さっきの死体を思い出しながらやはりこの事件、気になるなァと再度こそこそ調査することにすると(宣言するといろいろと煩いので。主に土方さんが)、気持ちを切り替え団子屋へ行くことにした。
頑固にも団子しか出さない店であったが、看板娘が不幸に思えるくらい不細工なことを除けばさっぱり味の団子は口に合うもので、甘いものを食べたくなった時にはそこへ行くことにしていた。
思想
団子屋の軒先には風景を眺めながら食べれるようにと、赤い長椅子がおいてある。
そこに腰掛けながら、件の看板娘に声をかけた。
「あんこ二つと茶くれや」
「はいよッ」
商売人らしい大きな声で返事が聞こえ、俺はぼんやりと流れる人を見ていた。
あの人々のどれだけが老衰で死ねるのだろうか。
あの人々のどれだけが刀に斬りつけられて死ぬのだろうか。
人を腰の刀で殺し続けてきた俺がたどり着く結末というのはきっと、俺の手で葬ってきた者達と同じなのだろう。ハンムラビ経典ではないけれど、そう思うのはいつも穏やかに微笑んできた姉のおかげなのだと思う。――半分以上血の海に浸かっているというのに、そんな道徳観を失くせないのは。
「辛気臭い顔してるネ」
危うさを残した刺々しいソプラノの声が聞こえ、思わずぼやけた視点をあわせ上を向くとそこいたのは、つい最近ブラウン管ごしに見た咲く寸前とも思える危うさを持ちながらも美しく俺を引き付ける少女だった。
「神楽じゃねェか」
思わず吐いてしまった言葉は驚きに満ちたもので、神楽はくすりと化粧っ気のない唇を上げて笑った。
その表情を見るとたちまち先ほどまで浸っていた変な感傷がすっと消えうせ、ようやく普段通りのふてぶてしい自分に戻れたような気がした。
「暇だから会いに来てやったヨ、沖田。心優しい私に感謝するんだな」
不遜に言い放つ神楽は正にいつも通りだった。
まるで、俺の中でほんのり芽生えたはずの恋心とかいう酷く甘ったるいフレーズを無視するかのように。
けれど互いに呼ぶ名称が悪態にも似たあだ名ではなく名前だという事実が、きっと俺達の関係の変化を示していた。
「俺はこの星から動けないからねィ、アンタが来てくれるのは酷く助かるぜ」
罵りあいに突入するようないつも通りの挑発的な台詞でも良かったのだが、敢えて素直な言葉を発したのは言葉の端になんともいいようのない仄かな変化を感じた所為なのかも知れない。
いつまでも、幼かったあの頃のようには居られないのだ。
神楽はどう思ったのかふっと鼻で笑うと俺の隣に座った。
「最初、真撰組屯所に行ったけどオマエ休日だって聞いてな」
ふぅん、と頷く。
タイミングよく件の看板娘が二人分の茶をことりと置いていく。
神楽はそれを人を殺傷する道具なんか握ったことなどないのでは? と思わせるような白く長い美しい手で包み込み一口、こくりと喉を潤した。
そうして、感情の読みにくい紫を含んだ青で俺を見た。
「ジミーが何を思ったか変な気を利かせて、オマエがよくここに来るって教えてくれたアルよ」
確かに、どんな気を使ったんだと山崎に問いただしたいような気がした。
しかしあいつは以前神楽がえいりあんを追ってこの星に来て真撰組に応援を頼んだとき、俺の表情をじぃっと見ながらにやりと弱点を握ったかのようなむかつく笑顔を浮かべていたことを思い出す。
とりあえず、バズーカ一発ぶっ放して奴をアフロヘアにでもする必要があるな。
監察方としては良い観察力であるが、それは他人だからこそ思えることで実際身に迫ってくると何かと腹立たしいだけだ。俺が思っていることを山崎が知ったら「理不尽だッ!」の一言でも発するだろうが。
ふーんと相槌を打つに留まり、あえてどれぐらい待っていたのかなどという野暮なことを聞くのは止めた。もし、長時間待っていたのならからかうネタにも成りえるだろうが、今の気分は彼女を不機嫌にさせたくなかった。
なので、話題を逸らした。
「アンタ、仕事はどうしたんでィ」
からかえる要素を無視し質問した俺に何を思ったのか、神楽はきょとんとその不思議な色合いをしている深い青色の目で俺を見つめた。
もしかしたら、予測していた言葉と違ったことへの驚きなのかもしれない。
しかし、彼女が我を取り戻す時間はそれほどかからず(常に戦いに身を置いているのだから意識の切り替えをするのが上手いのかもしれない)、にやんと口角だけで笑うと俺の質問に答えた。
「丁度一仕事終えたところネ。えいりあんばすたーっていうのは、オマエらのように雇われ仕事じゃないから時間の融通はきくんだヨ。生活に困らないほどの収入も得たし、しばらく仕事のほうはパピーに回してのんびりしようと思ってきたアル」
「休暇のついでで俺に会いにきたって事かィ。まるでスナック菓子のおまけについているシールのようじゃねーか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないアルよ。お菓子のおまけがお菓子より目当てになっていることだって多々あるネ」
言葉の駆け引きに含まれた意味合いは昔のように単純な喧嘩ではなく、男女間にある優位に立つための本意を探るための道具になっている。
