次の日、早番だった俺はまだすがすがしくも冷たく感じる空気に触れながら、ゆっくりと日が照り始める街を歩いていた。見回りである。
 相方は同じ隊に属している云わば部下である。
 部下といっても俺と年齢は変わらない。一、二歳ぐらい年下であるだけだ。

「静かですね、沖田さん」

 町を歩きながら俺に話しかけてくる。
 俺は同意を示し、両手を自身の頭の後ろに回した。つまり、やる気のないスタンスを示したのである。

「ああ、なにもねーんだからサボりたくてしょうがねェや」

「サボらないでくださいよ」

 顔を顰め、どこか困ったような表情で俺を見る。
 その様は正に部下といった具合である。一番隊隊長なんて役割のわりに年齢が低い所為で、部下のほうが上司に見えるなんていうことが結構あったりするのだが、彼の場合は役職どおりの関係に見える。といっても、周りから見ればせいぜい新人と勤めて一年のまだまだ新米な若造というようにしか見えないだろうが。
 昔はそれに随分困ったものだが、何年も同じ目にあっていると対処法もそれなりに分かるし、どっしりと構えられるので心持ち穏やかだ。
 何より、だんだん年齢が役職に追いついてきたこともあるのだろう。
 だからといってサボりが減るわけではないが。

「月浪がフォローしてくれればいいじゃねェか」

「なんで上司のフォローを部下がしなくちゃいけないんですかッ!」

「一番隊では俺がルールでさァ」

 俺の理不尽さに怒鳴り返す部下・月浪に、俺はにやりと人を舐めきった笑顔を浮かべてやった。
 すると、月浪は深く溜息を吐きつつも言い返さず着々と前へ進んでいた。
 それではつまらないのだが、部下であることにより畏まっている月浪相手ではこの程度がいいのだろう。寧ろ、これほどまで一種刃向かうような言葉のキャッチボールをしてくれるとは思っていなかった。

「それにしても、なんだか沖田さん今日は嬉しそうですね? なにかいいことでもあるんですか?」

 他人が見ても分かるぐらいに俺は嬉しそうだったのか、と驚いた。
 これでもポーカーフェイスは得意で、人から「お前は何を考えているのか分からない」と言われるのが常だというのに。
 それほどまでに彼女の存在が俺の中に染み入っているのか、と思わず笑いたくなる。
 無論、自由に生きている俺は感情のままに笑みを浮かべた。

「ああ、まるで誕生日と盆と正月がいっぺんに来たみてェだ」

 月浪は酷く驚いたように目を見開いている。
 人の顔を見て驚くとは、失礼な奴である。後で土方さんにでも新人教育のあり方についてツッコミを入れておこう。
 とりあえずは、上司として部下に愛の鞭を加えなくてはいけない。
 バズーカは何処かのロボットに付属してある四次元ポケットでもないと手に持って歩くのは(特に見回りなどの突発的な要因に対処しなくてはいけないよう場合は特に)面倒なので、腰に差してある刀をすっと取り出した。

「お、沖田さん?」

「人の顔を見て驚く部下に育てたつもりはねぇなァ。指導を加えてやるから、大人しく刀の錆になりやがれィ」

「か、勘弁してくださいよッ!」

 斬るために踏み込むと同時に月浪は駆け出したので、俺は刀を振り回しながら追いかけた。
 その光景は俺がいつも土方さんと繰り広げているものであり、立場が多少違うとも俺には慣れたものであった。――部下は迷惑しているに違いないが。




             思想




 早朝のパトロールを終えると、朝礼に出てから隊のものと道場で木刀を握り手合わせをする。武装警察だからこそ、常日頃の訓練を怠るわけにはいかないし常に腕を磨き続けなくてはならなかった。
 といっても、模擬戦に於いて真撰組内で俺より上回る腕を持っているものはいない。それは、自尊ではなく事実であった。唯一負けることもあるとすれば、土方さんと近藤さんぐらいだろうか。彼らの戦い方は酷く実践的であり、手を読むのが難しいから。
 しかし、感情を揺さぶられさえしなければ、七割がた勝利を収めることができる。昔は七割がたなんてものすらも嫌だったのだが、ここ最近ではこの程度の割合でいいのではないかと思うようになってきた。常に勝ち続けることは精神に余裕をなくしてしまう要因になるから。
 汗臭くなってしまった木刀の柄を緩やかに持ち、息を吐いた俺は壁に背を掛けた。後輩に胸を貸すつもりで、何度も対戦してやったせいか息が上がっていたので一息ついたのである。

「隊長」

 呼びかけられ、そちらに視線を向けると同じ隊の部下がいた。……といっても、月浪ではない。
 ざんばらに切った黒髪は動いたせいなのか、更にぼさぼさになっており彼を無粋なものに見せていたが、その瞳の奥から見える深く濃い緑色の瞳は俺を睨みつけていた。
 まるで愛想というものが見えないのだが、芋臭い侍集団である真撰組においてその程度の愛想のなさは許容範囲内である。いい例が副長という立場に居るのだし。

