思想




 そうしてまた一夜が明け、今日もまた中番だったせいで神楽に会うことも出来なければ、攘夷浪士殺害事件の捜査をすることもままならず、適度にサボりながらも通常業務に追われていた。
 その途中かぶき町を見回ることになり、そのときペアになったのは陽江だった。
 陽江は酷く面倒そうに、ぼさぼさの頭を掻いた。

「面倒ですね、沖田隊長」

「まぁな。俺だって見回りなんぞしたかねェ」

 あまりにも何もないのであくびばかりが出る。
 陽江はそんな俺の様子を見ながら、きょろきょろと何かを探すように忙しないかぶき町を見ていた。

「なんか事件でもないっすかね? こうも暇だと、腕が鈍ってしまうっす」

「ひょいっと裏道でも覗いてくりゃ、小さないざこざはあるだろ。……ん?」

 頭を掻く陽江の左腕の袖からちらりと見えた白いものに、俺の目はすうっと細くなる。
 それは包帯だった。

「どうしたんでィ、それ」

 その言葉に陽江は腕を見て、あと小さく呟いた。
 そうして、少し不愉快そうに眉を顰めた。

「情けないっすよね、これ。隠しておきたかったんだけどなァ」

 言いながら、包帯が隠れるように隊服の袖をぐぃっと下げた。

「先日、近所の子供が風船を木に引っ掛けて取って欲しいってごねられたんっすよ。で、取ろうと思って木に上ったら手を滑らせてこの通りっす」

 陽江は母親と共に暮らしており、屯所で生活しているわけではないため主張は一応通る。
 思えば、陽江は誰よりも早く俺が攘夷浪士殺人事件に首を突っ込んでいると知っていたし、月浪のように怪しい言動はなくとも動機はあるのだ。……友人を攘夷浪士に殺されたという。
 丁度良く左腕に怪我があるということを含めて、陽江も山崎に調べてもらったほうがいいのかもしれない。

「こんなに大げさじゃなくて良かったんっすけど、母親が豪勢にも包帯を巻いてしまったもんですから……」

 そう述べてぼりぼりと頭を掻く陽江に、俺はにやっと笑った。

「心配されているうちが華でさァ。俺みたいに心配してくれる奴が居ないほうが寂しいぜ」

「んなことないっすよ。沖田隊長は真撰組の皆が心配しますからッ! それに、沖田隊長彼女がいるそうじゃないっすか。その人も心配してくれるんじゃないっすか?」

 真撰組の皆がというくだりはまぁいいとしても、彼女という発言に俺は思わず顔を顰めた。

「……彼女なんて、んなもんどこからそんな情報が出てるんでさァ」

「え? 前、山崎さんがえいりあん捕獲作業の後、その総指揮を取っていたえいりあんばすたーは沖田隊長の彼女だって皆に言いふらしていたっすよ」

 どうやら、やっぱり山崎はもう一度アフロにしておかなければいけないらしい。
 毛根が痛んで焼け野が原になるまでバズーカで奴の頭を打ち込んでやろうかなどと思いながら、俺は強制的に山崎に調べさせる件数を増やすことを決定した。

「で、交際は順調なんですか?」

「交際も何も、まだ付き合っちゃいねぇよ。……俺のほうから口説き落としている最中でさァ」

「ええ!? 沖田隊長が女を口説き落としている様なんて想像絶するんっすけど」

 驚いたのか目を見開いてそんなことを言う陽江は、まったく酷い言い草をしたものだが気持ちは理解できる。俺だって自分が女を口説こうと画策している姿なんていうものは、つい最近までまったく想像できなかったのだから。
 俺に必要なものは侍の道と真撰組だけで、女なんて要らなかったのだ。――そう、彼女はただ一つの例外で。
 だから、俺はにやりと笑った。

「あんまりにもいい女過ぎるもんだから、俺が動かざるえないでィ」

 その言葉に陽江は息を吐いた。

「会ってみたいもんっすね」

「口説きが成功すれば、披露宴か何かで会えるだろーさ」

 述べて、そんな未来が来たらさぞや賑やかなことだろう、と思わず頬を緩めていた。
 そんな他愛もない話をしながら見回りを続けると、少し複雑に入り組んだ裏道に差し掛かった。

