追想
いつも無意味にニコニコと笑っている近藤にしては渋い顔をしている。
真撰組屯所の一角。
副隊長以上が出席する会議の席に私も同伴していた。まぁ、この件に関しては私が指揮権を(真撰組は認めていないし私も主張していないが)持っているのでここにいるのは当然のことだろう。
実際、私の不手際で奴をこの星まで逃がしたという責任は確かにあるのだし。
だからこそ、近藤は普段であれば内部の上役にしか参加させない会議に私を呼んだのだろう。
「……とうとう被害が出た」
その言葉に私は思わず唇を噛んでいた。
私が煮九食星で奴らを全滅させておけば、今回のような無意味な被害は出なかったはずなのだ。
それなのに、こうして関係のない人が死んでいくというのはつまり全て私の不手際の責任で。
「被害にあったのは四十代男性とその妻。妻の友人が妻に会いに行こうと戸を開けたときにえいりあんに食べられる妻の姿を見て、そこで初めて分かった。――奴はなり変わりが出来る。恐らく、実際に男性が被害に遭ってから多少の時間が経っているのではないかと思われる」
「じゃあ、被害者は多く居てもおかしくないということですか?」
「恐らく。といっても、奴の身は一つだけなのだから多くの人物になり代わるのは無理だろう。そこを考えれば、驚くほど多くはないだろうが……ここ最近の行方不明届けは確認しておいたほうがいいだろうな」
詳しい説明と指示を出す土方を眺めながら、ぐぅっと自分の無力さに拳を握り締めた。
「チャイナさんはどう思う?」
そう問うたのは近藤だった。
私ははっとして近藤を見た。近藤は真剣な目で私の意見を求めていた。
その目にかみ締めていた唇を緩め軽く息を吐く。
「多串君の指示通りで大丈夫ヨ。ただ、武装警察だからといって奴を舐めてかかるのは止めて欲しいアルね。オマエらがそこまでバカだとは思わないけれど、奴は姑息ネ。油断だけはしないように皆に伝えて欲しいアル」
私の言葉はこの場にいる人たちに伝わったのか、真剣な表情で分かりました、と元気の良い返事を貰った。
その後細かな打ち合わせをする真撰組の黒服をぼんやりと眺めながら、早くぶちのめさなければと拳を握り締めた。
その後、私は町に繰り出した。
数うちゃ当たるではないが足で稼ぐという原始的な方法もやっぱり大切だと思うし、やはり私は頭脳戦よりも体力勝負が得意なのだ。得意な分野を生かさない手はない。
江戸の日差しはあまりにも汚い空気の所為で常にやや遮られてはいるが、その日差しは私には痛すぎる。
空を傘や雨越しでしか眺められないという事実は、いつも私にほんの少しの痛みを与えてきた。しかし、成長すると共にその痛みが減ってきたような気がするのは、痛みに対しての慣れなのか諦念なのかそれとも他に理由があるのか私には分からなかった。
それでも赤い傘は私にとっては痛みが伴う晴れの日でも待つだけではなく、行動させてくれる強い味方だった。……昔も今も、これからも。
ざりざりとコンクリートの上にある石が擦れて悲鳴を上げる。
その音に耳を傾けながら、しかし私は神経を張り巡らせて私の今の仕事相手のえいりあんを探す。
しかし見えるのはやや黒い服が目立つようになった人の群ればかりで、えいりあんが私の第六感に引っかかることはない。
「怖いねェ」
話し声が聞こえて私はふと耳を傾けた。
「えいりあんが人を喰っているんだってさ」
「ああ、ニュースの奴だろ?連日やってるから知っているよ」
「警察は何しているんだか」
「それよりもこんなん出てきたの天人来てからだよなぁ。これだから、他の星の奴らは……」
ちっと舌打ちが聞こえてくる。
こういうことがある限り、種別や出身星が違うというだけで生まれる差別はなくならないのだろう。決して悪いのは食事を求めるえいりあんでも様々な文化をもたらし良くも悪くも生態系を変える天人でもないのに。
けれど、えいりあんを逃したのは私の所為だ。この星にえいりあんが来たのは偶然であっても。
ぐぅっと傘を持たない左手を強く握り何かに対して耐えるように立ち止まった。
これを教訓にしなければいけないのだろう。
今後、私がえいりあんばすたーとして働いていくかぎり、己のミスは他人の命を奪うのだと。
>>20060805
丁度いい区切りがここだったんです……。
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