思想




 サイレン音は暗闇の中に入り込みそうだった俺達に響き、ライトは闇を退けるように照らした。
 エンジンを掛けたままばんっと扉を乱暴に開け降りてきた人物は、予想を裏切らず土方さんだった。
 不機嫌そうに煙草をふかしたまま、車の戸を閉めると真っ直ぐ死体を見るため俺の隣に来た。

「しっかし、お前もとことんついてねェな。わざわざデート中に死体を見る羽目になるたァ。――日ごろの行いが悪すぎる所為じゃねーのか?」

「失礼な。俺ァ、土方さん以上に悪いことした記憶なんてありやせんぜ?」

「……ちょっと目を放せば直ぐにサボりやがり、俺の姿を見れば二言目には『土方さん死ねェッ!』とかいいながら刀で切りつけてきたり、面倒になると適当な相手に罪を擦り付けて仕事を済ませようとしたり、……いくつ数えても足りねーぐらい悪りィことばっかりしている奴の台詞とは到底思えねェなァ?」

「土方さんはヤラれキャラだから良いんでさァ」

「そこの死体みたいになりたいんだな? よし、介錯してやるからそこに大人しくなおれェェエエッ!」

 少しばかりからかってやると直ぐに瞳孔をかっぴらくのだから、土方さんも大人になってほしいものである。ぼちぼち三十路突入だというのに。
 刀を取り出し俺に向けるので大げさにため息をつくと、土方さんは血管を浮き上がらせてとうとう我慢ならなかったのか俺に刀を振り落としてきた。
 さて逃げるか、と身体を動かすよりも先にあったのは俺より小柄な女の身体。
 振り下ろした土方さんの刀を神楽の傘が受け止めていたようだった。

「――チャイナ」

 土方さんは驚いたような表情をして神楽を見ていた。

「こいつがオマエをからかうのは今に始まったことじゃないだろ? 落ち着くアル。オマエがそうやっていちいち反応するからこいつも調子に乗るネ」

 確かに昨今では土方さんをからかうのが面白いからやっている要因のほうが大きい。
 神楽の的確な指摘に俺は思わず苦笑していた。

「ひっでーなァ、神楽」

「本当のことアル」

 刀を振り下ろす力が緩んだのだろうか傘を降ろし振り向くと、皮肉じみた俺の言葉を彼女は感情を見せない顔で受け止め返した。
 そんな彼女の姿を見て唇に弧を描くと、土方さんに声をかけた。

「じゃあ、後処理任せやすぜィ。俺ァ、土方さんの言うところの"デート"の途中だったんでね」

「後で事情聴取するからな」

「分かってやす」

 土方さんは意外にも俺のいうことを素直に聞き入れ、一言返すだけだった。絶対、なんらかしらのカルシウム足りないんじゃないかと思うような怒鳴り声で否定的な言葉を述べると思っていたので、まぁびっくりしたといえばそうなのだろうが予想内の展開であったので、軽く肯定を返すだけだった。
 神楽の言葉に思うことでもあったのだろうか。

「ああ、犯人斬りつけておきやしたんでこの刀預けておきまさァ」

 そう言って持っていた刀を土方さんに渡すと、神楽のほうを向いた。

「じゃ行くか、神楽」

「そうだな」

 辺りを照らす車を避けると俺達は薄暗い路地裏から抜け出した。

 てらてらと光るネオンの明かりに目を細めながら歩いていると、隣で大人しく歩いていた神楽は不意に俺のほうを見た。

「なァ、攘夷浪士が殺されたのってこれが初めてなのか?」

 その言葉に、ああと思わず言葉が漏れた。
 神楽が知るはずもないのだ、攘夷浪士が連続で殺されていることなど。
 無論、ニュースにはなるのだが攘夷浪士自体天人も適度に入り乱れているこの江戸では厄介者扱いされているので、その他のセンセーショナルな話題がニュースの大部分を使って報道され、攘夷浪士が死んだことなど取り上げられてもほんの数分程度だ。しかも、攘夷浪士が死んだことによって平穏が保たれるのだと国民に安心させるための報道内容で。
 事件内容を一般人に教えることは機密を教えることとなんら変わりないのだが、まぁいいかと神楽に説明することにした。
 この事件自体は、お偉いさんが頼んだ事件を優先し忙しさにかまけて迷宮入りしそうなものであるし、普通の刑事は勿論のこと真撰組であってもこの事件を解決することが幕府の機嫌を損なう種にもなりかねないので扱いにくいものなのだ。ゆえに俺が独自で動いているのだけど。
 という性質を考えれば、事件内容を教えたところで真撰組はおろか警察としても問題ない、と位置づけるだろう。