「ここ巡回すんのめんどくせーな」

「じゃあ、二手に分かれましょうか? そっちのほうが早いでしょ」

 陽江の提案に俺はこくりと頷いた。
 本来二人で巡回するのは、例えば暴力沙汰に遭遇した場合一人が対応してもう一人が屯所に連絡を取れるからだったのだが、俺はもちろん陽江もそこそこの腕を持っているのでまぁいいか、と頷いた。

「そうだなァ」

「じゃ、俺はこっちのほう見てきますんで。逆側の合流地点で集合しましょう」

 陽江は二手に分かれた左側の小道を指した。
 俺がああと同意の言葉を発すると、ではと奴はさっさと行った。
 その様子を眺めながら、俺はめんどくさいと両手で頭を支えてのんびりと裏道を歩く。
 本来、こういった場所は巡回対象外なのだが、陽江などの血の気が多くそれなりに腕の立つ者とペアになった場合、裏道を見ることがあった。
 血の気の多い者というのは実戦経験を積んで更に剣の腕を上げたいと思っていることが多く、鍛錬の場を提供する意味もあるのだが、どちらかといえば俺が斬ったはったでさっさと悪人を捕まえたいと思っているせいであったのだが。
 だから、今回のこともまぁ陽江にとっては日常茶飯事だっただろう。
 しかし、裏道だからといって事件に遭遇することなどほとんどない。
 なのでのんびり裏道を歩いていたのだが。

「……?」

 突然、空気が変わった。
 第六感などという曖昧なものを身に付けた覚えはさらさらないが、年の割には喧嘩においての修羅場を切り抜けることが多かったので、そういった空気を察するのは敏感になっていた。
 柄に手を置いて、足音を立てぬようにしかし急ぎ足で真っ直ぐ歩き、左に曲がる。
 その先に広がった光景は。

「……ちッ」

 人の死骸。
 角を曲がる黒い足が見えたが、追いかけるには遠すぎて断念すると、じわりと赤黒い血が地面に染み渡っている最中の新鮮な死体に近寄った。
 仰向けに倒れている死体は、胸から腹にかけてばっさりと切られていて。
 薄暗い路地裏とはいえ、まだ日が照っている中であったのでその顔を判別するのはあまりにも容易かった。

「沖田隊長!」

 呼ぶ声が聞こえて顔を上げると、そこに居たのは陽江だった。
 走ってきたのか、息を切らしてこちらへ来た。

「なんでィ、そっちにも何かあったのか?」

 立ち上がり、陽江に問うと彼は不思議そうな顔をした。

「いえ、合流地点に早く着いてしまったんで、別ルートで沖田隊長のこと探していたら不審な人影が走り去るのを見つけたんで、後を追っていたら隊長がいたんっすよ。しかも、血まみれで倒れている人も居るし」

 述べて、死体の顔を確認するように見た陽江は、途端に顔を歪めた。

「さっきの、……攘夷浪士を斬っている奴だったんっすか」

「そうみてェだな」

 同意して、陽江の顔を見るとなんともいえないような顔をしていた。恐らく、自分が忌み嫌っている攘夷浪士が殺されているという喜ばしい事実と、しかし警察である限り犯人を捕まえなければいけないという葛藤のようなものが織り交ざった結果だろう。

「犯人を追っかけたって言ってたが、どんな奴だったか分かるかィ?」

「いえ、真昼間だというのに全身真っ黒にしやがりまして……ふてぇ野郎だ」

「その言葉、俺らに降りかかってくるんだけど。俺らも真っ黒だろーが」

 なぜだか慣れないツッコミをすると、陽江はしかし面白い反応をするわけじゃなく押し黙った。
 しかし、それはほんの数秒のことで真っ直ぐぼさぼさ髪の合間から鋭い目つきで俺を睨むとこう言った。

「……俺ァ、この件に関しては沖田隊長に協力するつもりはさらさらないっすよ」

 公式で命令されているわけじゃないし、と付け加えた陽江は死んでいる攘夷浪士を睨みつけてさっさと歩き出した。
 やっぱり、念のため彼も山崎に調べてもらったほうがいいらしい、と再確認した俺は溜息を吐きながらも、面倒だからと真撰組に死体があったことは連絡せずそのまま歩き始めた。



      >>20070808 職務怠慢ですよー。



back next top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送