思想




 一波乱ありながらもそれなりに満喫したラーメン屋デートから一夜明け、通常出勤だった俺は寝ぼけた頭を擦りながら朝食を取るために食堂へ向かった。
 列に並んで朝食を受け取ると、いつも座っている縁側の席が丁度空いていたので、そこへ腰を下ろす。
 朝ごはんはシンプルなもので、真っ白なご飯に味噌汁、鮭の切り身を焼いたものにたくあんといった按配だった。好みによってはご飯を大盛りにしたり納豆をつけられる。俺は基本レパートリーに従事し、そこへ新たなものを加えていなかったが。
 脳味噌を覚醒させるために、まったりとご飯を口に運んでいると声をかけられた。

「沖田さん、ここいいですか?」

 姿を確認するため視線を上げると、そこに居たのは月浪だった。
 肯定を示すと、月浪はへらっと笑ってトレイを机の上に置くと席に着いた。

「昨日は大変だったみたいですね、また攘夷浪士が殺されたんでしょう?」

 デート中に巻き込まれたみたいで災難でしたね、と付け足す月浪に、俺は彼の目を見た。
 恐らく、俺の表情は不審そうなものになっていただろう。月浪はびくっと怖いものを見たように身体を振るわせたので。

「……なんでお前がそこまで知っているんでィ?」

 通常のトーンより更に低くなった声で訪ねると、月浪は納得がいったのかへらっと恐怖を押し殺した愛想笑いを浮かべた。

「夜勤の奴らが廊下で喋っているのを聞いていたんですよ」

 納得はいかなかったものの、それ以上問いかけても確信を本人から得ることは出来ないだろうから、そこで質問を押し留めた。
 すると、月浪はほっとしたように息を吐き出しにこり、と笑顔になった。

「それにしても、沖田さんって普段の仕事はサボりがちなのにこういったイレギュラーな事件ばかり真剣に取り組みますよねぇ」

「そういう性質なんでィ。普通の仕事は俺がやらなくても皆やるだろ?」

「それはそうですね」

 普段の仕事は特にやる気がないわけじゃないのだが、単純に気の抜けるところは抜いて引き締めなくてはいけないところは引き締めているというのをやっているだけなのだ。
 仕事自体は公平に行っているし、普段の仕事でもやるべきことはやっている。
 だが、サボりがちだと思われているのはそのイメージが先行しすぎているのだろう。サボっていけない部分までサボっていたのなら、いくら俺が近藤さんや土方さんと同門で長いことつるんでいたとしても、すでに真撰組という仕事をしていないだろう。近藤さんはともかく、土方さんはそういうことに厳しい人だ。
 その辺りのことに気がついている隊員もいれば、月浪のように気がついていないものもいる。まぁ、月浪のような奴らが大多数だろうけれど。

「月浪は今から仕事かィ?」

「ええ。今週は中番ばかりですね。巡回、一緒になったらよろしくお願いしますね」

「……その辺りは、テメェ一人で頑張れや」

「ええーっ? ちょっ、沖田さん巡回逃げること前提で返事しないでくださいよ!」

 ツッコミを入れる月浪は、興奮のためだろうだんっとテーブルを叩く。
 そのとき、ちらりと左腕に包帯が見えて俺はすぅっと目を細めた。
 昨日の夜、犯人の腕を傷つけていたためだ。

「その怪我、どうしたんでィ」

 ん? と首を傾げ左腕を見た月浪はそれに気がついたようで腕を持ち上げ、隠すように右手で押さえた。

「昨日の昼、餌をやろうとした野良猫に盛大に引っかかれてしまいまして。大げさですが包帯をしていたんですよ」

「猫につけられた傷でも野良だったらばい菌入り込んでいる可能性があるからなァ。医者には見てもらったのかィ?」

「いえ、大げさにしていますが実際はそんなに大げさな傷じゃないですし。沖田さんも気にしないでくださいよ」

 けらけらと笑い、左手を下ろすと右手をパタパタと振る。
 その仕草は俺の意識を左腕に持っていかないように、月浪が意識的に行っているように思えた。が、しかし例えば彼が犯人だったとしてここで真撰組に駐在している医師に見てもらうよう強引に促しては、なんらかしらの警戒心をもたれる可能性がある。
 どうせならば、確実な証拠(つまりは鑑識に回した血液の結果)が出てから捕まえるなり何なりをするべきである。なにより強引に包帯を取ってしまって、本当に野良猫が引っかいた傷だったのなら俺が彼を疑ったということになり、俺にとっても彼にとってもそして真撰組にとっても良い結果を生み出さないだろう。
 本来そういったことを考えるのは苦手だったのだが、組織の潤滑という点を見た場合やはり配慮は必要なのだ。――特に他者を疑うようなものは。