といっても、彼女が含む言葉の心理を読むことは難しい。えいりあんばすたーとして様々な異星人との交渉に当たってきた彼女の表情には昔存在し得なかった、女の武器を存分に発揮し利用した作られたものが多々存在し、ただでさえ読むのが難しかったその表情を更に難しくしていた。
まぁ、あのころ難しいと思っていた彼女の表情には媚びも体裁も含まれず、ストレートな感情表現を繰り返していたからこそ読めなかったのだと今では思うのだが。
「じゃあ、スナック菓子に負けないように魅力的な玩具にならなくちゃなァ」
「そうだな。せいぜい頑張って私を魅了しろヨ」
口角を上げにやりと笑って見せた俺に、神楽はふふんと鼻を鳴らし不遜げに言い放った。
それが余りにも彼女らしかったので俺はふっと笑う。
そうしながら、聞いておけることは聞いておこう、と神楽に質問した。
「ところで宿はどうするつもりで?」
「ホテルに予約入れてあるヨ。一応二週間のつもりだけどな、私ビックなお客様だから日数の融通は結構効くネ。……それとも、前みたいに真撰組屯所へ押しかけたほうが良かったか?」
にやり、と口紅を塗っていない桜色の唇を引きつらせ笑みを浮かべた彼女に、今度は俺が鼻で笑ってやった。
「あんなむさい男の集団にとりあえず女であるアンタを置いておけねェや。前は仕事上の緊急措置みたいなもんだったが、プライベートだったら近藤さんや土方さんが許さねェだろうよ」
前回の時だって、近藤さんや土方さんは神楽を屯所に置くのは渋っていたのだ。
曰く、年頃の女の子をこんなむさい場所に置いては危険なのだと。
無論彼女の実力は近藤さんも土方さんも十分知っていたのだが(その基準は俺と互角に戦えるところであった)、それでも女という性別上の違いがそこには存在しており、それを無視することが出来ないぐらいには真撰組という組織はむさくるしかった。
前回の場合、結局は神楽を屯所におかざる得なかったのだが、何もない今など到底無理だろう。
その辺りを含め、言葉を紡ぐと神楽はとてもつまらなさそうにジト目で俺を見ていた。
「オマエはもうちょっと、『いい女だからあんなところに置いておくと男共がこぞって襲いそうで怖いんだ』ぐらいの甘い言葉吐いてみろヨ」
俺はにやりと笑っていた。
よくもまぁ、似合わない台詞を言ったものだと。
「歯の浮くような甘い言葉なんて好きじゃねェ癖に何言ってんでさァ」
「女は時には思ってもみない言葉を望むものアル。会話にも駆け引きが必要ネ」
思ったことを即座に言葉へと乗せた俺に対し、神楽は桜色の唇に弧を描いてそんなことを述べた。
会話の駆け引きなど、お偉いがたと話す機会の多い近藤さんや土方さんなどと違いあくまで実戦ばかりに身を投じていた俺には縁のない話だった。
無論、所詮芋侍の集団でしかない真撰組の連中に駆け引きの上手い奴などあまり存在しないが。近藤さんも土方さんも俺より多少いい程度、というだけだ。近藤さんはともかくとして、土方さんは喧嘩関連のことでしか脳味噌が働かない人物であるし。
故に他の連中はどうなのか知らないが俺は女との会話であっても駆け引きなど一度もした例がないため、神楽の言葉を聞いた途端面倒になり口をへの字にし露骨に感情を表した。
「面倒だねィ。斬っておしまいにするわけにはいかねぇのか?」
神楽ならばそれでいいような気もする。
しかし、彼女は感情の読めない表情で俺を見てにやりと酷く楽しげに笑った。
「沖田が私の"女"を望んだ時点で無理に決まっているヨ。高望みは例に漏れず面倒アルね」
「じゃあ、気合入れて高望みを達成させないとなァ」
面倒だ、と述べても良かったが何故だか彼女の女を切り捨てることは出来なかった。
神楽の人間性だけで付き合うのも十分楽しいのだけれど、彼女がいつか恋人を作り結婚するとシュミレートしてみるだけで酷く苛立つ自分を知っていたから。
自分の中に存在しているような気がする恋心という奴がどれぐらい育っているかは定かでなかったけれど。
皮肉で返されると思ったのか、酷く意外そうに目を見開いて呆然と俺を見ている神楽に少しばかり頬が緩む。しかし、声をかけずしばらくその様子を眺めておくには時間が少々足りない。日が暮れる頃には屯所に帰り、少しばかり資料整理をしたいと思っていたからだ。……独断の調査では資料整理を他の人(例えば土方さん)に頼むわけにはいかなかったし、それは仕事外であったから。
しかし、少しでも神楽と交流を深める機会を無にするわけにはいかない、と脳内で今週の予定を整理する。
「それなら、明日の予定はないんだろ?」
「まぁな。休暇だし」
肩を竦め、当然だと言わんばかりに神楽は述べた。
この星には彼女が会いたい人や彼女に会いたい人がたくさん居るというのに、その言い草だとまだ万事屋関連の人々に会う気はないんだな、と思った。
「じゃあ明日、夕方六時ごろに待ち合わせしてなんか喰いに行こうぜィ。しゃれ込んだ場所は用意できねーが、それなりに美味いところ探しとくぜ?」
「おう、めっさ美味いところ連れてけヨ」
そうして、とりあえず明日の待ち合わせ場所について軽く話し、その後も適当な世間話を繰り返しつつ日が暮れる前には別れ、彼女はホテルへ俺は屯所へと戻った。
>>20070627
沖田はきっちり神楽のことが好きです。
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