思想




 暖かい店内に入り、出された品物に舌鼓を打つ頃には身体も暖かくなってくる。
 ずずずっと小気味良い音が響き渡り、目の前に座った神楽を見ると豪快にそれを食べていた。

「やっぱり、オマエは芋侍ネ! 普通、初デートにラーメン屋来るかッ?」

 そう、俺が案内したのは美味しいラーメン屋であった。ちなみに、ここの醤油は有名で誰しもが醤油味であるものを頼む。俺はワンタン中華ラーメンで神楽はチャーシュー麺だったりする。
 しかし、普通の女のようにレンゲの中にいちいち麺を一回置いてから啜るような真似をせず、直接器からずずずっと豪快にラーメンを啜っている彼女に普通という言葉を発して欲しくない。

「アンタのことだからちまちま食べるようなものよりは、豪快かつ大量に食べれるものの方がいいんじゃないかと思ってなァ。なんってったって、ご飯ジャーから直接ご飯食べるような奴だしな」

 ふわふわと汁の中を泳いでいるワンタンを食べながらにかり、と笑う。すると、神楽は昔のような憎らしいのにどこか無邪気で純粋な笑顔を見せた。

「他人との外食でこんな食べ方したの久しぶりヨ。接待なんかだとしおらしい女の仮面被らなきゃいけないアルから」

「めんどくせェな」

「面倒ヨ」

 ずずずっとラーメンを食べながら神楽は俺の言葉に同意する。なんてことのないような言葉なのに、どこか疲弊を覚えたような色を見つけて。
 成長するということは、経験値を増しストレスに対処できるようになることなのだろうけれど、えいりあん相手に暴力を振るうのならばともかく交渉相手に愛想笑いを浮かべて友好的に事柄を勧めるための対人ストレスにはまだ彼女の経験値は未熟なのだろう、と思った。
 もっとも、対人関係のスキルを上げて隙のない女になってしまえば、きっとその時点で俺の神楽への恋心は冷めてしまうのだろう、という確信にも似た予感はあったけれど。

「いつも通りに振舞っちまえばいいと思うがねェ。アンタはえいりあんばすたーで一般人には強いという認識をされてるんだから、多少横柄になっちまっても咎めやしねェよ」

「手の内を全て見せちゃあ駄目ネ。パピーみたいに手の内全部見せてもえいりあんぶちのめせるんならともかく、私はまだ一人で星一個埋まるほどのえいりあんを制圧できない程度には未熟アル。戦いが未熟ならその他で穴を埋めるしかないだろ?」

 俺は星海坊主の闘いっぷりを間近で見たわけではないので(彼女がまだここにいた頃一度だけ星海坊主を見たことがあったが、星海坊主にぶん殴られ出て行く犯人を見たのと彼が遠くで戦っているのを視界の端に捕らえただけであった)、神楽の父親である彼がどういった戦い方をするのかまるで分からないのだが、少なくとも星一個埋まるほどのえいりあんをぶちのめすことは可能であるようだった。
 そこから差し引きして、神楽はまだ自分の腕が未熟だと判断しているのだろう。
 だったのなら、他の手段を使わなくては星海坊主と同じ仕事を出来ないのは当たり前だ。

「それが女性らしいおしとやかな仕草……かィ?」

 神楽は麺をずずずっと啜った後、こくりと頷いた。

「客観的な事実として、私の見た目は他者から見てそこそこ評価されるネ。そこに女性らしい、といっても私が振舞うんじゃあ限度があるからまぁまぁそこそこに女性っぽい要素を加えることで、多少たりとも警戒心を取って先制しやすくしているアル」

「ってったって、アンタの強さは周知の事実だ。いくら女性っぽく振舞って見せたって大して変わりねーんじゃねぇか?」

「それでも、私に形の近い生物であれば油断するアルよ。結構目の情報っていうのもバカにできないネ」

 ふぅん、と俺は相槌を打つ。
 比較的体裁を整えなくてもいい環境下にいる俺にはいまいち理解できないところではあったが、しかし自分にとって有利に進めようとするさまは納得が出来た。
 つまり、彼女にとって戦闘における使える手が昔この土地に居た頃より増えただけなのだろう。そして、それを有効活用しようとしている……ただそれだけなのだろう。