「……くそ、面倒だなァ」

「どうかしましたか、沖田さん」

「いや、何でもねェ」

 ぽつりと呟いた愚痴は、月浪の耳まで入っていないようだったのでそのようにごまかした。もっとも、聞こえていたとしても彼が犯人だった場合俺の言葉を追求することはないと思うが。
 そうして、誰某がどうこうしただの、どこそこの事件の真相は酷く間抜けだっただのという他愛もない話をしながら朝食を食べたのだった。


 その後、俺はごくごく普通に仕事し時折サボりながら通常の業務を済ませた。
 そうして廊下を歩いていると、久しぶりに戻ったのか山崎の姿を見つけた。先の事件が終わったのかそれとも一旦休憩とばかりに戻ってきたのか不明だったが、彼に調べて欲しいことがあったので呼び止めた。

「山崎」

「ああ、沖田さん。お久しぶりですね」

 にこりと笑って、ぺこりとお辞儀をした様はなんというか普通である。
 まぁ、結構キャラが濃い人物ばかりと接点があるため、こういう地味な奴も人生に一人ぐらいは必要なのだろうと思うけど。

「そうだなァ。まァ、んなことはどうでもいーんだが一つ調べて欲しいことがあるんでィ」

「なんですか? チャイナさんが好みそうなデートスポットとかですか?」

 へらっと笑う山崎の顔に浮かぶ表情は叩き斬ってしまいたいぐらい腹立たしいものだった。
 そういえば奴の姿を見ていなかったのですっかり忘れていたが、今回の神楽の来訪を一番初めに知ったのは山崎だったのだ。しかも、奴は前から俺の神楽への感情を見抜いていた節がある(俺としてはまったくそんなつもりはなかったのだが)。そう考えれば、山崎としてみれば俺に対し腹立たしい顔をしたいだろう。
 とりあえず、ここでそれを許せば山崎が調子に乗ることは目に見えていたので軽く牽制しておくことにした。

「俺をおもちゃにしようなんざ、テメェには百年はえーよ」

 にこりと笑って、すっとまるで手に持っていたかのように刀を抜くと、山崎の首元に当てた。
 瞬間、俺の怒りを理解したのか山崎は目に見て分かるぐらいさぁっと血の気を無くし、顔を真っ青にさせていた。

「お、沖田さん! すいませんッ、からかいませんから命だけはッ!」

 怯えきっている山崎の表情に満足すると、俺は刀を降ろした。

「分かれば良いんでィ。てめーのせいで本題に入れねーじゃねえか。やっぱり一回叩き斬っとくか?」

 にやり、と笑って見せると山崎は慌てたように両手を振った。

「止めてくださいよッ! 沖田さんの頼みごと、最優先でこなしますからッ」

「しゃーねぇな。……調べて欲しいことってのは、月浪のことでさァ」

「月浪さん? 月浪さんって、沖田さんのところの月浪さんですよね?」

 山崎はきょとんとした顔で、俺に聞きなおした。
 恐らく、俺が部下について調べて欲しいということはないと決め付けていたのだろう。

「ああ、その月浪で間違いねェ。奴の攘夷浪士らが殺された時間のアリバイと、あと腕の怪我がいつからあったものか調べて欲しいんでさァ」

 その言葉に、山崎はぴんと来たのか酷く真剣な表情になって俺を見ていた。
 まぁ、気持ちは分かる。……俺は、自分の部下を疑っているのだから。

「……沖田さん、それって」

「てめーの言いたいことは分かってる。俺だって自分の部下を疑いたかァねーが怪しい行動があったもんでねィ。……俺の考えが当たってないことを祈るばかりでさァ」

 そう苦笑すると、山崎は何故だか辛そうに俺を見ていた。
 なんだかんだで山崎との付き合いも長いからなのかもしれない。それに、俺が山崎よりも年下ということも関係あるのだろう。……こういう考え方はしたくないが、自分より若い者が苦労している様を見ると同情したくなるのが人間ってものだ。

「――分かりました。早急に調べておきます」

 真面目な顔をして、述べる山崎に俺はにやりと笑った。

「月浪に同情したような調べ方してきやがったら叩き斬ってやるからな」

「大丈夫です。俺、自分の仕事は誇りを持ってしていますから」

「ミントンとカバディばっかりやっている奴がなに言ってんでィ」

「え、ちょッなにこれ、人が爽やかに決めている時に毒舌ですかッ?」

 驚いたような表情で俺を見る山崎に、何が悪いんでィと刀を向けてみせるとびびったように後ずさった。
 まったく、根性が足りない。年下の俺に脅されて屈するようじゃあ、振り込め詐欺なんか簡単に引っかかるってものだ。
 ともかく山崎に捜査の依頼を取り付けると、早々に俺は適当に挨拶をして自室に戻るため廊下を歩き始めたのだった。



      >>20070801 なんか妙に沖楽の中で山崎の立ち位置が重要っぽい……そんな気ないのに。



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