次の日。
 雀の声がさえずる頃に目を覚ました私は屯所の食堂でたくあんと真っ白なご飯を十合ほどは食べ、忙しなく動いている隊員の間をすり抜け、赤い傘を差しながら排気ガスで真っ青な空に見えない江戸の街を歩いていた。
 隊服である黒が昨日より目に付くのは、私が教えたとおり真撰組が動いているせいだろう。人を喰らう可能性が高いえいりあんを捕まえるために。
 散歩をするようにゆっくり歩きながらもえいりあんの気配を探るため常に神経を張り巡らせながら長い時間をかけて江戸中を歩き回る。
 と、途中かぶき町へ足を踏み入れた。
 どこか足を踏み入れることに躊躇があるのは昔なじみに会う可能性が高いだろうからか?
 いまや押しに押されてゴリラの嫁になってしまった姉御やあの年で未だに夜の女帝をやっているであろうババァ。一般的なペットよりちょっぴり大きい定春や無駄に熱狂的なお通親衛隊隊長メガネ。……そして、天パに自分の悪いところ全てを押し付ける糖尿病予備軍な男。
 まだ、一人前だといいがたい自分には会えない人たちだ。
 だからこそ、かぶき町という街を歩いているとほんの恐怖を覚える。
 何故まだ半人前の自分がここにいるのだろうか、と。




             追想




 くるくると傘を回しながら変わりのない風景をどこか懐かしい気持ちで眺めていた。
 そんな折、真っ黒な車の横に立っている真っ黒な服を着たヒヨコ頭を見かけ、私は捜査状況でも聞こうかと昔であれば絶対自ら寄って行こうとは思わなかった男のところへと向かった。
 彼は感情のない鳶色の目で私を見ていたが、少し驚いたように眉がぴんと跳ね上がっていてやっぱり奴にとっても私が進んで近づいていくのは奇妙なことなんだな、と思った。

「よ、サディスティック星からやって来やがりやがったサド王子」

 挨拶代わりの憎まれ口を叩いても不審そうな表情は変わらず、私を見ていた。

「どうかしたか、チャイナ?」

「えいりあん捜索はどうなってるネ」

 私の言葉にようやく納得がいった、というような表情で沖田は肩をすくめた。

「いや、まったくひっかかんねェな。善良な市民は皆手のひら見せてくれるんだがね、この江戸から一匹のえいりあんを探すのは難しいからなァ」

「所詮芋侍の軍団ではこの程度ってことアルね」

 一日目からえいりあんが見つかると思っていたわけではないが、それでもさっさと見つけてしまいたいという気持ちがあったので思わず目の前の男に憎まれ口を叩いていた。
 無論、会って話をするような回数は少なかったものの、この男がこの程度の憎まれ口でへこたれないと知っていた所為でもある。
 しかし、沖田は珍しく気に食わないといった表情を作って私に言った。

「……アンタ、言うことがお上みてェになってますぜィ」

 あまりにも気に食わない言葉を吐かれ私は思わず顔を顰めた。

「上層部からなに言われてもへこたれない根性を熱い鉄を打つがごとく作ってあげてるんだヨ。そんな優しい私の心根を知らずにあんなアホどもと一緒にされたら気分悪いアル」

「アンタに鍛えられるほどやわな根性しているつもりねェな」

 く、と笑った沖田の表情が気に食わなくて、にやりとニヒルな笑みを浮かべると彼を負かすために私は更に言葉を進めた。

「ほーう。ガラスの剣のような心をしたサド王子がなに言ってるアル。サドのほうがマゾより不利だっている事実を知っているアルか?一番強いのはどんな苦痛をも快感に変えてしまうマゾネ」

「そーかィ。どうやら、今此処で生粋のサドの強さをアンタに見せ付けたほうが良いみたいだなァ」

「受けてたつヨ。根性打たれすぎて涙と鼻水同時に垂らしながら地べたに這いつくばって謝るがヨロシ!」

 にやっと笑った沖田は自然な動きで抜刀する。
 私はそれより先に傘を閉じ彼に対して打撃を加えるために傘を振るったが、抜いた刀で見事かわされた。
 私の得手は遠近両用に出来ている。丈夫な本体は私の怪力によって生み出される衝撃に耐えられるし、先からは機関銃のように弾を放つことが出来る。それに対して沖田の刀はあくまで近距離のみだったので、私は自身の有利になるように彼から距離をとる方法を考えた。
 しかし、接近戦をしているとなかなか離れるための隙がない。
 だからこそ、沖田は剣の道に関しては天才なのだろう。
 かきんっ、と響き渡る連続した音に夜兎族の血がざわめくのを感じながら、一方冷静に奴の隙をどう作ろうかと思案する。

