数日後、私は既に日課となった見回りをしていた。
 丁度かぶき町に差し掛かる頃、イヤな記憶しかないひよこ頭を見つけて表情を歪めた。
 別に彼が嫌いなわけではない。いつも会うたびに口喧嘩になり更に力と力を競う喧嘩へと発展していくのが嫌なのだ。奴に勝てないことはないが、いがみ合いを続けるのは意外と疲れるのでちょくちょくは会いたくないのだ。
 さて気付かれぬように歩くか、と思っているとくるっと奴が振り向き思いっきり目が合ってしまった。
 奴の私を見る目が真っ直ぐすぎるのでむっとして、ガンつけてやった。……こういった私の対応が喧嘩へと発展するのかもしれないが。
 ともかく、奴はすたすたすたと私の前まで歩いてくるとにやり、と口元に笑みを浮かべた。

「おう、チャイナ娘。一緒にパフェでも喰わねェかィ」

 しかし言われた言葉は予想外だった。
 予想外すぎて気持ち悪い。
 なので私は腰に手を当てて沖田を睨み続けた。

「オマエに誘われるとなんだか裏がありそうでイヤな気分アル」

 私の言葉に沖田は肩をすくめて、まるで心外だと言いたげな表情を示した。

「別に裏なんてないでさァ。俺もいい大人なんでェ、少しは丸くなってらァ」

 えいりあんを追ってこの星に再度下りてきてから沖田の言動を見るかぎり丸くなったような雰囲気はこれっぽっちも見受けられず、先ほどの言葉同様ものすごく胡散臭い。
 しかし、じっと睨みつけるのも中々疲れるもので私はふっと力を抜いて柔らかくなった瞳で沖田を見た。
 それは私の中での妥協だろう。もちろん、沖田がなかなか嫌な奴ではあるが悪い奴でないというのもあるのだが。

「……ま、いいや。オマエに毒盛られても負ける気しないしな。レディ誘ったんだから奢れよ」

「金のかかるレディでさァ」

「レディってのはいつの世も金がかかるって相場が決まってるアル」

 軽く憎まれ口を叩くが沖田は曖昧に終わらせ、近くの甘味処に行こうと誘った。
 この辺りが成長した部分なのかもしれない、私も沖田も。




             追想




 沖田に誘われて入った甘味処は適度に人が入り賑わってはいたが、平日の午後二時という事実が相まって席をつくまで待たなくてはいけないほどではない。
 あっさりと通されて、窓際の角席に向かい合わせで座った。
 メニューを眺めて、私は無性にあんこが食べたくなったので抹茶パフェを頼み、沖田はプリン・ア・ラ・モードを頼んでいた。
 もし銀ちゃんであれば、巨大イチゴパフェでも頼んでいただろうか?などと思いながら、メニューを辿り元に戻した。
 そうしながら、そっと窓の外を見た。
 目の前に座っている沖田は何か言いがかりをつけながら話しかけてくるかと思いきや、まったく無言で私と同様に窓の外を眺めていた。
 そのうちに抹茶パフェとプリン・ア・ラ・モードが同時にやってきておいしそうに盛り付けられている抹茶アイスとあんこに、俗に女性の中に存在すると言う別腹が疼いた。
 デザート用の細めのスプーンを持ちすいっと抹茶アイスとあんこを同時に掬い、ぱくりと食べる。甘みと抹茶特有の苦味が私の口内に広がり絶妙においしかった。
 そう思いながら目の前の沖田を見てみると、沖田はぷりんと生クリームを同時に掬いぱくぱくと食べていた。その表情にはなんの感情も浮かんではいなかったが、ゆっくりと味わうように食べる姿にきっとプリン・ア・ラ・モードも美味しいのだろう、と感じた。
 真っ黒な真撰組の隊服を着た沖田は、体ががっしりと青年らしい体つきになり顔つきも年相応の男らしいものになったこと以外は何一つ変わっていないように私は思えた。
 だから、私は彼の昔の数少ない接点を思い出しふと質問をしてみた。

