追想




 そんなこんなで夕食時になり屯所に戻った私は、屋敷内にある食堂でごはんですよを文字通りご飯にかけながら炊飯ジャーごとまったりと喰らう。
 やっぱりちゃらちゃらしたおかずよりも、一品ものでがつがつ食べるほうがおいしい。
 えいりあんばすたーという仕事を父の元で始めたときから不定期ながらも危険なだけに高額な収入をもらえるのでお腹いっぱいご飯を食べられるのだが、外食という形状が多いものでご飯だけをがつがつと食べるわけにもいかず、たくわんだけとかごはんですよだけなんていう食事は本当に久しぶりだった。
 周りの刺さるような目線には気がついていたが、真撰組内において食事に関しては異様な味覚を持つ人物がいるというのに何故ただの大食らいを気にするのかまったく理解が出来なかった。
 つまり、奴らにとってあれは慣れてしまったのだろうか?
 いや、でも全てを犬の餌に昇華できる食べ方を慣れることが出来るのだろうか?――いいや出来ない。

「食費も経費で落ちればいいんだがな」

 噂をすれば何とやらなのか。
 私はそんなことを思いながら顔を上げる。
 するとそこには予想と異ならず、鬼の副長と恐れられる実質ただのマヨラーがいた。
 何事も過剰摂取というのはいけないような気がするのだが。事実マヨネーズなんて無駄にカロリーの高いものは肥満や高血圧になりやすいし、さらに病状が進めばあの糖分好きの男のように糖尿病になってしまうだろう。そういえば、糖尿病の患者の尿は甘いと知ったのは彼が糖尿病だと知ってから随分後のような気がする。

「さァな。私にはそこまではわからないアルよ。ま、私の食費ごときで経費が圧迫するほど貧困に窮している真撰組の財政状況には同情するけどな」

 無駄なことを考えながら土方に返事すると、土方は顔を顰めつつ私の真正面の席に座った。
 別に目の前でご飯が見えなくなるほどマヨネーズをかけて食事をしても構わないが不快には思うのでぶっちゃけ前に来て欲しくなかったが、その辺りは言わないでおいた。土方をからかうのは面白いが別の内容で既にからかっているので。

「よろず屋ほどではないがな」

 土方は煙草を取り出すと火をつけそれを吸う。
 ニコチン中毒者は常に煙草を吸っていないと駄目だというが、煙草を吸っていないこちらの身としては煙が臭くてしかも匂いがつくので止めて欲しい。
 といっても、煙草が嫌いすぎて彼の煙草を奪って水ぶっ掛けてしまうほどに嫌いというわけではないので、ゆらりと立ち上る紫煙を眺めながら、私は淡々と言った。

「あれは後先考えずにジャンプや糖分に銭を使う銀ちゃんが悪いアル。収入は不安定だったけれど、それなりに働いてはいたアルよ」

 私の言葉に土方は納得したようだった。

「ああ。あの天パじゃあそこまで深くは考えられないだろうな」

「というより、銀ちゃんは本能に従って生きすぎアル」

「……そういうお前は随分理性で生きることを覚えたようだが?」

 その言葉に私は思わず顔を顰めた。
 本当に、昔を知る人たちというのはイヤなところをついてくるものである。もっとも、土方にデリカシーがないのは真撰組などという無駄に汗臭い場所にいた所為か本人の気質なのか分からなかったが。

「イヤなこと言う男アルよ。だからオマエは腹黒星人同様女にもてないネ」

 土方はくっと軽く笑った。
 まるで、自身に女がいないことなどこれっぽっちも気にしていないような笑い方だった。本当に彼の行く先はこれでいいのだろうか、と思ったが彼には真撰組や近藤以上と思える女が現れていないのだろう。
 だったらしょうがないことなのかもしれない、と考えた。
 この腕で守れる大切なものなど結局は優劣の差がつけられてひとつしかないのだから。……私にはまだ好いた腫れたはいまいち理解できないが。

「俺は近藤さん一筋だからな」

 だから彼の言葉の意図も分かるのだ。
 しかし、取る人が違えば危ない方向にも進める危険な言葉でもある。そして、無駄に土方の思考を理解しているなどと本人に思われたくないので私は敢えて笑ってやった。