「これで本気だなんていわねェよなァ、チャイナッ!」

 沖田は酷く楽しげに言葉を吐いた。
 そういうところはまったく変わっちゃいない、と思いながら私は沖田の言葉に反応しにやりと笑った。

「ほあちゃァアアアッッ!」

 声を張り上げながら上から振り下ろした傘は沖田に受け止められる。が、しかし私はそれを軸にしてぽんっと飛んだ。くるりと回転した私の体は予想通り沖田が支えきれぬ程度ではなく見事後ろに着地する。と、直ぐにバックステップを取り数歩下がると傘の先を向け弾を連続で放った。
 そのまま背中で弾丸を受ける――なんてことにならず、すぐにくるりと振り向いた沖田はとんとんっと華麗に弾を避けていく。
 しかし、避けるごとに後ろに下がるしかなく沖田はあくまで後手に回らなくてはいけない。
 いつも持ち歩いているランチャー砲は車の中に仕舞いっぱなしなのか手元になく、近距離専用の武器しか所有していない沖田としてはどういうタイミングで私に近づくかが問題になってくる。

「そうやっていつまでも銃でダンスを踊っているがヨロシ!」

「そういうわけにはいかないでさァ」

 沖田は酷く楽しげに笑った。それは彼の腹黒さを現したような黒い笑みだった。
 とそれと共に、沖田は自身が傷つくのもものともせずに強く踏み込むとすばやい動きで距離をとっている私の懐に入ろうとする。
 奴は普通の人間で私のような再生力もないというのに、その度胸はどこから生まれるのだろうか?と不思議に思いながら、私は焦って銃として扱っていた傘を胸の辺りに引き寄せた。
 そうしながら下から上に振った沖田の刀を交わすように足を引いた。

「こんなに楽しい機会は早々ないのに」

 呟く沖田に、こいつ喧嘩バカだ。と今更ながら確信した。

「相手の感触も確かめられない喧嘩なんざ俺ァまっぴらごめんでさァ」

 それ喧嘩という文字を別のものに変えて、お前の顔につられて寄ってくる女に言ってやったら喜ぶと思うよ、と心の中で呟きながら振り下ろされる刃を受け流しながら、反撃の機会をうかがう。
 刀が交じり合った瞬間、ぐっと刀を押して後ろへ引かせ打撃を加えようとした瞬間――。

 がつん。

 脳に音が響いて、頭を殴られたことを理解した。
 それは得手を交り合せていた沖田も同じことでぶすっと不貞腐れた表情で殴った相手を見ている。

「俺が見てねェ隙になにやってんだ、テメェら」

 沖田が子供っぽい表情を見せる相手――土方だった。
 土方は私と沖田を交互に見るとはぁと疲れたようにため息を吐いた。そうしながらポケットからがさこそと煙草を取り出し銜える。火をつけてすぅと吸い、右手で火のついた煙草を持つと煙と共に息を吐いた。

「お前ら、年喰っても何にも変わってねェな。ちったァ落ち着け」

「無理でさァ。俺はいつまでも少年の心を忘れない大人なんでさァ」

「私は昔から落ち着いているアルよ。ただこいつが勝手に私に構ってくるだけヨ。マジうぜー」

 土方の至ってまともな言葉は、自身の性格を改善しようともしていない沖田の言葉で途端にぱぁになる。無論、私が吐いた言葉も土方の諭す言葉を無駄にしている一端ではあるが、沖田ほどではないだろう。
 大体、私は落ち着いているのだ。
 全ては無駄に喧嘩っ早く、喧嘩を好いている沖田に非がある。
 だから、私は沖田に対して嫌そうな顔をしてやった。
 すると沖田は私の言葉などまったく気にしていないようににやりと笑うと土方を横目で見ながら私に言った。

「三十路も目前なのに独り身でいる土方さんの不甲斐なさよりはうざくねェよ」

「おおィ、俺に喧嘩売ってんのかッ!」

 土方は直ぐに反応した。
 直ぐに反応するからこそ沖田は土方をからかうのだと、何年も一緒にいて何で分からないのだろうか?もしくは、わかっているけれどわざとじゃれさせている?
 後者だったのなら、恐らく幼い頃からの付き合いで遊んでやっているいい大人の図が浮かぶのだが、前者であれば真撰組の頭脳であるはずなのに私や沖田よりアホのような気がする。どうにも前者のような気がしてしょうがないのだが。
 沖田はその辺りをどう思っているのだろうか?
 私がそんなことを考えているとは露知らず、遂に土方のほうを真っ直ぐ見た沖田はにやり、と彼に対して笑っていた。

「俺はただ事実を述べただけでさァ。図星指されて怒るたァ土方さんも大人気ないですぜ」

 沖田の言葉が引き金になったのか、ぴくぴくとこめかみを引きつらせながら土方はゆっくりと抜刀した。

「よし、そこに直立不動で立ってろ。俺がばっさり叩ききってやらァ」

「返り討ちにして副長の座を奪ってやりやすぜィ」

 そのやり取りは私が以前かぶき町の女王をしていた頃に見かけたものとまるで変わらず、私は可哀想なものを見る目で二人を眺めた。

「……オマエら年喰ったってのにまったく変わることなくガキだな」

 呟いた言葉は、怒りに駆られ抜刀する土方とそれを増徴するように減らず口を叩きながら逃げる沖田によってかき消された。



      >>20060722 この二人の喧嘩に割って入れる土方は相当すげぇです。



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