「オマエまだ副長の座狙っているのか?」

 その言葉にプリン・ア・ラ・モードから目を離し私を見た沖田は、にやりと変わらない人を舐めきった表情を浮かべた。

「もちろんでさァ。土方さんを引き摺り下ろすまで俺ァ諦めないぜィ」

「しょぼいアル。男ならもっと上目指せよ」

 沖田なら上を目指せるような気がする。本当になんとなくなのだが。
 だから、憎まれ口を挟みながら向上心を持て、と言葉に含めてみると沖田はふっとごく自然に出たような柔らかな笑みを浮かべた。
 一度も見たことがなかったような、酷く優しい笑みだった。

「それで良いんでさァ。俺は近藤さんが好きで何かと邪魔だが土方さんが好きで、真撰組が好きなんでさァ。そして、この江戸も。万が一エリート官僚なんてもんになっちまえば裏工作ばかりに目がいっちまって江戸もそこに住む人も見えなくなっちまう。それは俺の本意じゃねェ。
 アンタだって判るだろィ?
 一時はかぶき町という場所に住み、この町を好きだったアンタには」

 一瞬、私は言葉を失った。
 まさか沖田自身からそんな言葉を聞くとは思わなかったからだ。
 奴は生粋のサドであったが悪を許さない側面を持っていることは知っていたので、そんなことを思っていてもおかしくないが私に話すはずがない。好敵手である私に。
 ……もしかしたら、彼の言う丸くなったというのはこのあたりなのかもしれない。と思い、私はふっと息を吐くように軽く笑った。

「変わらないアルね、オマエは」

 変わったけど変わっていない。
 考え方や大切なものは何一つとして。
 沖田のことを詳しく知っているわけではなかったが、それでも変わっていないと断言できるのはかぶき町の女王だったあの頃、ほんの少しでも沖田の内面に触れる機会があったからだろう。
 そして、それを見比べることが出来たからだろう。

「アンタもそれほど変わっちゃいねェ。根本は」

 口元だけで嘘くさい笑顔を向けた沖田に、同意の笑みを浮かべた。

「状況や経験値で行動や雰囲気は変わるかもしれないけれど、芯は変えることが出来ないネ。だからオマエとの喧嘩は今でもオマエも私も頭を空っぽにして武器を振るうことが出来るアル」

 それは夜兎の血に飲み込まれる行為でもあるけれど今はもう夜兎の血を抑えることが出来るから、遠い昔恐怖を覚えた行為は単純な力量を測るための戯れに変化した。
 だから私は沖田と一緒にいても平気だし、得手を持った状態の喧嘩でも適度に応じる。
 周りの被害を考えると抑えたほうがいいのかもしれないが。

「アンタとの喧嘩はなんにも考える必要がねェから楽しいぜィ」

「うざいけどな」

 楽しさに同意することは出来るがやっぱり面倒なことには変わりないので減らず口を叩くと、しかし沖田はそれでもにやりと人を舐めきったような笑みを浮かべていた。
 それを眺めながら緩やかな曲線を描いているスプーンを動かし、抹茶アイスを掬うとぱくりと食べた。

「それよりも俺ァ、アンタとこんな風にのんびりと話すことが出来るとは思ってもいなかったぜィ」

 蕩けるアイスの味を楽しみながら笑っている沖田を見た。
 私は喉の奥で笑った。

「私もヨ。オマエとはよっぽどそりが合わないものだと思っていたからびっくりしたネ」

「なんだかんだいって、俺達も丸くなったってことかねェ」

「それが年を重ねる生き物の醍醐味ってものアル。多面性が発揮されるのは面白いことネ」

「それもそうでさァね」

 肯定の言葉ばかり返す沖田は昔の私から見ればキモいことこの上ないし、普段であれば今の私から見てもキモいことこの上ないのだが、のんびりとどうでもいい世間話をどうでもいいような柔らかなペースで話すことに違和感も不快感も感じることがなかった。
 それが、今の私と沖田の距離でありペースでありスタンスなのかもしれない。



      >>20060813 もうちょっと同じ場面が続きます。



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