思想
次の日、どうやら長期間での諜報活動は一旦終了したのか、山崎を見つけて依頼の追加をするのはたやすく済んだ。
その後、夕方から町の見回りがあった俺は月浪とペアを組んで江戸を巡回していた。
月浪はきちんと隊服を着込んで、俺よりも明るい白金の髪を揺らしてきょろきょろと町を観察していた。
「んなきょろきょろ見てたところで、事件を未然に防ぐことなんぞできねーぜ? 隊服に威力はあるかもしれないけどなァ」
肩肘を張って巡回をする月浪を見かねて、気の抜けるようなのんびりしたトーンで話しかけた。
月浪は、眉を顰めて俺を見た。
「それでも落ち着かないんですよ。きちんと見ていないと、動くべき時に動けなさそうで」
その言葉に、俺は一言忠告しようとした。
が、それは遮られた。
――女性の悲鳴によって。
「月浪!」
とっさに駆けるため足を踏み込むと同時に、月浪へ呼びかける。そこでようやく月浪は反応を示し駆け出した。
その途中、市民の声が二重三重にも入ってくる。
バッグをひったくっただの、その手にはナイフを持っていただの、年若い男性のようだだの。
もしもの場合に備えて、それらの情報を脳の片隅に追いやりながら声がした方向へ走ると、怯えたようにしゃがむ女性と走り去ろうとするガタイの良い男の後姿が見えた。
その姿を捉えると、スパートをかけるように月浪は男へ向かって駆け出し、間合いをつめるとぐっと足を踏み込んで飛び上がった。
「とりゃァアアアア!」
がきんっと強い金属音が響き渡る。
振り下ろした刀を男はナイフで受け止めたようだった。身が軽く技術の高い月浪は腕力のほうが弱く、陽江ならばナイフを落とすことぐらいは出来るような一撃を放ったにも関わらず、受け止められてしまった。
怯えたように歯をがちがち震わせている男は、そのまま勢いで月浪の刀を弾く。
そうして、バッグとナイフを持ったまま警戒するようにじりじりと後退していく。
が、月浪は間を読む必要もないと思ったのか容赦なく足を踏み込むと、素早く三度刀をナイフにたたきつけた。
男の手からはナイフが零れ落ちる。
それと同時に男はしりもちをついた。男には既に戦闘意欲はなく、恐怖で顔を真っ青にしている。
だが、月浪の手は止まらず刀を振ろうとする。
その行動に刀を抜き、男と月浪の間に入った俺は上から振り落とされた刃を同じ刀で受け止めた。
「十分でィ、月浪」
しかし、月浪は瞳孔が開ききった蒼い目を俺に向けた。
その様が、興奮しきって落ち着いていないようであったので俺は彼を睨みつけた。
「瞳孔開ききってるぜィ。……落ち着け」
月浪はぴくりと体を震わせると、ようやく落ち着いたのか瞳孔の開ききった目がだんだんと通常のものへと戻った。
それと共に、ぎちぎちと悲鳴を上げていた刀が緩む。
あわせた刃が完全に緩み力を無くしたのを確認すると、俺は刀を鞘へ戻し後ろを向くと座り込んでいた男の手を持ち、腰にあった手錠をその両手にかけた。
「てめーは引ったくりで現行犯逮捕でィ。どーせ、そこら辺の奴らが奉行所へ連絡しただろーから大人しく待ってな」
引き渡すまでは付き合ってやるからと付け足し、俺は再度月浪を見た。
月浪は不満そうな顔をしていた。
「沖田さん。俺達は武装警察ですよ? どうして仕留めることを止めるんですか」
「てめーは俺よりめんどくさがりじゃねーんだろうから、少しは考えてみろ」
月浪の問いかけに、俺はさらりと説明した。
「さっさと殺して口封じするのは確かに楽だが、動機解明が困難になる。殺さなくても平気な相手なら、理由付けが欲しい奉行所のほうから文句たらたらに言われるよりは、後々の処理が楽でィ」
何より、と俺は付け足した。
「殺さなくてもいいものを、わざわざ殺す必要もねーだろ」
月浪は納得したのか、表面上は笑顔でなるほどと頷いていた。
そんな月浪の様子を見ながら、先ほどの戦闘光景とあわせて彼には稽古をつけたほうが良いだろうと思った。
どうも彼は技術に固執し自信を持ちすぎているせいで技術を時にはねじ伏せるであろう力を鍛えていないようだったのでそれの指摘と、これは月浪にとっては余計なお世話かもしれないが根本的な気持ちのあり方についての助言みたいなものを上司としてしてやるべきだろう、と。
「沖田さーん、奉行所の連中来たみたいですよー」
すでにいつも通りの朗らかな笑顔を浮かべて俺を呼んだ月浪を見ながら一つ、ため息をついた。
力を入れて肩肘張れば張るほど、多数の道が見えずその場で動けなくなるというのに。
>>20070817
若いうちは様々な要因が見えないんだよね。
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