろ、と吐いた言葉に近藤はため息をついて山崎に客間を案内するように指示を出した。
 そうしながら、ああそういえばと言葉を漏らした近藤は私を見た。

「特徴みたいなのはあるのかい?」

「奴の左の掌に星型の痣があるヨ。それ見ればどんなバカでも一発で分かるネ」

 その言葉に、近藤はにこにこと微笑んで私に一礼した。

「助かったよチャイナさん」

「元はといえば私のミスのせいアル。アンタらに感謝されるいわれはどこにもないネ。……ああ、彼奴は強暴だから見つけたら直ぐ、私に連絡しろヨ」

 分かったよ、と返した近藤は私にどこまでなじられても人の良い笑顔を崩すことはなかった。



      >>20060708 アレ?説明不足?



back next top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送