「きしょ。行き過ぎた忠誠心はゲイにも見えるヨ。妻帯者思っても無駄だってわからないアルか?これだからマヨラーは」

 意味を履き違えて。

「マヨネーズを馬鹿にすんじゃねェ。マヨネーズはなんにかけても美味くなるっていう素晴らしい食べ物なんだぞ。俺はマヨネーズを発明した人を尊敬する」

 しかし、土方が注目すべきはゲイ扱いされたことよりもマヨネーズをバカにされたことだったらしい。彼の基準がいまいち理解できなかったが、結局土方の頭にあるのは昔から近藤と真撰組とマヨネーズとニコチンなのだろう。……意外と多いな。

「マヨネーズは馬鹿にしてないネ。マヨネーズをキモい食べ物に見せることの出来るオマエを馬鹿にしているアル」

 そう言ってやると土方ははぁと煙草の煙ごと息を吐いて、眉間に皺を寄せたまま私を見た。

「総悟同様お前は人を怒らすことにかけては天下一品だな」

「サディステックという特徴でしか自己を表せない男と同じにするんじゃねェ。その時点で私を貶しているヨ」

 はっきり言って沖田と一緒にされるのは腹立たしい。
 何故腹立たしいのかは昔からよく分からなかった。
 けれど、花見の席で奴を見かけたときから気に食わなかったし、気に食わなかったからこそ一緒にされるのが更に気に食わなかった。
 今思えば、それは同属嫌悪にも似たものだったのだろう。
 認めたくはないが、奴と私はよく似ていたから。
 そんな風に自己分析できるようになっても、やっぱり反射的に奴と一緒にされると腹立たしいというスタンスは崩さない。特に奴と私の関係を知っている人の前では。
 炊飯ジャーに残っているごはんですよがかかっているご飯をまるで垂れ流すように私の口に流し込む。
 普段外では一応繕ってマナーどおりに食べるが、むさい男の集団である真撰組においてそんな無意味なことをしても仕方がないので、昔どおりマナーを気にせずご飯を貪り尽くすほうを優先した。
 そんな私の態度に何を思っているのか、土方は煙草をぷかぷかふかしている。
 というか、食堂に来たのだからご飯を食べればよいと思うのだが。

「しかし、お前が策略を立て全てを準備して真撰組に来るとは思っていなかったぜ。江戸を離れたと風の噂で聞いたもんだから、星海坊主の後引っ付いてえいりあんばすたーになっているとは思っていたが……。力で全て解決しているもんだとばかり思っていたからな」

 その言葉に私は鼻で笑ってやった。

「女は男よりも遥かに理性で動かなくちゃいけないアルね。策略をめぐらせて自分の有利な方向に導くのだって、えいりあんばすたーとしては必要なスキルヨ。力だけじゃあ何にも勝てないネ。それは多串君、オマエがよくわかっているんじゃないのか?」

 武装警察真撰組の頭脳派として局長である近藤を助けている土方であれば。敵を倒すのに必要なのは腕力やそれにともなう技巧だけではないのだと分かるのでないだろうか?そして、真撰組という武装組織に席を置いているもの達もまた土方と同じように分かっているのではないだろうか。
 相手を制圧するのは直接的には腕力だが、戦略もまた相手を制圧するのに大きな力となっているのだと。
 土方は私の言葉を理解したのか、ふっと楽しげに微笑んだ。
 それは例えば近所の子供が大きくなったのを懐かしげに見る大人と同じような表情なのだろう。私と土方にはそれだけの距離とそれだけの懐かしさを共有する時間があった。

「……チャイナも随分でかくなったもんだ」

「オマエはただ年喰っただけだけどな」

 私はそんな近所のおじさんのような台詞を吐く土方にお似合いの言葉を言ってやると、食べきった炊飯ジャーを片手に持って席を立った。
 今からこれを洗い場に出してこなければいけない。

「天パには会いにいかねェのか?」

 土方が誰を指しているのか、直ぐに分かった。
 それは余計なお世話であったが、無駄に人のいいゴリラの下についているうちに世話好きが感化されたのだろうか。

「……えいりあんを逃すなんて不手際しているうちはまだまだ半人前ネ。そんな状態で銀ちゃんに会いにいけるわけないアルよ」

 自身を鼻で笑いたいのを抑えながら、土方の返事を聞かずに食器返却口へと向かった。



      >>20060729 土方は沖田の中で神楽における銀ちゃんのポデションにいると思う。



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