追想
酢昆布の味は格別である。
久しぶりに駄菓子屋に回った私は酢昆布を買い、くちゃくちゃと食べながら屯所へと戻った。
独特の酸っぱさは最初は敬遠するかもしれないが噛めば噛むほど止まらなくなるするめのようなものだ。いや、酢昆布のほうが数段上だけどな。一般人にも分かるような例えをすればそうなる。
いったん自室に戻ってまったりしようと酢昆布をくちゃくちゃとかみ締めながら廊下を歩いていると、ゴリラと遭遇した。
ゴリラはいつまでたってもゴリラ然としていたので、結婚してまでもゴリラかと呆れてしまう。もう少し人間に近づけばいいのに。
「あ、チャイナさん。ちょっといいか?」
通り過ぎようとしたらゴリラに呼び止められて、私はくちゃくちゃと酢昆布を噛みながら視線を上に向けて近藤の顔を睨んだ。
別に私は近藤に対して用事などないのだから。
「なによ、ゴリラ。用件は簡潔にするヨロシ」
近藤は少しばかり口をパクパクさせ言うか言わないか悩んでいたようだったが、結局真剣な表情で私の目を見て言った。
「――奴には会わないのか?」
発せられた言葉は、人の良い近藤らしいものであった。
私のこともよろず屋のことも関係はあったとしても、彼に直接かかってくるわけではないのだから(ああ、新八が妙の弟という部分では近藤にも関係あるのか)。
どちらにしろ、私とよろず屋の関係など近藤としてみれば放っておいてもよいのに、わざわざ聞くというところが近藤らしい。
くちゃくちゃと食べていた酢昆布を口からとって傘とは逆の手で持つ。
「ゴリラは多串君よりストレートだな。ま、多串君の場合は本当についでのようだったけれどな」
肩をすくめると、近藤はそんな動作に惑わされることなく心配そうな目で私を見ていた。
まるで、友人と喧嘩した子供の行動を見守る親のように。
「チャイナさんとよろず屋の奴らは家族だったんだろう? お妙さんだって会いたがっている」
そういえば、姉御に私のことを言うなと近藤に口止めしていなかったなァと今更ながら思った。
それでも、姉御がわざわざ押しかけてこないということはきっと私の心情を考慮してくれているのだろう。姉御はとてもいい女だったから。何故近藤を選んだのかこれっぽっちも分からないぐらいには。
私はきちんと近藤に説明しなければいけないのだろう。姉御に心配させてしまっている分も。
「家族は心休まるネ。そこは保護してくれる場所だからな。けど、限度ってものを見極めなきゃただの甘えにしかならないヨ。私が今の時点で銀ちゃん達に会うのはただの甘えアル。甘えてしまったら最後、私は玩具を欲しがるガキのような大人になってしまうアルね。それだけは許せないヨ」
「けれど、それはチャイナさんの意見だけじゃないか。会いたいと思っている坂田やお妙さんの気持ちはどうなってしまう」
本当に痛いところをついてくる男だ。だから、いつまで経ってももてないのだろう。
そう思いながら唇をかみ締めていた。
近藤のいうことは正論だから。
でも、正論では倒せない理屈というものも確かに存在するのだ。
「会わないのもまた、ガキが我侭言っているのと同じことだよチャイナさん」
まるで、嗜めるような口調に私は思わず声を荒げていた。
「私はッ! 私の信念を曲げるわけにはいかないアルね。それはこの星から離れようと決めたときに、決めたことヨ。オマエならわかるだろう、ゴリラ。――信念は曲げていけないものだって」
私がえいりあんばすたーとして一人前になるまで銀ちゃん達に会わないと決めたのは、私の信念に基づいたものだ。
その信念自体が例えガキだと諭されようとも今の私にはそうすることしか思い浮かばない。
銀ちゃんに会ってしまえば私という作ってきたアイデンティティは崩れてしまうような気がするし、銀ちゃんに胸を張って会うためにも一人前のえいりあんばすたーにならなければいけない、と思えば自分がえいりあんばすたーになるという信念が崩れることがないからだ。――もちろん、私がえいりあんばすたーを目指したのはそれだけが理由ではないのだし、これはえいりあんばすたーを目指す理由のほんの小さな場所しかとっていない。しかし、小さいからこそ芯を支えられるのだ。
「不器用だね、チャイナさん」
必死に言い募った私に、何を思ったのか近藤は緩やかに微笑んだ。
そんな微笑を見て何故だか冷静になれた私は、ふっと鼻で笑って近藤を真っ直ぐに見た。
「オマエだって人のことを言えるほど器用じゃないだろ? 真撰組に属している奴らも。――ほんと、オマエらは家族そのものアルよ」
その言葉に目を見開いた近藤は、とても嬉しそうに笑って同意した。
「ああ、でもチャイナさん。アンタ達も家族そのものだったよ」
「……ッ、もちろんヨ! だからこそ、見栄を張りたいアル」
家族だからこそ。
家族であって本当の家族でないからこそ。
私は最大限に意地を張って見栄張って生きていきたいのだ。
「そうだな。チャイナさんぐらいの年頃は意地張って無茶しているのが丁度いいのかもしれない。けれど、何か言いたくなるのは――俺が年食ったからかな」
穏やかに微笑む近藤は本当にお父さんとでも言っていいんじゃないかと思うぐらい、穏やかで優しかった。もっとも私のパピーは穏やかとは間逆の成分で出来ていたけれど。
「なら、話題に出すなよッ!」
「俺も話題に出さないと真意がわからない程度にはガキだからね」
憎まれ口を叩いても穏やかな口調で流してしまう近藤は、実は沖田よりも手ごわいのではないだろうかと今更ながら思って、ちっと舌打ちをしていた。
「くそッ、これだからゴリラには付き合ってられないアル」
手に持ったままだった酢昆布をまた口の中に入れ、酸っぱい味をかみ締めながらどんどんと自室へと歩いていった。
そんな私に近藤が声をかけることはなかった。
>>20060909
近藤さんのキャラがあんまり掴めていない気がする……。
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