追想




 それでも朝は平等にやってくる。
 目覚めた私は寝ぼけ眼のまま顔を洗うためタオルと念のため傘を持って縁側の廊下をとぼとぼと歩いていた。
 お日様は緩やかに顔を出し、光で街を照らしている。
 なんだかまったりとしたこの時間を直ぐに終わらせてしまうのがもったいなくて、すとんと地面側に足を投げて座った。
 結構朝も早いので通る人は少ない。
 通った人はなんらかしら声をかけていくが、大丈夫とか分かったアルとか言うと直ぐにささっと行ってしまった。まぁ、今はでかい事件を扱っているせいで忙しいのだろうけれど。
 ゆるゆると朝特有のなんだかのんびりしたいような急がなくてはいけないようなそんな雰囲気が時間と共にまったりと過ぎ去っていく。
 と、無駄にでかい殺気を感じた。
 殺気は私を意識しながら近づいてくる。
 分かりやすいといってしまえばそれまでだが、分かりやすいのにその殺気は強いような気がした。私と互角に争うぐらいには。……と絞ってしまえば、相手は簡単に分かる。
 私は愛用している真紅色の傘を下から上へと振り上げた。
 感触はなく、ばんっと驚いたように着地する音と振動が私の体を包む。

「なにしやがんでィ。人がのんびりと歩いているってェのに」

 響き渡るどこか人をバカにした独特のイントネーションは想像通りで、私は振り向きもしないままふっと笑った。

「殺気振りまきながら歩く奴に対して容赦しないって決めてるネ」

 ふっと息を吐いた音が聞こえた。

「そんなに判りやすかったですかィ」

「判りやす過ぎて涙が出そうアルよ」

 憐れみをこめたような声音で答えると、ざっと風を切るような音が聞こえたので私は咄嗟に体を前にくるりと回転するように手に力をこめて己の体を放った。
 放物線を描いた私の体は見事地面に着地する。
 そして、前を見るとタオルを斬った沖田の姿が確認できた。
 変わらぬ彼の姿にどこかほっとしながらも私はふっと鼻で笑ってやった。

「危ない奴アル。触るもの皆傷つけたってオマエは思春期か!」

「俺ァいつでも思春期でさァ」

 私の減らず口を同じぐらいの減らず口で返した沖田は真剣を握り締めにやりと笑った。
 そしてぐっと足に力が入る。
 それを見逃さない私もまた足に力をこめ奴に向かっていった。
 常人には見えないスピードで傘と真剣が触れ合い離れまた触れ合う。それはまるで互いを思っている恋人同士のように。
 力は私のほうが上だが、スピードは沖田のほうが上だ。
 長所と短所をあわせれば同じぐらいの力量になる。それだけ、細胞の才と天武の才が拮抗しているのか(どちらとは言わないが)努力によるものなのかそれとも限界点が同じに設定されているのかまるで分からなかったけれど、命のやり取りをしなければ勝負がつかないぐらいには私と沖田の戦闘能力というのは同レベルだ。ベクトルの違いはあったものの。

「やっぱり、拮抗してるなァ!」

 沖田が力を入れて放った刀はびりびりと手に痺れが来るほどに重い。私よりは弱いものの、人間にしてはかなり力があるほうなのではないだろうか?恐らく真撰組という立場上筋力トレーニングを欠かしていない所為なのだろうけれど。
 くっと顔を思わず歪ませると、沖田は酷く楽しげに笑った。

「――この、生粋のサドめ!」

 がっと思わず足が出た。蹴った足は避けられたものの傘は自由になる。
 がしゃん、と弾を装てんすると切っ先から撃った。
 しかし、それを沖田はやすやすと避ける。
 連続で打っても時折剣で弾きながら(刃こぼれがすごそうだ)避けきっている。そこに動体視力とスピードの良さを感じる。

「この程度ですかィ、チャイナ?」

「……ッ、オマエ本当にうぜーよ!」

 がしゃんと弾を装填した瞬間、ぶわっと別のところから殺気を感じた。
 それは正にこの星まで追いかけてきたえいりあんと同じような殺気を。
 だから私は思わず沖田に傘を向けると数発弾を放った。
 それは沖田が避けるまでもなく通り過ぎて草むらに消えていく。

「ニャア!」

 甲高い鳴き声がした。
 そうして草むらから現れたのは白と茶のぶち色をした猫だった。
 まるで逃げるようにさっといなくなる。

「あんなところに猫なんていたのかィ」

「これだからオマエはまだまだアル。小動物の気配ぐらい察知しとけってんだ」

 沖田の言葉が侍にしてはあまりにも鈍感なものだったので、思わず鼻で笑って憎まれ口を叩いていた。
 すると沖田はすねたように唇を尖らせるという、二十代男性としては非常に幼い表情をした。

「わりィか。アンタとの喧嘩にわくわくして他の事に目が入らなかったんでさァ」

 奴との喧嘩は周りが見えなくなくぐらい拮抗してのめり込んでしまうものだけれど、その言い草があまりにも子供っぽくくすりと小さく笑っていた。
 男のほうがガキっぽいと言うけれど、二十代にもなってまるで十代の青春を謳歌しているような表情や言葉で感情を表現するものだから、尚更おかしかった。
 変わっていないのか、若返りしているのか私には判断のしようがないけれど。

「そういうところがうぜーんだよ、オマエは」

「それだけアンタにのめり込んでいるんでさァ。……ッともうそろそろ朝食とらねェとやべェな」

 はっと時間を確認しようとしたのか上を向いた沖田はお天道様を見たまま呟いた。
 一応懐に仕舞ってあった携帯を確認すると、確かにいつもなら朝食を取っている時間だった。

「うわ、オマエの所為で時間無駄にしたネ!時間返せコノヤロー」

「ノリノリで喧嘩に応じたアンタもわりィと思うけどなァ」

 互いに得手を持ちながらすたすたと縁側の廊下に汚い足のまま登る。

「うるせェよ。仕掛けるほうが悪いに決まっているアルね!」

「へいへい、じゃあ今度駄菓子でも奢らァ」

「酢昆布一年分ネ!」

 そんな他愛もない口喧嘩をしながら沖田と共に食堂へ向かった。
 沖田はいつもの調子で私もまたいつもの調子だったことにどこかほっとしながら、また一日は始まった。



      >>20060826 沖田も神楽も本誌より年齢いっていることがまるでわからないなァ。



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