「なんでィ、陽江。不機嫌そうな面しやがって」

「――攘夷浪士連続殺害事件に首つっこんでるらしいっすね」

 その言葉に目の辺りの筋肉がピクリとほんのわずか動くのを感じた。
 監察方の情報も使っているのだから、それなりに状況を知っており尚且つ俺の行動を知っているものであれば推測することは簡単であったが、攘夷浪士の居場所などという重要な情報を下っ端にばらすことは無いだろうと踏んでいたので、部下の陽江にばれていたという事実は俺を驚かせるには十分だったのである。
 これがもし、土方さんや近藤さんであれば表情筋は動くことすらなかっただろう。

「違う、といったら?」

「それはないっすね。隊長は意外とお人よしで正義感に溢れていますから、むしろ首つっこんでる言われたほうが納得いきます」

 意外と、という言葉が余計だと思ったが首をつっこんでいることは事実だったので押し黙ることにした。

「あんな奴等、死にさらしときゃいいじゃないっすか」

 ぼさぼさの瞳の中から深緑色の瞳が鈍く俺を射る。
 ――それは、攘夷浪士を憎んでいる目であった。
 そういえば、陽江は親友を攘夷浪士に討たれていたのだった。陽江の友人も真撰組に所属しており、攘夷浪士と対峙する機会が何度かありその中で……殺されたのである。
 真撰組という、攘夷戦争よりは遥かにマシであるが前線に立つ身である俺達にとって、こういうことは日常茶飯事とはいえないがそれなりにある。事実、部下を何度もいろいろな形で亡くしている俺とすれば、様々な要素に恨みを持たなくてはいけないのだろう、本来は。
 しかし……。
 俺は、息を吐くと陽江を見た。

「攘夷浪士だろうがなんだろうが、俺達が守らなきゃいけねー国民に違いねェ。――その思想がどうであろうとも、無抵抗で殺されたからにゃあ犯人を捕まえるってのが筋だろ」

 その言葉に陽江は悔しそうに唇をかむと、だんっと木刀で床を突き刺すように叩いた。

「――隊長、俺に稽古を付けてください」

「ああ、いいぜィ」

 俺は壁から背を離す。
 そうして、壁から少しばかり間を取ると俺達は木刀を構え互いを見合った。
 いつの間にか回りはしぃんと静まり返っている。――無駄に殺気立っている陽江のせいだろう。室内の雰囲気は息を呑むのすら許さなくなっている。
 だがしかし、耐え切れなかったのかがさりと着物が擦る音が聞こえてきた。
 それを合図にして先に動いたのは陽江だった。

「ハァァアアッ!」

 びゅんっと木刀が上から降ってくる。
 しかし、それは容易く読める太刀筋で、彼の一撃は酷く重いので受け止めずに木刀で流すと横に振りぬく。
 が、その程度の攻撃など陽江は読んでいたようで(俺が稽古をつけてやったのにこの程度の攻撃読めぬようでは困るが)、下にしゃがむとそのまま俺の足をかけて体制を崩そうとする。
 反応しきれず倒れていく身体に、しかし陽江を見ながら木刀を振り上げた。
 がんっと陽江の身体にヒットし、彼は痛みにぐっと顔を顰めた。そうして体勢を立て直すため、左手で床につくとくるりと後ろに回り、着地した。
 そうして木刀を構えると、陽江は痛みに顔を歪めていた。

「……さすがっすね、沖田隊長」

「これぐらいは出来ねェと、隊長なんてーもんはやってられねーからなァ」

 にやりと笑って減らず口を叩いてやると、陽江は尊敬の眼差しと共に苛立たしさにも似たものを俺に向けた。
 陽江が俺に対して何を感じているのかは理解できないが、少なくとも俺の腕を認めてはいるようだった。まぁ、こういった腕っ節の強い野郎どもの集まりにおいて、その頂点に立とうとするのであれば奴らよりも強いということを常に示し認識させておかねばいけないので、稽古にはどちらが上か示す意味合いも含んでいる。
 ゆえにふぅ、と息を吐くと追い討ちをかけるため、動いた。
 たんっと足を踏み込み木刀を振るう。無論、その太刀筋は陽江にも読めるものであり、俺が教えてやったように受け流す。
 なので、俺はまた素早く受け流された太刀筋を軌道修正すると、小刻みに彼に向けて木刀を振るった。
 その素早い動きに辛うじて反応する陽江は、しかし反撃の機会をうかがうことも出来ず俺の手を捌くのに必死だ。

「俺の攻撃を捌けるようになったってだけでも随分成長したんじゃないかィ、陽江。……けどなァ」

 けれどそれだけじゃあ。

「それだけじゃあ、俺を上回ることなんて出来ないぜィィィイッ!」

 がんっと強く放った一発に陽江は対処しきれず、受け止めきれずに木刀を放すまではいかないものの振り上げるまでの間ができる。
 防御すらも出来ないその隙を狙い、俺は真っ直ぐ木刀を振り下ろした。
 それは肩にあたり、がたんッ! と強い音を立て陽江は吹き飛ばされた。

「……くぅッ!」

「気は済んだかィ? 所詮木刀だ、青あざできてるだろーがたいしたことねぇだろ。自分で手当てしておけよ」

 そうして、悔しそうな顔をする陽江から視線をはずすと、他の部下の訓練をつけるため道場を見渡した。



      >>20070705 今回の主要キャラクターが出揃いました。



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