「ったく、面倒な説明させんなヨ。こっちはオフで来ているんだから仕事のことを忘れさせようとかいう思いやりはないのか!?」

「アンタにとっちゃあ仕事の説明かもしれねーが、元々俺達の関係といえば喧嘩で繋がっているものだったんでェ。俺にとっちゃ戦いにおける手段を聞くことは、アンタを知ることと同意義でさァ」

 片眉を上げ酷く面倒そうに言い募る神楽に対し、にやりと笑いながらそう返すと彼女は不満げに口を尖らせたもののなんだか嬉しそうだった。
 脈あり、かなァなどと本人が聞いたら『思いあがったこと言ってるんじゃないアル!』とか言われそうだなと思いながら、俺はちぢれ麺をずずずっと啜った。

 神楽が五〜六杯ほどラーメンを食べている間に、俺はワンタンメンを食べ終わりついでにご飯とギョーザを食べ、お腹を満たせた。
 有難うございました〜という元気の良い掛け声を背に受けながら、二人で外に出るとやはり外は随分冷えていた。
 他に何かしようにも少々遅かったし、俺も朝から仕事が入っていたので些細なデートとして彼女が泊まっているホテルまで一緒に歩くことにした。神楽曰く、「それぐらい男のマナーってもんヨ!」とのことであったが。

「それにしても、ここは変わることがないネ」

 彼女は白い息を吐きながら、ポツリと呟いた。
 どんな気持ちで言ったのだろうかと神楽の顔を覗き見してみるものの、そこにはどのような感情の色も見つけられず。
 俺は仕方なしにいつもの調子で言葉を述べた。もっとも、神楽が何を思っているのか分かったってきっと俺は同じような調子でしか喋らなかったのだろうけれど。

「些細な事件はいつも起きるけどなァ。ここは不浄が全てを飲み込んじまった場所でィ、今の状況がどういった手段かはともかくとして劇的な変化を迎えない限りはこのままなんだろーねィ」

 その劇的な変化というものは、幕府が決めた政策かもしくは民衆のデモかもしくは……攘夷浪士の思惑か。
 どちらにしろ、ここがもし変化したとしてもきっとどこかで同じような場所が出来るに違いない。
 清らかすぎる水では魚が住めないように、浄だけでは人間という生物も生きていくことが出来ないのだ。

「……まぁ、ここが濁っていて生き物そのものだからこそ、私はここが好きなんだろうけどな」

 白い息を吐きながらつぶやき、神楽はふっと柔らかく微笑んだ。
 ふと流れた穏やかな雰囲気は、しかし長くは続かなかった。
 遠くから男の叫び声が聞こえたのだ。
 この星で仮にも警察という職業についている俺は勿論のこと、武力で物事を解決する仕事についている神楽もまた叫び声にぴくん、と反応した。

「すまねぇな、神楽。ちょっくら行かなきゃなんねーみてェだ」

「気にすることないネ、こんなことは日常茶飯事アル。ほら、さっさと行くヨッ!」

 たんっと軽いリズムで駆け出すとほんのわずか後ろで神楽もついてきた。事件に首を突っ込むのは万事屋に居た頃の癖か、えいりあんばすたーとしての癖か。
 しかし、彼女が一筋縄ではいかないことを身を持って知っていた俺は別段止めることもせず、悲鳴の聞こえた場所へと向かう。
 人とネオンが賑わう繁華街から一本道をはずしたその場所は、夜ということも相まってか尚更おどろおどろしく感じる。じじじっと切れかけた蛍光灯が辛うじて道を照らしているのだが、それが尚更恐ろしい雰囲気に拍車をかけていた。
 そうしながら、呑みこもうとぱっかり口を開けている暗闇を覗き込むとそこには――血に塗れ朽ち果てた肉塊が静かに存在していた。
 その奥の暗闇を覗き込むように視線を上げると、きらりと光る刃物に鮮やかな赤が付着している様を見つけ、持ち主を見ようと更に視線を上げるが、それよりも先に凶器を持ったそれは背を向けて駆け出していた。
 ぐっと足を踏み込み、神楽を置き去りにしたまま俺は駆け出した。
 はっはっと荒い息を吐きながら逃げようとする犯人の姿は深い暗闇に隠れ、シルエットは認識できたが色までは分からない。――繁華街に出られたら、追うことすらもままらなくなる。
 腰に差したままの日本刀を抜き出すと、一か八か俺は足を踏み込み刹那のスピードに乗せ刀を振るった。
 刀を抜く音に気がついたのか、犯人は闇の中から這い出たようなきらりと光る髪を靡かせ振り向き、咄嗟にだろう防御のため腕を上げる。
 そこに当たった刀は皮膚を切り裂き、血液を付着させた。
 腕一本持っていけなかったのは距離の所為だろう。
 そして、刀を振るってしまったがために俺の動きも止まる。
 それを予測していたのか、声を出すこともなく犯人は暗闇の中に溶けていった。
 刀に血液を付着させたまま、肉塊がある場所へ戻ると神楽は酷く興味がなさそうにその死体を眺めていた。普通の女であれば、死体と共に居ることなぞ恐ろしいとでも思うだろうがそういう感情を覚えないところにえいりあんばすたーとしての彼女を見た気がした。

