思想
稽古を済ませ、勤務時間が過ぎたことを確認すると自分の名前の札をひっくり返し、自室へ戻る。
名前の札、というのは勤務時間が過ぎたことに対する合図ではなく、屯所にいるかいないか確認するためのものである。こう見えて、警察である俺らの元へ事件が舞い込むのは夜中だったりすることも多々あり、屯所に誰がいるか直ぐに出て行けるものは誰なのかということを把握するのも大切なのである。
特に独身者などは屯所で生活しているものも多い(俺も例に漏れずそうである)。俺や同じく屯所暮らしである土方さんなどは上役ということもあり、勤務時間でなくとも夜中の依頼に呼び出されることが多い。
ゆえに、きちんといないことを示しておかなければいけないのだ。
まぁ、本当に重要なこととなれば携帯電話で呼び出しをくらうのだが。
着替えを済ませいつもの私服を身に纏うと刀だけ差し、出て行くために廊下を歩く。すると、土方さんと近藤さんが歩いてきた。
「よぉ、総悟。こんな時間から出かけるなんてテメェにしては珍しいじゃねェか」
「なんでェやっかみですかィ、土方さん。三十手前なのに彼女一つ出来ねーからって俺に当たるの止めてくれやせんかね?」
「なんだとォオオオ! 今からその面たたっ斬って減らず口叩けなくしてやろうかッ」
「まぁまぁ、トシ」
俺と土方さんだけでは言い合いになってしまい埒が明かないのだが、近藤さんはにこにこと笑いながら俺と土方さんのやり取りを諌めた。
流石に近藤さんの言葉を無視するわけにはいかなかったし、土方さんもそうだったらしく俺達二人は大人しくなった。
「その話しぶりだと今からデートみたいだな、総悟! チャイナさん、地球に来ていたのか」
「ええ、久しぶりの休暇だそうですぜ。なんだ、近藤さんも知らなかったんですかィ。てっきり、山崎のヤローがべろっと言っちまってるもんだとばっかり思ってやした」
山崎は監察方なんて仕事についているわりには結構どうでもいいことは喋ってしまう奴である。激しく地味ではあるが、監察方としてはその地味さが役に立っているらしく使える奴なので、近藤さん達によくこき使われておりチャイナが来たという些細なことなど、すでにこの屯所の隅から隅まで知れ渡っているのだと思っていたが……。
「山崎は今、密偵に行っているもんでな。会う機会がないんだ」
なるほど。お偉方から頼まれた事件ってのに借り出されていたわけか。
「総悟! 女を落とすためには一種のストーカーとも思えるぐらいのしつこさが大事だぞ! 粘りに粘ってチャイナさんを根性で落としてしまえッ」
「……近藤さん、アンタの成功例は特殊だから。あの女がアンタの猛攻に疲れちまっただけだから」
目を輝かせて俺へアドバイスをする近藤さんに、土方さんは呆れたように突っ込みを入れている。
確かに、近藤さんのキモいと思えるほどのストーカーッぷりは常人の俺にはとてもじゃないが真似できそうにない。殺されかけてもストーカーを繰り返した近藤さんは(いろんな意味で)すごいのだろう。
「――すいやせんが、今は近藤さん達の話に付き合っている暇もないんで失礼しまさァ」
「ああ、そうだな! チャイナさんを待たせちゃあいけない。総悟、頑張るんだぞ!」
にかっとこちらまで能天気なまでに明るくなりそうな笑顔を見せ送り出されるが、相手は何せ二次元で生きていればいいのにと思ってしまうほどのモテない男である。ある意味不安が付きまとう。
土方さんも特に突っ込むことはなかったようで、いつも通りの仏頂面で俺を見ているので、さっさと出かけることにした。
男が女を待たせるとは……、とは思わないが、あいつに同等の感情を求めているのは俺のほうなのだから、ある程度の愛想は必要なのだろうと思う。
ふむ、昔ならば考えるだけでバズーカをぶっ放ちそうなことを冷静に考えられるたァ、俺も成長したもんである。
ともかく、時間を確認しながら神楽の元へ向かった。
待ち合わせ場所は、昔彼女が定春という巨大な犬を遊ばせていた場所であり、俺がサボりによく使っている場所でもある、とある公園だった。
というのも、彼女がこの地球で万事屋というどこか世間と一線を画した風船のように自由な集団の中で暮らしていたころ、ここでよく鉢合わせ喧嘩を繰り返していたという共通の思い出がある場所であったので。
といっても、待ち合わせ理由は喧嘩でなくなったのだから、人生とはなんとまぁ不思議である。
夜風に身体を震わせ、夜に映える桜色を探す。
すると、彼女はすでに到着していたようでブランコに乗り、足でぎこぎこと緩くそれを漕いでいた。
「神楽」
名前を呼ぶと、そこで初めて気がついたように顔を上げ俺の顔をじっと見る。
俺は別段表情を変えぬまま、謝罪の言葉を述べた。
「遅くなっちまってすまねーな」
神楽はそれを聞くと、ふっと口元を和らげぎこぎこと揺れていたブランコを止めて立ち上がる。
「しょうがないアル。寝食も屯所でしてるんだろ? 公私混同している状態で時間通りに過ごせとは言えないヨ」
彼女は聞き分けのいい言葉を述べると、俺の隣に並んだ。
日に弱いせいか常人よりも白く透明な頬は、寒さのためかほんのり赤く染まっている。コートを羽織っただけの状態であったことに気がつき、俺は寒くないようにと首に巻いていた紺色のマフラーを彼女の首元にくるりと巻いた。
そうして、その頬に手を添えた。
想像通りがちがちに冷えてしまった頬は、俺の体温を奪い取り同じ熱になろうとしている。
「結構待ったのかィ? アンタらしくねーな。神楽ならふんぞり返って少しぐらい遅れてくると思ったんだがね」
思ったとおりのことを述べると、何が気に食わなかったのか神楽は上目に俺を見てきつく睨んできた。
ばっさばさの睫だなァと思いながら、少女めいたその仕草に少しばかり心臓の脈が速くなるのを感じる。仮にも彼女に惚れているのだから、それぐらいの反応は当然のことなのだろうが。
「休暇中はいつもより時間の融通が効くアル。少し前に来てやった私の優しさも分からないのか!」
「そりゃあすまねーな。何せ、俺は気の効かない芋侍なもんで」
にやり、と笑って神楽に返すと、彼女は唇を尖らせて不満そうな表情を浮かべた。
「都合のいいときばっかり芋侍芋侍ってうざいネ!」
「わりーな、実際芋侍なもんで。ッと、もうそろそろあったまってきたかィ?」
神楽の頬の温度と俺の手の温度がほとんど同じになってきたことに気がつき、俺は彼女の頬から手を離した。しかし、神楽の頬はまだ赤いままである。
「まだ寒いか?」
「大丈夫アルッ!」
強く大丈夫だということを強調し、彼女は赤くなった頬を隠すようにぷいと横を向く。
そんな様子がなんだかとても可愛らしく思えて、俺はくすくすと笑った。
「さて、そろそろ行こうぜィ。ここにいたんじゃあ暖めたって冷えるだけでさァ」
「そうだな、美味いところ期待しているアル」
「立派なところじゃねーが美味いことは保障するぜ」
そんな他愛もない話を始めながら、俺達は夕食を取る場所へと移動した。
変わらず、昼よりも更に不浄な要素が露になったかぶき町を歩きながら。
>>20070711
沖田の砕けた口調が分からん。
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