「いや、最近攘夷浪士ばかりが狙われた連続殺人事件が相次いでいてなァ。これで、俺が知る限りじゃあ五件目だ」

 攘夷浪士でも名が売れていないものであれば一般市民が殺害されたという処理をされているかもしれないので、実際はもっと多いのかもしれない。もっとも、一般市民と思われているなら警察も動いているだろうが、本質を知らない捜査が核心にたどり着くことはないだろう。

「へー、攘夷浪士だけなのか?」

「まーな。それも全ての死体は向かい合わせに立会い鋭い刃物で切られたのか、腹部に大きな傷口があったんでィ。攘夷浪士同士の争いで刀持ち出して切りあったとでも思っているのか、警察や幕府はこの事件を重要視してねェ」

 それどころか、厄介者が減っていくのは大歓迎だ、と思っている節がある。

「真撰組は動いてないのか? オマエ等はそういう厄介事こそ進んで動いていると思っていたアル」

「真撰組は真撰組で今、幕府には向かう奴等を武力で排除しなきゃいけねーんでィ。ああやって現場に土方さんが出てきたのも、屯所でそれの書類上での始末があったからでさァ」

 副長という立場にある土方さんは、切ったり張ったりするのも得意だったのだが立場上書類作成をよくしていた。
 近藤さんが表立って動く立場にあるとすれば、土方さんはあくまで裏方に徹している立場なのだ。
 特にお偉いさんなどは書類の処理という奴を重要視しているため、こういった上に頼まれた事件だったり重要な事件だと土方さんが膨大な資料とにらめっこしながら報告書や事務上の手続きの書類などを作っている。
 今回も、まだ事件は解決していないのだが例に漏れず書類とにらめっこしていたわけである。

「で、オマエが出張っているわけだ」

「……なんでそう思ったんでィ?」

 単純な疑問をぶつける俺に、神楽はふっと笑った。
 まるで人をバカにしたようなニヒルな笑みを弧に描いて。

「単純明快アル。オマエは死体の状況を私にちゃんと説明した。今回だけじゃなく、この事件全ての死体にあった特徴を。――そんなことを知っていておかしくない状況といえば、真撰組が全体でこの事件に取り組んでいるか、もしくはこの事件を担当しているかぐらいなものヨ。前者はオマエが自ら否定したからな。とすれば個人的に首を突っ込んでいる、と思わざる得ないだろう?」

 それに、と神楽は付け足した。

「興味なければオマエの場合、興味ないで終わってしまうハズだしな」

 それは正に的を得た意見だったので、俺は思わず笑ってしまった。
 彼女がそれだけ俺を理解していてくれたことに、ほんのわずかの喜びを覚えながら。

「確かに。愚問だったぜィ」

「ホントにな。……ところで、もうひとつ聞いていいか?」

「何でさァ」

 神楽は単純なる興味を示すように、まるで幼い頃綺麗だと思ったラムネの瓶の中にあった丸いビー玉のような透明でしかし深い青色の瞳を俺に向けた。

「もう、犯人の目星はついたのか?」

「いや、まだでィ。犯人の野郎は上手いもんで、証拠に繋がりそうな痕跡をなにも残しちゃいねェ。それこそ、さっき俺達に姿を見られたことが初めての不備だったぐれェだ。犯人に道が繋がるまでもう少し掛かるだろーな」

 個人として動いているのだし、と一言付け加えると神楽はふんっと鼻で笑った。

「この国の人達のために頑張るヨロシ。オマエはそのほうが似合っているアルよ」

 そうして放たれた言葉は、不敵な様相を呈していたものだから口元を緩ませていた。
 本当に彼女は好ましい、と。



      >>20070725 意外とお互いがお互いを理解していると萌える。



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