「とっ捕まえられなかったみたいだな」

 俺の姿を認識した彼女は深い海のような青色をした瞳を向けて、状況を把握したのかそう述べた。

「状況がわりーや。ここから繁華街まで迷わず真っ直ぐ抜けていったところを見ると土地勘のある人間のようだがねィ」

 肩を竦め彼女の問いに余計な言葉を付けつつ答えると、先ほど通り過ぎた死体を確認するため彼女の目から顔を逸らした。
 そして、先ほどは確認できなかった死体を見ると暗闇に慣れたおかげか人相を認識することが出来た。
 それは見たことのあるものだった。

「……とりあえず、夜勤しているはずの土方さんにでも電話するかィ」

 恐らく、真撰組自体は動けないだろう。
 それでも神楽が隣に居るのだし、神妙に連絡の一つでもしておいたほうがいい。面倒な疑いを神楽にまでかけるわけにはいかない。
 もっとも、俺一人だったのなら連絡なんて絶対にしなかっただろうが。

「私がしておくか? オマエは一応警察なんだから現場検証しておいたほうがいいだろ?」

「そうだなァ。じゃあ、神楽頼む」

 気を利かせて述べた彼女の言葉に従い、俺は懐から携帯を出すとぽいっと神楽へ投げた。
 短縮二で土方さんに繋がるから、と言うと了解したとばかりに頷いて俺の携帯電話を操作している。
 目の端でそれを確認すると、死体をじぃっと確認した。
 暗闇なので詳しいことは分からないし、なにより俺は検察医でもないのだから死体の詳しい状況を把握することは出来ない。
 血の海の中心で倒れている肉塊で分かったのは、ただ二つだけだった。
 一つは正面からばっさり身体を切られた刀の跡。
 そして、もう一つは――。

「沖田、オマエの知っている奴だったか?」

 電話を掛け終ったのか、いつの間にか俺の隣に来ていた彼女は何を見てそう思ったのか、俺に問いかけてきた。
 俺はそれでも死体に目を向けながら神楽の問いに答えた。

「直接知っている奴じゃねーが、写真で見たことがあらァ。こいつは、攘夷浪士だ」

 武装警察が存在している一旦である、攘夷浪士。
 この死体の顔を見たことがあったのは、指名手配書として配布されていた中にあったからだった。積極的に職務を全うしているわけではなかったのだが、それでも指名手配犯の顔ぐらいは記憶していた。
 様々ある攘夷浪士グループの中でも組織として成り立っており、桂小太郎や高杉晋介の一派には劣るものの中程度の実力を有している位置に存在している。そのトップとして指名手配までされた男の末路がこの肉塊であったのだ。

「ふぅん。ならオマエにとっては手間が省けていいばっかりじゃないのか?」

 神楽は何てことないように言った。
 俺は肩をすくめて、肉塊の細部を見回しながら述べた。

「確かに奴は敵だったが、死んじまえば全部一緒だろーが。被害者になっちまった町民を救うのは俺達警察の役目でィ」

 つい最近似たような言ったことあったなァと思い返しながら、これ以上この状態で死体を見ても新たな情報が得られることもないだろうと立ち上がり、神楽の顔を見た。
 神楽は酷く穏やかな表情をしていた。まるでここに似つかわしくないほどの。

「オマエの信念には共感するアル」

 ふっと息を呑んだが、意味を飲み込むと自然に頬が緩んでいた。
 そうして、何か言葉を発しようと口を開きかけた瞬間、大きなサイレン音が響いてくる。

「――土方さんが来たみてーだな」

 開いた口は、別の言葉となって役目を果たした。



      >>20070718 だからね、切り方間違ってるって!



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